照り返しトライアングル

人の形をした、けれど人ではなくなってしまった異形の者。対峙したそれに一足飛びで斬りかかる。

「海の呼吸」

口から吸った酸素を肺に回し全身に巡らせる。脚と腕、両方に意識をやり踏み込んだ一瞬の間に閃く刃。

この鬼が、どうか痛みなく終われますように。

「漣」

紺碧の波紋が空中で飛び交い、左右に一度ずつ揺れたのち、その鬼の首は切られ身体は地面に倒れこんだ。抜き身の刃を静かに鞘に納めると、首のない鬼の前で片膝をつき屈む。さらさらと粉塵のように舞い散る鬼だったものが、微かに人の意識を取り戻すさまが見える。

「……か、えり……た……い……」

「……どこに?」

「……かあちゃん……、……ああ……」

「……おやすみなさい。……どうか、次はあなたに悲しいことが起こりませんよう」

目を伏せて数秒間黙祷する。神や仏がこの世に存在しているのかも知らないけれど、この鬼が、この人が静かに眠ることができればいい。もう、誰かを殺めたり惨たらしいことをしない世界に生まれることを祈るしかなかった。

「……寒菊さん」

後ろから密かに声をかけられる。戦闘が終わるまで隠れているように言ったから、出てきたのだろう。ゆっくりと黒い羽織りを翻して振り返った。

「……終了した。討伐完了、残存はなし。……次は?」

「いいえ、今日はここまでで終わりですよ」

にこりと目を細めて茶褐色が揺れる。二つの三つ編みが風に揺れると、それが煩わしかったのか右手で髪の毛を抑える仕草をした。

「帰りますか?」

「……そうですね、……帰りましょうか」

朝日がじわじわとその姿を見せているから、もうそろそろ夜が明けそうだ。宿へと引き返しながら、明日の天気はどうなるのだろうなんて、とりとめもないことを考えた。

ここ数日は公に出すことのできない鬼の処分。機密性が高く階級の低い隊員では引き受けることができないものを受け入れていた。おおよそ表に出したくない事情を持つ人間からもたらされる情報だから、野放しにされていた時間も長く鬼の戦闘力もそれなりに高い。

いつの世も、人間は変わることがないんだな。臭いものには蓋をして、見ないふりをする性質。それを責める気は毛頭ない。こんな職業についているのだから、後ろ暗いことなどあって当たり前だろう。

「そうだ、寒菊さん。……私はですね、最近妙な噂を聞いたんですが」

「……妙な噂?」

それにことりと首をかしげる。最近はなにかしら騒がしいことなんてあっただろうか。どうにも世情には疎いもので、皆目見当もつかない。

「……寒菊さんが、男性とお付き合いをはじめたという噂です」

その言葉に思わず塀にごつんと頭をぶつけてしまった。予想外からの攻撃だったために動揺しすぎてしまう。どうしてそんな噂が隊内に出回っているのだ。鬼殺隊員は暇なのか。いいや、それなりに死亡率の高い敬遠される職場のはずなんだけど。私が誰と付き合っているかなんて、他人に関係があるの?いまいちよくわからなくてまたもや首をひねろうとして、塀にぶつかったままだったことを思い出しそちらから離れた。

「や、やっぱり!その反応は当たりなんですか!?わ、わたしの寒菊さんが〜!!!」

「……いや、私は私のものですが。如月さんのものになった覚えはありませんけど」

「そんな!つれなさすぎますよ!専属隠と隊員の仲じゃないですか!」

「……それだけじゃ?」

そういうと思い切り衝撃を受けた顔をして、めそめそと泣き出してしまった。懐から手拭いを取り出し彼女の顔に当てるとどんどん水分を吸い上げてしまう。どうして私の周りにいる人は、こうよく泣く人が多いんだろうか。如月さんといい、善といい。それだけ泣いたら身体や精神が疲れないのかと疑問に思う。

「どこぞの馬の骨に……!うわああああん!!!」

「一応彼は人間だから、馬ではないはず」

「たとえですよお!そういうどこかズレてるところも好きですけどね!!」

「……おかしなことを言った?」

母様と暮らしていた頃も、たまに私が発言すると呆れたような眼差しを向けられたから。まあ、そういう類のことを言ってしまったのだろうが。真っ直ぐすぎてずれてるっていうか、まあ、それもらしさなんじゃないとそのまま育てられた故に矯正されることはなかった。というかその縋り付くさまさえ彼を思い起こしてしまって、そういえば今はなにをしているんだろうかとつい考えてしまった。

「あ!ああ!!その顔!!きいいいいい!!!もう、かっわいらしいんですけど!!!好きな人に向けてる顔だと思うと腹が立ちますうわあああああん!!!」

「……その顔?」

「いかにも恋する乙女ですって感じにほっぺがほんのり赤くなっちゃって色気が出てるんですよお!!最近所作もどことなく女性っぽくなりましたし!!」

ズビシッ!指を刺されて頬がじわじわと紅潮していくのがわかる。待って、待ってほしい。なにそれ、恋する乙女とかそういうのは柄じゃないのでやめてほしい。慌てて熱くなった頬を片手で隠すと、ぶわっと大粒の涙を流して私の胸元に顔を当ててしがみ付いてきた。さながら子供のようだ。どうしてこうも似ているんだと、さっきも言ったのに。そのまま夜明け近くまで二人で軽口を叩きあいながら、のんびりと帰路についた。

「ーーー冬ちゃんの噂?」

翌日。所有している屋敷で彼が手土産にもってきたお団子に舌鼓をうちながら、コクリと頷きを返すとううん、と悩ましい声を上げた。

「うーん、おれも耳がいいから結構噂話は耳に入ってくるけどねえ。……回るのが思いの外はやかったなぁ」

「……心当たりがあるの?」

ごくんと最後の団子を美味しそうに味わいながら飲み込み、唇についたタレを舌で丁寧に舐めとったあと串を皿の上に置いて、悪戯小僧のような顔で私に笑いかけた。

「それさ、おれが発信源だもん」

「……少し待って、……善が、発信源?」

ということは彼が噂を広めたということか。どうしてそんなことをする必要があるのだろう。隊内での付き合いは別に禁止されているわけじゃないけど、あまりにも浮ついていると上から釘を刺されやしないかヒヤヒヤしてしまう。

「うん。要はおれが主犯格ってことだよ。……いやだった?」

顔をしかめながら少し不安気に声を潜める姿を見ても、胸の内から怒りは全く湧いてこなかった。周りからどうこう言われようが興味はないし、それが特別だめということはなかったから。

「……別に、いやじゃない。けど、……理由は気になる」

「……複雑な男心っていうのかなぁ。要は牽制というか、……これで冬ちゃんに手を出そうなんて野郎はいなくならないかな〜って」

「……ううん、?」

私に手を出す男の人なんているはずがない。という考えを読み取られたのか、彼はどこか呆れたようにため息をついた。

「あのねえ。前から思ってたけど、あんまりにも危機感が薄すぎてほんとに心配になるよ?冬ちゃん男性に懸想されてる自覚ないの?」

「……けそう」

異性に思いをかけること。恋い慕うこと。単語としては理解できるけど、それを自分がされていると言われてもいまいちピンとこなかった。

「……なんでこんなに鈍いのかなあ」

「……う、……ごめんなさい」

「いや、こういうのって本人の気質もあるから仕方ないものはあると思うのよ。だから謝らなくていいんだけど。……それにしたって極端な気がするんだよな」

うんうんと悩み続ける彼を横目に、鈍いと言われた理由について考えてみるけど。やはり自分がどうしても誰かに恋い慕われるような魅力的な人間とは思えない。常時後ろ向きな思考回路、人との関わりの薄さ、愛想の無い言動、女性にしては短すぎる髪、鬼への思想。どれをとっても欠点ばかりが目についてしまう。

いや、鬼への思想は理解されないと諦めているから、別にそれはいい。隊内で浮いている自覚もあるし、私に寄ってくる人間には大抵が悪意を持つ人だった。柱に二名女性が坐しているのに、女性軽視をする人は彼女らに勝てるのか。と疑問に思って言い返すと大抵は黙り込んでしまうし。私自身ここに交友関係を作りにきたわけではないから、不要な付き合いを広げたくはなかった。

そうだ。付き合い、といえば。

「そろそろ、隠が来ることになってるからその時間はここで暇を潰しててくれる?」

「……んん???隠???」

怪訝そうな目でこちらを見やる彼にコクリと頷きかえすと、なにやら地肌が不穏な雰囲気を感じ取った。これは善が騒ぎ出す直前のぴりぴりした空気か。

「なんで隠がこの屋敷に冬ちゃんがいるって知ってるの」

「専属だから、伝えた方が便利だと思って」

「せ、せ、せんぞくう?!……え、ちょっと待って???それって野郎じゃないよね???」

「……女の子だけど」

そう言い募ると深い溜息をついて、心の底から安心したようだった。男性でも任務に支障はないはずだけど、それを言ったらこっ酷く怒られてしまう予感がしたので口をつぐむ。

「そっか、女の子だったら安心」

「ーーーしていいと思います?」

「そりゃそうでしょって、え???いまのだれ???」

背後に立つ覚えのある彼女の気配にはぁと呆れた溜息をついた。呼び鈴を鳴らすように言ってあったのに、こっそりと入ってきてしまったのか。

「エッ、エッ!!??キイヤアアアアアアア!!!??ちょっと?!?!今まで気配なかったんだけどお!!!誰この子!!いつの間に上がってきたの!!!」

「それはもう、わたしは寒菊さんの専属ですから。気配隠しはお手の物ですよ」

そういって如月さんはとても自慢げに笑みをこぼした。大声で泣き喚く彼は咄嗟に私を背で庇いながらも、膝ががくがく震えてしまっている。臆病な人だから、決して驚かせないようにしてくれとも言っておいたはずなのに。どうしてこう、言い付けを守ってくれないのだろうか。騒がしい空気に頭が痛くなってきて、片手で軽く抑える。そうすると敏感な耳でわたしの音を察知したのか、心配そうな顔をして彼はこちらを振り返った。

「如月さん、やりすぎです」

「ええ〜?これくらいほんのご挨拶みたいなものですよ。わ、た、し、の、寒菊さんに手を出した人へのね」

「……わたしの?……ちょっと待ってくれる」

それだけは聞き捨てならないとばかりに顔を怒らせて食ってかかる彼の姿を見て、これは長くなりそうだなと追加のお茶を注ぎ入れた。

前々から冬ちゃん自身への関心の無さにどこか恐ろしさを感じていたおれは、噂話で寒菊冬は付き合っている人物がいるという話を流すことにした。彼女を知る隊士から蝶屋敷の面々、馴染みの面子にも協力してもらい徐々に広まった噂にうまく言ったのだとほくそ笑む。これで下手に手を出そうなんて思わないだろ。懸想している女の子が誰かのお手つきであるというのは、男にとっては告白を思いとどまる理由になるはずだ。一部の人間にはどうしてこんなことをするのかと首を捻られたけど、冬ちゃんが隊員として浮いていることが少しでも緩和できればと言い訳をした。それも理由の一つではあったしねえ。親しい人がいることを知れば、不用意に近付いてもこなくなるだろうし。

この自慢の耳は、冬ちゃんが稀に男性から悪口を言われていることも当然拾い上げていた。そいつらには話し合いをしに言ったし、必要なら威嚇もした。威嚇って言っても軽くだけどね?そんな酷いことはしてないからさ?ちょっと身体が鈍ったから一緒に機能回復訓練をしてくれと頼みこんで、少し負かしたりしただけだよ。もちろん一切手加減はしなかったし、なんならアオイちゃんはおれがやりたいことに初めから気づいていたのか、止めようとしたりはしなかった。後で聞いた話だけど、そいつらは回復訓練をサボったりしていたらしい。

正直気持ちは痛いくらいにわかるけど、おれはあのとき冬ちゃんに名前を呼んでもらおうと必死だった。機能回復訓練に最後まで参加することができたら、おれを名前で呼んで欲しいと約束事をしたんだよな。本人は不思議そうだったけど、構わないと指切りをしてくれた。そしておれはめでたく冬ちゃんに「善」という名前で呼んでもらえることになったんだよ。あのときはさ、頭の中でこれもう結婚するしかないんじゃない???っていうか結婚したようなもんでしょ!!!ってお祭り状態だったよねえ。冬ちゃんが名前で呼ぶ人間って本当に少ないし、気を許してもらえたみたいでとんでもなく嬉しかった。

それなのに。

「わたしの寒菊さんってどういうこと!?冬ちゃんはおれの彼女なんだけど!!!」

「言葉の通りですけど。私は寒菊さん専属の隠ですから、誰よりもこの隊の中で彼女と付き合いが長いんですよ」

「ハアアン!!???聞き捨てなんないんだけど!!付き合いの長さと付き合いの親密さは必ずしも同じとは限らないしねぇ!!!」

大声を出して言い合うおれたちを遠目で見やりながら、冬ちゃんはのんびりとお茶を啜っていた。え?否定してくんないの???ってことは本当にこの子と冬ちゃんはおれよりも付き合いが長くて、手を繋ぎながらお出かけしたり、お風呂で背中流しあったり、果てには一緒のお布団で寝てたりしないでしょうね?!?!ねえ、ちょっと!!!

「……一応追記すると、通常の隊士と隠の一般的な付き合いとなんら変わらない。稀に甘味屋さんに寄ることはあったけど、……あれは私があまりにも物を食べなさすぎて、彼女に背中を押されただけ」

そらみろ、と言わんばかりに其方を振り返ると、如月さんは悔しそうに歯を食いしばってだんだんと地団駄を踏んでいた。キャラメルみたいな茶褐色の三つ編みを左右に揺らした可愛らしい女の子相手なのになんでこんなにも腹がたつんだろ?冬ちゃんのことだから?心が狭いような気がするけどこの子だけは譲る気ないし。仕方ないよね。

「もう、寒菊さんどうしてそんなにも素っ気ないんですか!一年は付き合いがあるのに一緒にご飯も食べてくれないとか、悲しいですよ……」

その懇願するような声が届くと、冬ちゃんはそろりと目を伏せて怯えたような音を鳴らした。ああ、そうか。この子が大切だからこそ、今より親密になることが怖かったんだ。おれと話をしてからは改善されつつある交友関係も、未だにどこか気が進まない様子ではあったから。長い付き合いであるからこそ、不用意に近付けなかったんだろうな。

「……こわいからだよ。冬ちゃんはものすごく怖がりだから、……」

おれが口を出そうとすると、キッっと力強い目でこちらを睨みつけた。冬ちゃんとこの女の子の関係に口出しをするのは良くないってわかってたけど、このままだと冬ちゃんは恐れのあまり動けないままだろうという確信があった。

「……なんで、」

「ん?」

「なんでそんなに訳知り顔で話そうとするんですか。だって、寒菊さんはわたしと一番仲がよかったのに。……わたしの、勘違いだったんですか?」

この子の音、前におれが勘違いで嫉妬した時に鳴らしていたものによく似てる。ぎゅうって心臓が引き絞られるみたいな、悲しい音。

この子、まさか冬ちゃんのことが。

それに動揺して目を見開いたまま何も言えないでいるうちに、冬ちゃんは草履を履いて彼女に歩み寄った。

「……違う。女性で一番仲がいい人はあなたしかいない」

「でも、彼氏作ったんですよね。わたしが知らない間にこの人を、……好きに、なって」

「……うん。本当はあなたに一番最初に紹介するべきだった。彼がいたから、わたしは幸せな未来を信じようと思えた」

ぽろぽろと辛そうに涙を流すその子に優しく手拭いを当てている姿は、冬ちゃんがおれにいつもしてくれていることと全く同じだった。

あ、れ?なんだこれ。相手は女の子なんだよ。可愛らしくていい匂いがして、どこもかしこも柔らかい女の子なのに、なんでこんなにもずきずき胸が痛むんだ。

ねえ、冬ちゃん。きみの優しさは、おれだけの特権じゃなかったんだね。

普通に考えればわかることだよな。だって、冬ちゃんは誰にでも優しいから。でも、それにいい感情を抱けないおれがいるんだよ。

おれがきみを前向きにしたことすら、心の何処かで後悔してるんだ。きみがおれだけを心配してくれるような子なら、いまも誰にも余所見せずにいてくれたのかな、なんて。

おれ、女の子にもヤキモチ妬いちゃう人間だったなんて、冬ちゃんに関わってから初めて知ったんだ。

ぐすんと涙を流す彼女に向き合いながら、ぎちりと奥歯を噛んでこの場から逃げたくなる気持ちをなんとか抑える。これは私が伝えなきゃ意味がないことだと自分に言い聞かせる。善は優しいから、私を傷つけまいとしたんだろうけど、彼女に面と向かって話をしなければいけないのは私の方だ。

「……私はずっと、大切な人を作るのが怖かった。それがいつか壊れてしまう現実が訪れてしまったら、きっと立ち直れないと思ったから。でも、あなたは私に出逢ったときから、ずっと健気に私を慕ってくれて、それはとても嬉しいくらいで。……あなたがいたから、いままで鬼殺を懸命に続けてこられたと思う。ずっと、真摯に私を支えてくれて、ありがとう」

ひとつひとつに想いを込めて、この優しい人に伝わりますようにと祈りながら、丁寧に言の葉を発すると、如月さんはくしゃりと顔をゆがめてほろほろと泣きながらも苦々しい笑みを浮かべていた。

「これからは、一緒にご飯食べてくれます?」

「うん。……量は食べられないけど、軽食くらいなら付き合えると思う」

「……そっか。…片思いじゃなかったんですね」

手拭いを受け取って自分の涙を拭い去ると、彼女は何処か晴れ渡った空のように清々しい笑みを浮かべた。

「わかりました。むかむか腹は立つし、認めたくはないけど、名前くらいは覚えることにします。そこの殿方はなんておっしゃるんですか?」

「……我妻、善逸だよ。冬ちゃんの最初で最後の彼氏」

「我妻さんですね。……寒菊さんのこと、傷付けたら許しませんから」

「……肝に命じておくよ」

そう言いつつ鋭くねめつけた彼女に律儀に答えた彼がどうしてか落ち込んでいるように見えてしまって、ふと目を止めた。なんだろう。さっきまではいつも通りに見えたのに、いまはうちひしがれたような顔つきをしているように見えて。先に如月さんにいつも話をする部屋に行ってもらうように言付けると、彼女はその場から気配を消して素早く立ち去った。

なんなんだろうな、これ。自分の感情がまったく制御できない。胸が焼け付くみたいに熱くて、じりじりと痛みを発し続けている。冬ちゃんは如月さんに少し話をしたあと、おれの方に近づいてきた。如月さんはこちらに視線を向けることはなく、足音も鳴らさずにその場からすっと消えて。冬ちゃんはどことなく心配そうな音を鳴らしている。

冬ちゃん。おれ、きみを想う感情がこんなにも重たくて苦しいものだなんて、知らずにいたかったよ。

「ぜん、どうしたの?……苦しそうに見える」

「……ねえ、さっきの子さ。冬ちゃんにどんな感情を向けてるかわかった?

きっと自覚していないんだろうと思った。友愛と愛情の中間点のような淡い想いだから、なおのことそういう感情に疎い彼女が気付くはずはない。そういうところがさ、心配になるんだって、なんでわかんないかな。唇に指先を当てて思案するように首を傾げると、思いのままを話してくれた。

「……友達や仲間を想うそれだと認識してたけど」

ああ、やっぱりわかってない。きみがどれだけ魅力的な女の子なのか、きみ自身に自覚が足りてないんだよ。そういう無頓着さがおれをはらはらさせるんだって。目の前に来た彼女を捕まえるように抱き締めると、細い首筋にあぐっと歯をむき出しにして噛み付いた。

「っん、……なに……?」

戸惑った様子でおれにしがみつく彼女を尻目に、噛み跡のできた場所を下から上に味わうよう舌を滑らせるとちょっぴり甘くてしょっぱい汗の味がした。冬ちゃんにこんなことができるのはおれだけでいい。この子のしとやかな身体に触れて、心の柔らかな部分に触れていいのはおれだけなんだ。

「…ゃ、っ……ぜん、?」

「……ねえ、冬ちゃん。おれだけだよね。きみにこんなにも触れていいのは、おれしかいないよね」

耳朶にかさついた唇を寄せて、口先で食むように味わいながら伝える。女性で一番仲がいい人はあなたしかいないと彼女に告げていたけど、きみの彼氏であるおれはそんな彼女よりもおれは上にいるって自惚れてもいいんだよね?

「、っ……私が身体に触れる事を許すのは善だけしかいない。……この心に触れさせるのも、善だけにしかできない。……だから、そんなに不安そうな顔をしないで……」

おれの悲しみに同調したように憂いを含んだ音を鳴らす彼女を、ぐちゃぐちゃに壊してしまいたい衝動にかられる。恋ってこんなにも醜いものだったのか。この子を世界で一番大事に大切にしたいのに、おれ以外に想われている彼女を見ると全身の血が沸騰するみたいな嫉妬心と独占欲ばかりが膨れ上がって。心に焼け火箸を当てられているような苦しさが侵食するようで止まなかった。そのいたいけな唇を奪い去るように口付ける。幾度口付けたって、全く欲望が満たされることはなくて、むしろ心の飢餓は増すばかりだったけど。こうすることでしか、おれの抱えた痛みが癒されることもなかった。

ねえ、恋ってさアイスクリームみたいな甘くとろけるようなものじゃなかったんだ。

炎で焼け焦げてしまいそうなほど熱くて、めらめらときみすらも燃やし尽くしてしまいそうなほどに、身悶えする熱病にかかったみたいで。

いつしかこれが、おれたち自身を蝕んでひび割れてしまうようなそんな予感がした。


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