靴箱に入っていた桃色の封筒、真ん中には真っ赤なハート印のシールを添えて。あまりにもベタすぎじゃない?これってさ。靴箱で静止するおれを不思議そうに見やった冬になんでもないと返して、背中に隠したラブレターにちらりと視線をやるとはあ、と大きなため息をついた。誰もこない空き教室で渋々その中身を検めると、まあ、そういう内容だったわけですよ。いたずらだった方が気分も楽だったんだけどさ。いや、おれみたいな冴えない男が女の子に好きになってもらえるなんて、ありがたいことだなとは思うんだよ?でも、正直言って冬を不安にさせる要素は極力排除しておきたいし、この恋文の結末なんて目に見えてるよね。
所変わって人気のない校舎裏。目の前で頬を赤らめた女の子がちらちらとこちらの様子を伺っている。おれに向けたものでなければ、まあ可愛いだろうなで済んだんだけど、なんでよりにもよって彼女持ちの男に声をかけようとしたんだか。
「あ、あの……」
見知らぬ女生徒から向けられる音は、おれへの好意で溢れているように聴こえる。正直心の中は申し訳ない気持ちとこんなことに時間を取られなきゃいけない煩わしさが半々っていうかね。女の子が緊張した様子で口をもごもごと動かすのすら、面倒だなと思う。これが冬だったなら、ほおをこれでもかと言わんばかりにゆるゆると緩めて可愛いって数秒毎に言っただろうし、おれの気がすむまでぎゅーって抱きしめ続けたろうけどさ。
「……なに。おれ早く帰りたいんだけど」
我ながらかなり素っ気ない物言いだったと思う。女の子に甘い我妻善逸がする顔じゃないよな、とも。でもさ、今日はせっかく冬と一緒に下校できる喜ばしい日だっていうのに、見ず知らずの些事でそれを邪魔されたんじゃ、仕方ないとも思うんだよ。冷たい声色にびくりと肩を震わせて、それでも健気にその子はからからと恋をしている音を鳴らす。
ーーーそれに返す言葉は、残念ながらあなたのご期待に添えることはできません。以外にないんだけどさ。
「っ、……そっか、ごめんなさい、……ごめんなさい……!」
ほろほろと辛そうに涙をこぼして、そこから足早に去った彼女の姿を見送ってもう一度深々とため息をついた。なんでこう、女のこの告白を断るのってすごい気を使わなきゃいけないんだよ。
ーーーそれに、女の子の泣き顔を見ていると時折冬からするガラスがぱきりと割れるような痛々しい音を思い出してしまう。
はあ。
ため息をついたら幸せが逃げるっていうけど、冬の幸せを逃がすのだけはやめてほしいよな、と心の中で呟いた。
教室で静かにかりかりと音を鳴らしながらシャープペンシルを走らせる。善が少し野暮用を済ませてくるから、お願いだから教室で待ってて!と申し訳なさそうに懇願するので、せっかくの空き時間を今日の宿題と明日の予習のために使うことにした。ここは特につまる単元ではないし、ひっかけ問題等もない。教科書を見直して基礎だけ確認した後、間違いがないことを確認してぱたんと本を閉じる。
「……遅いような、……気のせい?」
彼は元来あまり人を待たせる人ではないし、持ち前の足の速さから余裕を持ちすぎるきらいすらある。教科書とノートを鞄に入れて、忘れ物がないか念入りに確認していると、唐突にがらがらと教室のドアが開いた。
「ふゆ、待たせてごめんねえ!」
稲穂のようにきらきらと輝く金色の髪を少し乱した彼は、額に浮かんだ汗を右腕で拭う。それに目を留めてスカートのポケットからハンカチを取り出すと、そちらに近付いてそっと布地を汗ばんだおでこに当てた。
「……ん、ありがと」
「……ううん、用事は済んだ?」
「終わったよ。もう、なんでか先生に呼び出されちゃってさぁ。ささっと済ませてきたつもりだったんだけど結構時間たっちゃってるじゃん!本当にごめんね。体調悪くなったりしてない?」
目尻をゆるりと下げてにこにこと唇の両端をあげる姿を見てほっと息を吐く。学校でもしものことなんて早々無いと思うけど、なにか危ない目にあったわけじゃないみたいでよかった。
「……特別体調に変化はないと思う。今日は比較的いい方」
一時期学校に通うのが困難なほどに男性恐怖症を拗らせてしまったこともあって、彼を想像以上に心配させてしまったことがとても心苦しくてならない。いまはなんとか距離を取れば普通に接することができるから、問題はないけど。善や炭治郎、伊之助にねずこさん達にある程度克服するリハビリをしてもらい、なんとか学校に通える程度には克服することができた。しかし登校を再開した頃、彼ははらはらとしながらしきりにねえ、だいじょうぶ?ほんとうにだいじょうぶ?とともすれば母様より何度も声をかけてくれた。風紀委員も一時的にお休みして私につきっきりで登下校に付き合っていてくれたくらいだったのだ。
「そっか。なら良かった。……じゃあそろそろ帰ろっかぁ。おれもうお腹ぺこぺこなんだけど、寄り道する?」
こちらに差し出された大きな左手に右手を添えると、指の隙間からするりと指先が入り込んできゅっと互いに結び合う。その愛情を感じさせる手の握り方にお腹が妙に擽ったくなって、少しだけ視線をうろうろとさせた。
「……コンビニ?」
「うん。おれと冬で半分こしよ。なにがいいかなぁ。肉まんでもいいし、フランクフルトでも、」
かたり。教室を出てすぐ、目を酷く腫らした様子で苦しげに嗚咽を漏らした女子生徒と鉢合わせた。どうしたんだろう。気のせいかもしれないけれど私の方を羨ましそうに見ているような。そちらに気を取られていると、ぐいっ、と彼の反対側に回される。
「さよなら。……行こ、冬」
「ーーーっ」
取りつく島もない別れの挨拶に、心が冷え冷えと凍りつくような錯覚を覚えて胸を押さえていると。彼は私の腕を引っ張って彼女の横を通り過ぎる。しかし女子生徒は振り返って何事か口にしようとした。
「ーーーそれ以上言ったら、おれは今後一切アンタとは関わらないから。……やめてくれる?迷惑なんだよ」
「もし、寒菊さんがいなかったら、」
「……もう、黙れよ。……おれは仮にここで冬に出会わなかったとしても、世界中探し回って必ずこの子だけを見つけてた。わかんない?そもそも一縷の望みもないんだって。……それに、冬がこの世界にいなかったら、なんて冗談でも口にするな」
少しだけ振り返った琥珀色の双眸が冷ややかに彼女を睨み付けると、がたがたと怯えた様子でのけぞった。なにが起こっているのか未だによくわからない。心に湧いたもやりとした不安を煽られながら眉を潜めていると、不意に繋いだ手を強く引かれて息つく間もないまま唇を奪われた。
「っ、……んっ、……んんぅっ……?!」
「ん、……ふっ、……っん……ちゅ、……」
優しく触れるだけではなく口内すべてを蹂躙するような口付けを振り払おうとするけれど、右手で頭を抑えられているせいかびくともしない。それどころか、舌先をじゅるりと唇で吸われてしまって、まなじりから生理的な涙がこぼれた。お腹がたまらないくらいに熱くて、身体の芯が彼の熱で燃えてしまいそう。
「ふ、ぅっ……ふぁっ……」
「ん、……はぁっ……」
気が済んだのか唇が離れると、唾液で繋がった銀色の糸がくちゅりと離れる。それを勿体なさそうに舌でぺろりと舐め上げたあと、まるで存在を確かめるかのように身体中を抱きすくめられて。
「……ぜん、?」
「……ふゆ。……冬はおれのそばにいるよね。……この感覚は夢なんかじゃ、ないだろ、?」
ふるふると肩を震わせて青ざめる彼の背中を右手でさすると、繋がれた善の右手が私の左手を容赦なくぐっと握りしめる。力加減を忘れて込められた力に痛みを感じて、でも決して離さないでと縋り付いているようにも見えたから、応えるように力を込めるとますます抱き締める力は増していった。
それはもう二度と離れないように上からぐるぐるに入念に巻きつけられた赤い糸のよう。
そして近くにいたはずの女生徒の姿は見る影もなく、もう二度と私と彼の前に現れることもなかった。
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フォスチア