しまった。最近不定期気味だったから見逃してた。まさか今くるとは、思わなかったのもある。女性の体ならば仕方ないこととはいえ、数ヶ月に一度血が流れて止まらないというのもいやなものだ。常備薬は処方してもらったものの、貧血がひどくて頭がフラフラしてしまう。揺れる視界で歩き回るのも危ないだろうと思い、縁側に座り込んでいると、向こうの廊下から炭治郎の妹さんがゆっくりとこちらに近づいてきた。
「むー!」
「……ねずこさん?」
「むむ〜」
「こんばんは」
いまは夜だから自由に動き回っているのだろうか。周囲には誰の姿も見えない。それに首を傾げていると、目の前にねずこさんが座り込み心配そうな眼差しで私のお腹を見やった。
「むむ」
「いえ、怪我をしたわけではないんです。すこし、体調が思わしくなくて」
「むう?」
私のお腹に手をやろうとして、自身の爪が長い手を見て悲しそうな面持ちをした彼女は眉を下げてしょんぼりとした。
「……お腹、撫でてくれようとしたんですか?」
「…むう」
「……ありがとうございます」
その気持ちだけで十分だ。これは子をなすために必要なものだから、耐えるしかできないけれど、ねずこさんが私を心配してくれたというだけで、なんだか心がぽかぽかと暖かくなった。
「むう、むー」
「……ほかにできること、ですか」
しかし本人はそれでは気が済まないようで、なにかしら力になりたいという。どうすればいいのだろう。私もねずこさんと一緒に首をかしげて考え込んでいると。
「むむ!」
唐突に閃きを得たようで、手をポンと叩いた彼女は身体をぐんぐんと大きくして、背後からお腹に力を加えないように私をぎゅうと抱きしめた。子供体温なのだろうか。炭火でじんわりと暖められているような温もりをかんじる。
「……あたた、かい」
ゆるりと目を瞑って身体から力を抜いても、彼女は微動だにせずむんむん!と声を上げて、満足げに私を抱きしめ続けていた。
常駐部屋からねずこちゃんがいなくなったという知らせを聞いたおれは、忍び足で屋敷中を探索していた。もちろん炭治郎も一緒だ。
「どこにいったんだ、ねずこ」
「遠くにはいってないだろうけどなぁ。心配だよ」
いくら血を飲まないとはいえども紛れも無く鬼であるから、夜が明ける前には部屋に戻っていないと日に焼けて死んでしまう。
「あとは向こうの縁側か」
「夜は人気がないから、もしいるならあそこじゃねえかなぁ」
二人並んでぎしりと床を鳴らす。そうして縁側に近づいていると黒い羽織を着た誰かがそこに座り込んでいる姿が見えた。ねずこちゃんの桃色の着物も見える。あと、誰かの穏やかな寝息も。炭治郎と顔を見合わせて恐る恐るそちらに近づくと、顔色の悪い冬ちゃんを大きくなったねずこちゃんが背後から抱え込んで揃ってすやすやと眠りについていた。
「え、なにこれやばすぎない???二人ともすっごい可愛いんだけど、天女の集いかなにか???」
「ほっ…冬と一緒にいたのか…」
小声で囁きあっても二人はきもちよさそうに眠ったままで、けれど冬ちゃんの顔色はそれでも青かった。なんだかお腹からずきずきと痛そうな音も聞こえる。
「……この匂い、月のものか」
「……アッ、そういうことね…!?」
仕方がないこととはいえ、匂いで月の障りを感知してしまうとは、ほんとうにとんでもねえ炭治郎だ。いろんな家に奉公に行っていた手前、女性に負担がかかりやすい時期というのがあることは存じていたが、同年代の女の子がそうなっているというのはどうにも羞恥を感じてしまう。
子を孕むために必要なこととはいえ、女の子は大変だなよあ。ねずこちゃん、そこ変わってくれないかな。おれも冬ちゃんを温めてあげたいよ。
「善逸?」
「な、なんだよ!?」
「……いまよこしまな匂いがしたんだが、気のせいか?」
「はははは、そんな、まさか」
気のせいだろと空笑いしてなんとか追及をかわす。おれは竈門家長男の嗅覚侮れねえな、と戦慄した。閑話休題。
「とはいえさ、ずっとここに寝かせたままだともっと身体を悪くしちまうんじゃねえの」
「ああ、おれはねずこを抱えるから、善逸は冬を部屋に運んでくれるか」
コクリと頷いて自分の黄色い羽織を脱いだあと、冬ちゃんにそっと被せるとむずがる様子を見せ、しまいにはそれを心細そうにぎゅうと握りしめるものだから、もうおれの胸はきゅんとしてしまってたまらなかった。冬ちゃんは満足そうに口元を緩めているし、おれの心臓はどきどきと高鳴って、いまにも口からまろび出てしまいそう。
「は、運ぶからね…」
返事が返ってこないことは分かりきっていたが、どうにも背中がむず痒くて囁いてしまう。両腕で冬ちゃんの華奢な身体をそおっと抱き上げると、思っていた以上に軽くて目を瞬くほど吃驚してしまった。背丈も女性の中では高い方で、涼しげにしながら鬼の首を切るから平均より筋肉はあるのだろうが、それでも女の子なんだなあと思うと妙に意識しすぎてしまう。
ついすんと鼻を鳴らしてしまうと香をつけているわけではないのだろうが、蜜柑のような甘く、みずみずしい香りがする。唇は苺のように紅くぷるぷると柔らかそうで、それと触れ合えたならどんなに気持ちいいだろう、とまで考えてから我に返った。
やだ!ごめんなさいね!年頃の娘さんの寝顔を見つめてあまつさえ襲うなんてことしませんから!そういうのは合意の上じゃないとね!
考え込んでいた間も進ませていた足で冬ちゃんが使っている部屋に着くと、彼女をベッドの上にそっと横たわらせた。その身体に蒲団を被せた後、音を鳴らさないようベットに頬杖をつく。
いつか、いつかは口吸いなんかもできたらなぁって思うけどさ、まだおれは自分の気持ちすら冬ちゃんに伝えられていない。伊之助にも揶揄される程の弱味噌で、あくまで新人隊士に過ぎないおれに告白されたところで冬ちゃんには迷惑なだけだろうけど、少しでも可能性があるならそれに縋り付きたくもなるってものだろう。冬ちゃんが男性の中でこんなにも親身に接するのはおれや炭治郎、伊之助くらいのものだという自負もあった。それが弱みでも、甘さでもいい。付け入る隙があるのなら、おれはそれに入り込みたいんだ。だから、だからさ、冬ちゃん。
「……おれのこと、男として、見てよ」
冬ちゃんの唇にそっと指先で触れる。そんなにも無防備な寝顔を見せつけられちゃうと、つい魔がさすことだってあるかもしれないだろ。まあ根が臆病なおれは、好きな子の唇さえ満足に奪えないんだけどね。けど、これくらいならいいでしょ。
冬ちゃんに触れていた指先を、自身の唇とそっと重ね合わせる。あゝ、これが冬ちゃんの唇であればよかったのに。
「間接、キス……なんて、ね」
あんまり油断してると、おれみたいな狼さんに食べられちゃうかもしれないよと嘯いて、くつくつと喉を鳴らして笑った。
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フォスチア