寝首に接吻

人里離れているわけではないのになぜか静かな家屋。久し振りに近くを訪れた故同期に会おうと思い屋敷を訪ねようとしたはいいものの、この家から二人の気配がする。一つは慣れ親しんだ同期のもの、もう一つはどうにも覚えがない、恐らくは男性のものだろうか。
もしや任務の報告か。だが、同期には鎹烏の白梅がいるし、わざわざ家屋に直接訪問する必要はないはずだ。しかし同期は自宅に男を連れこむような女性ではないし、というかそもそも男性不信の気すらあった。

……もしや脅されてあれよあれよと言う間に手篭めにされてしまったとか?いやいや、まさかそんな。……まさかですよね?彼女、ないし、彼の背にひやりとした寒気が走る。家屋の扉をそっと開き、履物を確認するとやはり二つ存在する。ビンゴか。玄関が乱れた様子はないからここで無理やりと言う線は消えたが、だがしかし同期は妙なところで諦めがはやい節もあった。もしかすると自分で男を家屋に招いた可能性すら考えられる。音を立てずにブーツを脱ぎ、忍び足で気配を消し廊下を歩む。すると縁側の方からなにやら話し声がした。

「ちょ、善……!だめだって、」

「ええ〜?いいじゃん、ここにはおれと冬ちゃんの二人しかいないんだからさ」

夜のような真っ黒な瞳に涙を溜め頬をほんのり赤く染めて色っぽい表情をした嫌がっている同期に無理やり抱きつき口付けを迫る、にやにやと口元をだらしなく緩ませたどこか浮かれた様子の憎きパッキンヤロウ。これは処罰対象ですよね。同期、いえ推しに迫る人間に容赦は必要ない。僕は一切間違ってません。

懐から二十六年式拳銃を取り出しすう、と大きく息を吸い込んだ。それにぴくりと男の肩が反応を見せる。へえ?それなりにできるみたいじゃないですか。でも飛び道具には勝てませんよね。パッキンヤロウは目にも留まらぬ素早い動作で抱きついていた同期を咄嗟に背後へと庇い腰を深く落とすと、右腰に帯びた刀に手をやった。琥珀色の相貌は鋭く細められ、一瞬の隙も見当たらない。互いの距離はもはやさほどなし。僕が照準を合わせてパッキンヤロウを撃ち抜くのが先か、そちらが刀を抜くのが先か。勝負といこうじゃないですか。

バン!

一発の銃声が家屋に空しく鳴り響いた。

畳張りの和室の一室で正座をして座り込む二人の男性。ひどく反省した様子で肩を縮こまらせている彼らの前に、鬼殺隊隊士である寒菊冬は立っていた。無表情が常であるため、表情はいつもとさほど変わりないが雰囲気はどことなく呆れているような気がする。

「夏瀬」

「はい」

「何か言うことは」

「……あの状況は正直にいって勘違いしても仕方なくないです?だって、まさか、あの同期に男ができるなんて思いもよらなかったんですよ!」

はあ、とその弁解に深い溜息を吐いて肩を落とすと、次はその隣に座って落ち込む我妻善逸に視線を移し静かに話しかけていた。彼は両目から濁流のような涙をずっと流し続け、おろろん、おろろんと効果音さえ出している気さえする。その姿に何もかも即座に許してしまおうとする自分の脆弱すぎる母性に目を瞑り、ぼそりと呟いた。

「善、……家屋の傷は気にしなくていい。でも銃弾を斬った後夏瀬に斬りかかろうとしたのはやりすぎ」

「ご、ごめんねえ…!殺気が向けられて、つい身体が反応しちゃったみたいでさ……」

「ゆる、……許すな、私……!」

せめてもう少し頑張れ寒菊冬。流石に我妻善逸に弱すぎるぞ。と己の精神性の脆さを思い切り平手で引っ叩きたくなる。そもそも夏瀬が彼に銃を向けた理由は私がいやがっているように見えたから、とするとこれも自分が招いた身から出た錆かもしれないな。がっくりと肩を落として酸素がなくなってしまうかと思うほど長くため息をついた。

「……もういい。疲れた。……夏瀬はなんでここにきたの」

いい加減過去の行動ばかりを後悔していても仕方がない。過去は戻らないのだから、先のことを考えなければ。ここ数ヶ月全く姿を見せず、よもや戦死では噂されていた最終選別で生き残ったただ一人の同期。松本夏瀬に問いかけると、その人物はにこりと唇の端を上げて調子のいい笑みを見せた。

「久方ぶりに同期に会いにきたんですよ。あなたずっとろくに食事も睡眠もとってなかったでしょう。この家でのたれ死んでやしないか、僕はもう、心配で心配で夜もぐっすりだったんですけど?」

「えっ!?ちょっと待ってちょっと待って、冬ちゃんそうなの!?ご飯はちゃんと食べてってあれだけおれ言ったのに!!っていうか心配してたのに夜ぐっすり眠れるのはおかしいでしょ!いい加減すぎる!」

「同期のことはそれはもう心配でしたが、それはそれとして僕自身の睡眠はきちんと取らなければ。任務中に睡眠不足で倒れるなんてことがあってはいけないでしょう?というか、こちらこそあれだけ言ったとはどういうことなのか、膝を詰めてお話ししたいくらいなんですが」

目をかっと見開き食ってかかる善逸と、それを巧みな話術でいなしつつも心なしか怒ったようにも見える夏瀬。彼等はどうにも反りが合わないようだ。また言い合いを始めてしまった二人に遠い目をする。三人でだいぶ長話をしてしまったし、台所でお茶の用意でもすることにするか。いそいそと立ち上がって無言でその部屋から退室した。

というかこいつは一体冬ちゃんのなんなわけ。手ぬぐいを噛んできいい、と歯ぎしりをしたくなるのをすんでのところで耐える。めちゃくちゃあの子に馴れ馴れしいし、誰にでも丁寧に接する彼女があんなにも親しげにしてるのおれ初めて見たんですど?隠の小春ちゃんにさえ敬語を崩してはいなかったのに、女性であるはずの目の前の人物には乱暴な言動を隠しもしなかった。え?また嫉妬かって?そうですよ、心の狭い男でごめんなさいねえ!

「視線でこの身がいい加減焼き切れそうなんですけど、言いたいことがあるならはっきり言ってくれませんかねえ?」

「……お前、冬ちゃんのなに。あの子があんな風に軽々しくおしゃべりしてるの、おれ見たことないんだけど」

そういうと松本夏瀬は片眉を上げて思案するように顎に指を当てた。どう言う発言をしようか迷ってる音がする。悪いけどこの耳がある限り、口八丁で言いくるめられる気は無いからな。がるがると歯をむき出しにして威嚇しながら問うと、肩をすくめてやれやれといった風に両手を挙げた。お話になりませんと言わんばかりの態度に、おれもいい加減腹たってきたんだけど。

「さっきも言った通り同期ですよ。……冬さんのただ一人の同期です」

「……ただ、一人?」

おれが最終戦別に参加した時も多数の参加者は存在した。その多くが、まあ、悲しい結果に終わったみたいだけど、でもその時でも四人は生存していたのに。それに考え込むように眉を寄せる。ゆっくりと腕を組んで誰に言うでもなくぽつり、と呟いたその声は、どこか自分達を哀れんでいるようにも聴こえた。

「僕たちが参加した最終戦別での生き残りは二人でした。……まあ、さほど珍しい話でもないんですよ。……藤重山で死ぬ人間が多いことも事実ですし」

「それにしたって少なすぎるんじゃない?」

「いえいえ、むしろ今期四人も生き残ったことが快挙といいますか。……冬さんはそれどころではなかったみたいですけどね」

冬ちゃんはそれどころじゃなかった?どう言うことだよ。冬ちゃんはあの性格なら隊士であろうが一般人であろうが関係なく、助けに入っていてもおかしくないのに。おれの心に浮かんだ疑問を察知したのか、彼女はそのままなんとなしに言葉を続けた。

「それはもう顔面真っ青にして、……泣いてましたよ。目撃した方が悲しくなるくらいには。……聞いてないんですか」

「……聞いて、ない」

冬ちゃんの過去の話で聞いたことがあるのは、彼女が自分の手で殺さなければいけない鬼がいると言うことだけだ。それ以外の話は彼女も話したがらなかったし、さりげなく話題を向けてみても何も言わずに沈黙するだけだった。それに何も思わなかったわけじゃないけど、でも冬ちゃんが言いたくないなら聞かない方がいいと思ったんだ。おれにだって話したくないことの一つや二つはあるし。

でも、本当のところは知りたかった。彼女の弱さも脆さもぜんぶ、ぜんぶ男らしく受け止めてさ、おれが優しく抱きしめてあげたかったんだよ。

そう言うと彼女はどこか眩しそうに目を細めた。さながら自分では一生手が届かないものを眺めるかのような、寂しい音をさせていた気もする。

「……なるほど。あなたのそういうところに惹かれたのかもしれませんね。同期は。……らしいですけど、話さなくていいんですか?」

そちらに視線をやると襖がすっと静かに引かれる。湯飲みと急須を乗せたお盆を持った冬ちゃんは切なげに目を細めていた。

「……人の過去を勝手に話そうとした夏瀬はあとで梅干しの刑」

「……まあ、それぐらいなら甘んじて受けましょうか」

襖を閉めて下座につくと、机にお盆を置いて正座をした。湯飲みに少しずつお茶が注がれる音がする。そちらに目を向けたまま、ゆっくりと言葉が続けられた。

「……私が泣いていたのは、鬼の真実を知ったから。……いや、どこかで見ないようにしていた事実を目の前に突きつけられて、それに耐えきれなかった」

鬼の真実とはなんの話なんだろう。鬼は鬼じゃないの?本能のままに人を襲って喰らいつくす、……こういっちゃなんだけど、怪物のようなものだ。その心中を察したのか、冬ちゃんはふ、と自身を嘲るような笑みを零す。

また、またこの音だ。自分で自分を傷つけてる辛い音がする。冬ちゃんのこの音は好きじゃない。それを口を出そうとして、けれど夏瀬のしい、という音がそれをとどめた。目を眇めて剣呑な眼差しで睨み付けると、それを意にも解さないというように唇で嗤う。

アーーーーッ!!!その僕は冬ちゃんを理解してますと言わんばかりの態度ほんっと腹たつなぁ!!!

「……なんだよ。音を聴かなくても、あれは良くないってわかるだろ」

「……あれで無理やり自己を保っているところもあるんですよ。むやみに否定はするものじゃありません。ーーーあなたの気持ちもわかりますけどね」

「……続けても?」

釈然としない気持ちになりつつもそれにこくりと頷きを返すと、おれたちの前に湯飲みを配り、そっと目を伏せた。

「……鬼は人を喰らう。それは確かなことだし、いけないことだと思う。自分たちが作り上げた理の中で生きている人間は尚更そう思うのかもしれない。……でも、そもそもの話鬼もはじめは人だった。……なら、こうも考えてしまう」

ーーー私がしていることは、ただの人殺しなんじゃないかって。

その言葉には口を噤んで何も言えなかった。どんな大義名分を振りかざしたとしても、それは否定しきれない事実でもあったからだ。

「まあ、僕はそうじゃないですけどね?」

「……オイ、この緊迫感漂う雰囲気を壊すような真似よくするよなお前」

軽やかに雰囲気をぶち壊した夏瀬を疎ましく思うけど、それにすくわれたように笑う冬ちゃんの顔を見てしまったら、もうその話題を掘り返す気は無くなってしまった。

そのあとはいつも通り、何気ない雑談を続けていた。そもそもの話夏瀬はおれに自己紹介すらしてなかったし、それを指摘すると鼻で笑われたから一目散に殴りかかりたかったけど、冬ちゃんに呆れたような目線を向けられると仕方がないですね。と高らかに名乗りを上げた。それを横目で見つつも先ほどの冬ちゃんの様子が脳裏をよぎって、あまり頭に入らなかったけどさ。

……冬ちゃんは、心の片隅でずっと憂いを含んだような音をさせていた。それはおれが初めて冬ちゃんの音を聴いた時にも鳴らしていた哀しい音だったんだよな。

たぶん、まだまだこの子が隠していることは沢山あるんだろう。それでもおれなりにこの子を支えたかった。

未熟でもいい。

青臭くてもいい。

歩くような速度でもいいからさ。

おれたちの速度で、この付き合いを深めていけるなら、それ以上のことなんてないんだからね。


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