もはやパラレルワールドとでもお思いください。
本編でこうなるかは未だ未定です。
番外だからこその完全に趣味です。
目の前には、いつもの如く、お金の掛かっていそうな帽子を被ったお兄さん──通称"素敵帽子"さん。
名前は一応知っているんだけれど、向こうも私の名前を呼ばないから、私も此の人の名前を呼ぶつもりはない。
なので結局、未だにワインはあげてなかったり。
まあ家帰れてないしね。
それでええと、なんだっけ。
「朗読会──ですか?」
「嗚呼。未だ確定はしてないが、対象3名、総勢6、7名程の規模を予定している」
今はポート・マフィアの──なんだろう、なんか面談室みたいな個室で二人っきりで話している。
と云うか、Qちゃんとの会談が終わってさあホテルに行こうとしてた処を、なんでか知らないけど凄く難しい顔して未だ帰んなとハントされたのである。
ほんとに、なんて云うかこう、苦虫を噛み潰したような顔して。
なんだろう、お腹痛いのかな。
「それで、あー、其の、なんだ」
「なんでしょう」
「……絵本の
──
と云うか此の人の口から"絵本"って死ぬ程似合わないなぁと思いつつ。
取り敢えず、神妙な顔で頷いておくことにした。
長いものには抵抗せずに巻かれといた方が、後々何かと都合がよくなるもんである。
それで、ええと。
絵本がなんだっけ。
「ほら、あれだ。いま探偵社とウチは一時休戦している。其れは判ってるな?」
「はい。不用意に近付いて威嚇するなと広津さんに念押しされました」
「おう。お前は其れで善い」
──いや、云われた時も突っ込みたかったけど、威嚇って可笑しくない?
なんて、思い乍らもやっぱり特になにも云わない。
だって突っ込みって疲れるし。
「でだ。探偵社の方には、昔ウチに所属してた奴等が二人居る」
「へぇ。こういう業界って足抜け的なの難しいかと思ってたんですが、意外と容認してるものなんですね」
「……彼奴等はまァ、特例だ。通常は足抜きなんざする時点であの世逝きだ。間違ってもお前は遣ろうとすんなよ」
「しませんよ。未だ生きてたいです」
──特例、物凄く羨ましい。
あれかな。タイミングさえあれば、いけるもんなんだろうか。
コツとかあるのだろうか。そういうの聞けたら嬉しいなぁ。
まあきっと、監視的な意味で難しいんだろうけど。
今だって、多分ガッチガチにGPS付けられてるし。
なんとも生きにくいものである。
「其れで、
「嗚呼そうだ。まァ、と云うのも、其の足抜けした内の一人が姐さん──尾崎幹部の元保護下にあった人間で、今回の企画も、メインは其の足抜けした奴の為だ」
尾崎幹部と云えば、あれだ。
たまにちらっと見る、いつも着物を召してる赤毛の麗しいお姉さん。
多分私に対する
だからなのか関わりはほぼ皆無なんだけど、目が合ったら微笑んでくれたりする素敵なお姉さんである。
もう絶対面倒見いいんだろうなっていう包容力を、喋ったことが無くても感じ取れてしまうタイプの人だ。
詰まりは、あれだ。
懐にさえ入れれば守ってくれそう。
──それはまあ、目の前の此の人も同じなんだけど。
「懇意にしていた人に、異能を使用した絵本の朗読を聴かせてあげたい……と云った感じでしょうか」
「大雑把に云えばそうなるな」
「で、現在其のお相手はなるべく波風立てたくない"探偵社"所属なので、遺恨を遺すような物語はなるべく避けて欲しい……と云う感じですか」
「……思いの外此方の意図を理解してんじゃねェか」
「思いの外って如何いう意味ですか」
とても遺憾、と目の前の素敵帽子さんをジト目で見れば、然し顔をさっと反らされる。
如何にも、初対面で号泣させて以来、なんというかこう、かなり苦手に思われてる感じがする。
別に、絵本無ければ私って凄く非力なのに。
ほんと遺憾の意。
「其れで如何しますか?
「嗚呼待て、姐さんに希望を募っておいた」
そう云いながら、素敵帽子さんは意味深に置いてあったファイルからさっと一枚の紙をこちらに差し出してきた。
此の人結構仕事早い、と云うか抜け目ないんだよなあと思い乍らそれを受け取り、中身を確認する。
其処には──なんだこれ。
「……なんですか此の、びっしり加減」
「此れみりゃ判るだろ。本気なンだよあの人は」
「本気の加減通り越してませんか。と云うか此処迄書き込んでタイトル指定してないのってなんなんですか。もう此処まで希望出してんだったら自分で絵本探してくださいよ」
「基本
其処には、きっちりカテゴリされた上で端から端までびっしりと文字が書かれた言葉。
よくぞこんな紙一枚に纏めたって云うか、否寧ろ此れ纏まったって云っていいのか。
どう見ても無理やり詰め込んでないか。
と云うか無駄に達筆過ぎて処々読めない……。
「──"泣けるものは許容するが、心に傷をつける噺は却下"」
「まあ順当だろうな。何しろお前は前科持ちだ」
「"両親ネタはトラウマ持ちな故、却下"」
「難しい年頃だからな」
「"なるべく動物物の心温まるもの、希望に満ちるものを所望する"」
「もう一度云うぞ。相手はトラウマ持ちで難しい年頃だからな。ついでに女だ」
──ええ、難くね此れ。
因みにカテゴリは、"泣ける物語"の枠である。
大体泣ける話って主にお母さんを中心とした両親ネタとか多い糸思うんだけど、駄目なのか……。
ええ、如何しよう──"フランダースの犬"くらいしか思いつかない。
一応其れを第一候補にしとこう。
「と云うかまだまだ書き込まれてるんですけど此れ。えぇ……。一寸保留して次行きます。因みに大体絵本何冊まで朗読すればいい感じですか」
「まァ、時間的に上限5冊ってくらいじゃないか」
「5冊……」
Qちゃんでも、2冊が上限なのに5冊も読んでしまって大丈夫なのだろうかと思いつつ。
まあ読めと云われれば読むだけだけど、と次のカテゴリに目を通す。
次は──"命を大事にする物語"。
「マフィアなのに命を大事にする物語を所望するんですねって突っ込み入れてもいいですか?」
「しないで呉れ」
「判りました。ええと──"同じく両親ネタは却下"。詰まり祖父は許容内ですね」
「まあ、両親じゃあないからな」
「"出来れば子供が主人公が好ましい"。絵本は基本子供が主人公です」
「俺も含めてお前の得意分野には詳しくねェんだ。突っ込まないで遣って呉れ」
詳しくなくても判るもんなんじゃないかなと思いつつも。
まあ忙しい中こんなに沢山希望出して呉れたのってきっと凄い事なんだとも、此処に居ればなんとなく判るもので。
なんたって此処は、直ぐ隣に"あの世"が座ってる。
──善い人なんだろうなぁ、尾崎幹部さん。
そんな善い人が、
なんだか凄く、世界の違う話の様に感じてしまう。
と云うか世界が違うんだろうな。
「……そうですね、此れはじゃあ、"モチモチの木"を選考に入れておきます」
「もち……?」
「お爺さんと二人きりで住んでいるビビりの孫が、お腹を下したお爺さんの為に一人で夜の山を越えてお医者さんを呼びに行く愛と勇気の物語です」
「ああ、其れならOKだろ。許可する」
「じゃあ、命を大事にする物語は"モチモチの木"で」
それでお次は──"逆境に立ち向かう物語"。
此れも亦、なんというか難しい。
と云うかあれだ、絵本に求めるもの重くない?
「"子供が主人公で、逆境に挫けることなく立ち向かう"、"いついかなる時も戦う意思を失うことなかれ"、"未来は自分の力で奪うもの"。言葉のチョイスがマフィア滲み出てますね」
「マフィアだからな」
「ですねぇ。うぅん、"理不尽に折れない心"。うぅん……あー、あ、"おしいれのぼうけん"とか如何でしょう」
ふと思いついたタイトルを口にすれば、素敵帽子さんが其れは何だと云う様に小首を傾げた。
此の人はなんというか、時々妙に仕草があざとくなる様に感じる。
なにそのナチュラルな首の傾げ方。女子か。
「これはQちゃんに読んであげようと思ってたんですけど……。まあ、幼稚園の話でして、友達と喧嘩したことを先生に怒られて、二人で押し入れで反省させられるんですね。で、其処から其の友達と助け合って逃げる話です。わくわくドキドキの冒険譚みたいな感じですね」
「……なんつーかこう、話の規模が小せェ気もするが……、まあ絵本なんてそんなもんか。許可する」
「じゃあ、次は"母と子の心温まる物語"。……母親ネタは厳禁だったのでは」
「よく見ろ。"母親の死ネタはNG"って書いて在るだろ。NGはNGの儘だ。詰まりモノが違ェ」
「あ、ほんとですね。如何しようかな……」
母親ネタで心温まる話って、割とこう、
でも話を聞く限り、と云うか真逆園児がマフィアに居るわけがないし。
まあ普通に考えてみて、相手の子は恐らくQちゃんと歳の近い女の子なんだろう。
なんたって、Qちゃんは難しいお年頃。
さてはて、心温まる話……。
私がお母さんに読んで貰って、心に響いた話ってなにがあったっけ。
心。心に響くお母さんの話。
──ああ。
「"あなたをずっとずっとあいしてる"、とか如何でしょう」
「タイトル的には有りだな。どんな話なんだ?」
「そうとは知らずにティラノサウルスの卵を育てちゃった違う種族のお母さん恐竜の愛の物語です」
「異種族間での愛、みたいな感じか……?」
「まあそんな感じですね。どんな貴方であっても愛していますよって感じの母親の強い想いの話です。私は小さい時にお母さんに読み聞かせて貰って、感動しました」
「お前がか。そいつは凄ェな。許可する」
「ちょくちょく引っかかる物言いしますよねぇ。まあ、ありがとうございます。此れで決定します」
最後は、"古き佳き日本の物語"。
此れなら色々考えやすい。
取り合えず昔噺か──妖怪とかの話にすればいいかな。
妖怪。
ううん、人外。
「ん〜〜。そうですね、ぱっと思いついたのは、"かさじぞう"と──"ことりぞ"とかですかね」
「嗚呼、"かさじぞう"は何となく知ってるなァ。アレだろ、爺さんが真冬に地蔵の頭に笠被せる昔噺。だがそっちの、なんだ、"ことりぞ"? は知らねェ」
「こっちは昔噺って云うよりは、古い建物の雰囲気を感じる話ですかねぇ。女の子が黒猫と、おばあちゃん家の仏壇とか竹藪の奥の古いお堂とか、あと神社とか、昔な雰囲気の処を探索する話です。どっちかって云うと絵で魅せると云うか映像美なんで、其れこそ"私の"能力向きかもしれないですね」
「なるほど」
そう云いながら、素敵帽子さんはふむ、と顎に指を添えた。
多分、どっちの本にするか悩んでるんだろう。
だって上限は5冊とか云ってたし。
「……そうだな、一応"かさじぞう"の方を読んで、時間が余ったらラストに其の"ことりぞ"ってのを読むっつーのは如何だ。映像美だって云うンなら、後味も佳いだろ」
「佳いかと思います。じゃあ、2冊とも持っていきますね」
「嗚呼そうしてくれ。で、最初の"泣ける物語"は如何する」
「其れは"フランダースの犬"とか、如何かなぁと」
「………んン?」
そっと呟いてみれば、然し帰ってきたのは怪訝な顔で。
其れに如何したのだろうと目の前の素敵帽子さんを見遣れば、彼は彼で、なんとも云えない顔で私の事をまじまじと見ていた。
「……"フランダースの犬"」
「ええはい。"フランダースの犬"です」
「なンか其れ、聞いたことあるぞ」
「そりゃあ、世界規模の名作ですから。めちゃくちゃ"泣ける話"ですよ」
「否、そうなんだが……」
なにかこう、もごもごしてる。
だけど"泣ける話"とやらを所望してきたのはそっちの癖に、なんなんだと見ていれば。
何とも云えない顔をした儘──と云うよりも難しい顔をし乍ら、絞り出すようにこう言葉を絞り出している。
否別に、そんなに悩むようなものでもないと思うんだけど。
「……泣ける話だから善いのか……? 此れは許容内か……?」
「元は小説なんですけれど、ちゃんと絵本版もありますし。全世界で愛されている不朽の名作ですよ。此れ以上に朗読会に相応しい絵本もないでしょう。なんたって、世界規模のベストセラーですよ」
「………………あー、そうだな、許可する」
葛藤。
そんな言葉が似合う表情の儘、そういう素敵帽子さんに。
私は「じゃあ全部で6冊、用意して持っていきますね」と答えてメモをした。
"フランダースの犬"、"モチモチの木"、"おしいれのぼうけん"、"あなたをずっとずっとあいしてる"、"かさじぞう"、"ことりぞ"──中々に善い
読む順番は如何しようかな。
此処はやっぱり、さっきも云われたし"かさじぞう"からトライして緊張を解いて。
それで心温まった処で"フランダースの犬"と"あなたをずっとずっとあいしてる"で感動の2連チャンをさせつつ"モチモチの木"で家族への愛、"おしいれのぼうけん"で戦う事の重要さ、そして時間が余ったらラストに"ことりぞ"で日本の映像美を楽しんでもらうとか。
──うん、中々に善い感じじゃないだろうか。
「まァ、順序なンかはお前に任せる。決行は今週の土曜日だ。ホテルに俺が迎えに往くからお前はあの14時にフロントで待ってろ。昼飯は食っとけよ」
「はい」
「今日は此の儘帰れ。──時間が遅くなったな。車を用意させるから、其れ迄此処で待ってろ」
「はい。ありがとうございます」
──私のこと、苦手な癖に扱いは丁寧なんだよなぁ。
なんてことを思いつつ、席を立つ素敵帽子さんのことを
此の人も、
マフィアだし、頑なに私の名前は呼ばないんだけど。
「じゃあ土曜日に。寝坊すンなよ」
「はい。お昼ご飯確り食べて待ってます」
「よし。じゃあな」
「お先に失礼します」
お疲れ様です、という言葉は、多分此の人の未だ仕事あるんだろうなぁと呑み込んだ。
なんと云うか、マフィアってこう、仕事多い人と仕事少ない人の差が激しく感じる業界だなと思う。
多分仕事できる人の処にわんさか持ってっちゃうんだろう。
そんでもって、仕事できる人が多忙で死ぬ。
──業務管理とか、きちんと出来る人いないんだろうなぁ。
思わず南無三、と生温かい目でみていれば。
何かを察したのか、微妙な顔をした儘振り返った素敵帽子さんは、退出間際にこう呟やくのだった。
「……なんか変なこと考えてるだろお前」
「真逆。お仕事頑張ってくださいね」
「………おう」
なんとも、面白い人である。
──却説、特に待ち望んではいないものの、建前として待ちに待ったと云うべき土曜日である。
因みにQちゃんには事情は連絡済みで、なんならムービーを撮ってきて欲しいと云う熱いお強請りを頂いてしまった。
私の異能って、確か機械も
「降りろ」
なんて頭の中で考えている内に目的の場所に付いたようで、云われるが儘に車から降りる。
此処ら辺はあんまり来たことがなかったけれど──確か、谷崎さんのバイト先辺りじゃなかっただろうか。
そう煉瓦の壁を
「往くぞ」
「はい」
いつもの如く、素敵帽子さんはお付きの人をつけない。
他の幹部さんらしき人だったら意外と身の回りのお世話係みたいのが居るんだけど、此の人は大体いつも、基本単独行動を好んでるように思う。
そんな素敵帽子さんの後ろに素直に着いていけば、ぐるりと回って正面口の方に往き着いた。
すると其の儘素敵帽子さんは、勝手知ったると云わんばかりにすたすた中へと入ってしまうから、慌てて其の背中を追い掛ける。
「階段躓くなよ」
「はい。何階ですか?」
「二階だ」
なんて言葉を交わしている内に、目的の場所に着いたようで。
ポート・マフィアとは質の違う木製の扉を開けて、素敵帽子さんは目で"入れ"と訴えかけてくる。
其れに私も軽く会釈して、開けてくれている其の脇を通り過ぎた。
後ろから響く扉の閉まる音を聴きながら、私は却説、と目の前の光景を受け止める。
其処には──何やら強張った様子で此方を見遣る、様々な年齢の人たち。
彼処に居る着物姿の女の子が件の子だろうなと思いつつ、私はにこりと微笑みを顔に浮かべる。
第一印象は、こう云う時こそ重要だと思う。
「こんにちは」
「……! こんにち、は」
声を掛ければ、戸惑いつつも確りと挨拶を返してくれる。
其れに善い子だと感想を抱き乍らも、其れでも遠巻きに私──と云うよりも、私たち?を観察している"探偵社"の皆さんを
着物の女の子に、麦わら帽子を被った明るい髪の男の子。
あの子達が今回の朗読相手になるのかなぁと思いつつ、其の隣に居る少年──いや青年?にも目を向ける。
なんとも云えない独創的な髪型の白髪の少年──黒い一房は彼なりのお洒落なんだろうか──も、年はなんだか若そうで。
音に聞く探偵社って、意外と年齢層若めと云うか、中年層の少ない人手不足な感じなのかなとこっそりと思う。
だって、更に離れた処から見てる人たちも、なんて云うか皆若い。
30代らしき人が見当たらない会社って、なんだろう少し不安を覚えてしまうのは勝手な主観なんだろうか。
そして、そんな中。
するりと、手のひらに誰かの体温。
「やぁ! こんにちはお嬢さん。こんなに可憐な子に逢えるだなんて、今日と云う日を生きてきた甲斐があったよ」
「はぁ、こんにちはお兄さん。初対面から壮大な話題の振り方ですね」
「此方来い。ンな奴に構うな」
「あいたっ」
さっと私の手を取って無駄に善い声で囁いてくる美丈夫さんに、困ったように微笑めば。
其の手を割りと強めの音を響かせながら叩き落とした素敵帽子さんが、其の儘私の肩を引いて目の前の美丈夫さんから距離を置かせた。
「全く、相も変わらず思考と行動が直結してるねぇ。なぁに? 私に其の子盗られたくないのかい? えぇ〜中也ったら可愛い〜! 思春期真っ盛りの学生みたい〜! あっ其処で成長止まってるんだから当たり前かぁ。いやぁ、私としたことが。うっかりうっかり」
「て、め、え……!」
ぴりりと肌を突き刺すような雰囲気。
と云うかなぁにその、子供みたいな喧嘩の売り方。
此れはもしかして、仲が余り宜しくない奴ではと思ったので、真横の素敵帽子さんが口を開く前に其の服の裾を、つん、と引っ張った。
そうして、少し控えめにこう云ってみる。
喧嘩とか面倒くさいから私が居ない処で遣って欲しい。
「積もるお話があるようですが、私たちはお仕事で来ているので、其方のお役目を果たすことを優先しましょう? 私は此処、初めてなので。如何したらいいか教えてください。あと此の後の事忘れてないですよね?」
然り気無く絵本の入った鞄を掲げてアピールしてそう云えば。
少し言葉につんのめった様な仕草をした後、素敵帽子さんは絞り出すように言葉を漏らした。
心なしか、若干逃げ腰になったのは気の所為だろうか。
「…………おう」
「えっ待ってなに其の反応」
──そう云えば、此の人ってこの朗読会参加するのかな。
なんてことを思いつつ、先刻とは若干反応の違う目の前の美丈夫さんから視線を外して、他の皆さんに笑いかけてみる。
誰か此の場を仕切れる人は居ないのだろうか。
誰も彼もが遠巻きで、一向に話が進む素振りがない。
私だって、この後Qちゃんの処に往かなきゃいけないのに。
しかも今日は素敵帽子さんも居るから、食品購入の許可まで出てる。
食品系は一人で買った場合検閲が通らないから、誰かと居る時じゃないとQちゃんに買ってあげられないのだ。
だから早く終わらせて、早く買って、早くQちゃんの処に私は往きたいのである。
詰まりは、ちゃっちゃと済ませたい。
すると、そんな私の厭り感が伝わってしまったのだろうか。
如何にもこう、対応に困ってた感じの人が奥の方から身を乗り出してきた。
──ああ此の人、確りしてそう。
「申し訳ない。わざわざ御足労感謝する。準備は既に整っている。後は、其方のお嬢さんにご協力いただくだけだ」
「此れの"異能"に関しては、其方も了承済みと云うことでいいな?」
「嗚呼、其の娘が件の異能力者だろう。此方も把握済みだ。問題ない」
「なら善い。こんな成りだがウチの立派な構成員だ。丁重な扱いを所望するぜ」
「承知した」
其の会話を真横で聴きながら、意外と大事にされてるなあと思っていれば。
無視されて不服そうにしていた美丈夫さんが、不意に私の事を見詰めて、にこりと笑った。
「ねぇねぇ。お嬢さんは幾つだい?」
「高校を卒業する辺りの年齢です」
「てことは18歳くらいかぁ。
「そうですね……まぁ、半年前くらいでしょうか」
「へぇ〜〜! でも私、なんか君の事知ってる気がするなぁ」
云われた言葉に、はてと首を傾げる。
なんたって、私はこんな男に全くもって心当たりも既視感も特に感じない。
こんな顔の整った人、恐らく一度みたら忘れないだろう。
「此奴に関わンなって云ってるだろ。往くぞ」
「え、あ、はい」
「一寸〜。私は今其の子と話してるんだけど」
「太宰! 話がややこしくなるから無駄に絡むな!」
「国木田君うるさ〜〜い」
腕を捕まれ、室内の奥の方へと連行される。
すると其処には、先刻挨拶した子達やら他の人たちが既にソファーなり椅子なりを持ち寄って着席しようとしていたところで。
其の準備具合に、"小学校"みたいだなと思い乍らも導かれる儘にソファーの方へと進んでいく。
すると私の着席と同時に目の前のテーブルにお茶とと茶菓子が出されたので、蝶々の髪留めのお姉さんに軽く会釈した。
「ありがとうございます」
「いいや。此方こそ、ウチの若いもンの為に時間を作ってくれて、どうも有り難う」
──意外とこう、なんだろう、凛々しい気がする。
矢張こういう場所で働く女性は格好好い人が多いのかな、なんてことを思いつつ。
もう始めてしまって善いのだろうかと、鞄の中からまずは一冊めの"かさじぞう"を取り出してみる。
すると目の前の子達──あっれ先刻のお洒落白髪の子もいる──が、わかりやすくそわついた。
「もう、初めてもいいんでしょうか」
「嗚呼──太宰、お前は如何する? 聞くのか、聞かないのか」
上から私、素敵帽子さん、眼鏡さんである。
ついでに、太宰というのが恐らくあの颯爽と喧嘩売ってきた美丈夫さんなんだろう。
先刻も名前呼ばれてたしね。
太宰と呼ばれた其の人は、私の事をちらりとみて。
そうして再度うふふと笑って、にこやかな儘こう云うのである。
「私は此方にいるよ。此処に居ても聞こえるし、其の異能は
「……まぁ其れもそうだな。では、始めていただいても善いだろうか」
「はい」
眼鏡さんにそう云われて、膝の上の絵本を立てる。
すると素敵帽子さんが、腰を上げつつ私にこう声を掛けた。
「んじゃあ俺は往くぞ。終わったら迎えに往くから連絡を入れろ」
「はい」
──ああ、矢張聞いていかないんだな。
だけど此の人私の朗読嫌いだしそうだよね、と個人的に納得して、其の儘席を立つ素敵帽子さんに頷いていたら。
然し──探偵社の皆さんは、何故だか驚愕顔。
「……出ていくのか?」
「? 嗚呼。俺には他に仕事かある」
「此の子置いていくのかい。休戦中とは云え、不用心が過ぎるんじゃないのかい?」
「此奴に手を出せば休戦は開戦に変わる。それくらい手前等も理解してるだろ。だから何があっても手前等は俺に返す迄此奴を守る。違ぇのか」
「否、それはそうなんだが……」
──純粋に、聴きたくないんだろうなぁ。
なんて思う、素敵帽子さん曰く前科持ちの加害者である。
中原さんは中々に私の植え付ける感情に引っ張られやすいから、絵本で一喜一憂したくないんだろう。
しかもこんな、恐らく嫌いな人も居る、安心出来ない場所では特に。
なんてことを思いつつ、ぺらりと絵本を捲っていれば。
面白そうに私の事を見ていた──なんかものすごく探偵っぽい格好をした人が、此れ又楽しそうにこう云い放つのである。
「此の子の朗読に感情輸入し過ぎちゃうから聴きたくないんでしょ」
其の瞬間、躯をぎくりと強張らせた素敵帽子さんに。
ああそんな判りやすい、と私が思うのと、其の進路を封じるようにあの美丈夫さんが彼の前に乗り出すのは、ほぼ同タイミングの事だった。
マジでこう、狙ったかのような絶妙な身の乗り出し方である。
「ええ〜〜? 中也ったら、女の子の朗読に子供みたいに泣いちゃうのかい? ええ〜ダッサ〜〜!!」
「〜〜! 云っとくけどな! 手前だって其の
「今認めたねぇ、あの帽子君」
ねー?と私に同意を求めてくる探偵さんに、如何したもんかと思いつつも取り敢えず頷いておいたら。
「手前も馴れ合ってンじゃねェよ!」とお怒りの言葉を頂いてしまった。
いやでもだって、此れから朗読会するんだから馴れ合うなと云う方が難しくない?
「うっわ中也ってば女の子に怒鳴るとかほんと格好悪〜〜」
「うるッッせぇな! 怒鳴らせてンのは手前だろ!」
「ええ〜〜? 中也が勝手に喚き散らしてるだけだもの。私の所為じゃありませぇ〜〜ん」
──うわぁ、あの人凄くウザい。
そして確かどっちも朗読会には参加しない筈で。
なら此れもう始めちゃってもいいんじゃない?と私は表紙を目の前に座ってる人たちに視線を──確認すると結構座ってるな。
ええ、何人いるんだろと向こうから聞こえる喧嘩そっちのけで一人一人の顔を見ていれば。
特に中央にいる白髪の子がやや照れ気味に「えっと、六人います!」教えてくれた。
何でか知らないけど、カッチカチに緊張してる。
何に対してそんなに身構えてるんだろう。
そうしてどうやら、当初の予定よりは減ったらしい。
「ありがとう」
「いえ! 絵本とか、今まで読んだことがほぼなくって、凄く楽しみにしてます」
「そうなんですね。じゃあ、貴方の記憶に残る一冊に成れるように頑張りますね」
──同い年くらいなのに、絵本読んだことないのか。
家庭の事情か、もしくは抑々家庭がないのか。
まあ其のどっちだったとしても、彼の人生に私は関係なく、其の逆も又同じで。
彼と同じように、其の隣に居る少女たちに笑い掛けつつ。
向こうで未だに争っている素敵帽子さんはもう放っとこうと私は表紙を静かに捲る。
「其れでは、朗読を始めましょう」
ちゃんと、一言一句頭に叩き込んで確りと読み込んできた。
文字も言葉も物語も、
予習は完璧。
ならばもう、試すは本番。
「──ま、おまっちょ、待てよ……!」
「わぁなに其のどっかで聞いたような
何処かから
なるべく声を整えて、私は最初の言葉を朗々と囁くのである。
「──"かさじぞう"」
先ずは、奥ゆかしき
さあとくと、味わって戴こう。
最後の一言まで云いきって。
ふうと視線を上げれば──其処に居るのは何やらほっこりした面々。
ついで、結局聞く方向性で決めたのだろうか。
素敵帽子さんと美丈夫さんが並んで座っていて、なんだかんだ喧嘩する癖に仲がいいんだなと思う。
なんか蹴り合っているようにも見えるけど。
まあ一種の
「頭がふわふわする……。なんと云うか、善い話だったね」
「雪、凄かった。あとお爺さん、善い人」
「雪掻きが大変そうでしたね〜!あとお地蔵さんも、あんなに降ってちゃ笠がないと辛いですよね。村で雪が降ったとき、今度から僕も自分の笠を分けてあげようかなぁ」
「賢治君の村はああいう笠を未だに使ってるんだね……」
子供──一人明らかに年が近そうではあるが──グループの彼らには、真正面から物語を受け止めてくれたんだろう。
中々に予想通りというか、嬉しい反応である。
若干一名、一寸気になるコメントはしてるけれど。
「……恐ろしい、異能だな」
「視覚、聴覚、嗅覚──後はなんだい、あの雪の冷たさ……。触覚も若干ではあるが共有されていたようにも感じるね」
「精神操作と聞いていたけど、知覚に対しても影響を与えられるのかな。どっちにしろ、よく見せる気になったよねぇ」
保護者っぽい人たちは、なんかこう、絵本ではなく私の能力を分析してるみたいだ。
正直、此れきりの関係だと思うし、そんな風に考えても意味はないと思うんだけど。
探偵って云うくらいだし、考えることが好きなのだろうか。
「なんか普通に面白くって聴き入っちゃった。と云うか突然皆が動かなくなるから、そっちの方が私的には驚いたし興味深かったよ」
「……俺的には、なぁンで椅子に括りつけられてンのかってのが気になるんだがよォ?」
「あっそれ私。突っついても頭はたいても動かないから、今の内に縛っちゃえって」
「手前……!」
あ、ほんとだ善く見ると素敵帽子さん縛られてる。
興味深そうに視線が集まる中、僅かに素敵帽子さんだけが躯を跳ねさせた。
「おい、おい太宰! 此れ外せ!」
「えぇ〜? 外したら逃げるじゃない」
「此処まで来たら逃げねェよ! 逃げねェから、善いから外せ!」
「何をそんなに焦ってるのさ」
タオルを用意するように伝えようかと思って──まぁ泣くと決まったわけではないから善いかと思いと留まる。
絵本と其処まで接点が無いと云っていたし、感情を揺すれても涙腺までは決壊しない可能性だってある。
「では、お次のお話に移ります」
「おいっ、クソ太宰! 手前マジでッ」
「──"フランダースの犬"」
嗚呼くっそ!と云う声を最後に耳にして。
私の意識は、手元の本へと向けられる。
お次は──救いのない、救いのお話。
此の話は、アニメーションでの映画かも成されていて。
此れは元の小説を、其のアニメ絵のイラストと共に簡略化してまとめ上げた絵本だ。
だから、此れに関しては大元の情報量が絵本の中には圧倒的に足りていない。
──
なので、
「ちょ──一寸皆、
何処か引き気味の声が聞こえたのでそっと視線を上げてみれば。
明らかにおろおろした様子の美丈夫さんが、ぽろぽろと涙を溢したり、ぶるぶると震えて蹲ってる他の人に対してティッシュを配っている処だった。
なんというか、放心している人が多いみたい。
其れを
此の短縮化された話の中では、そして能力を抜きにした私の朗読では、矢張り足らないんだろう。
「中也、ねぇ一寸息してる? なに? 一体何をみたって云うのさ」
「……っ、……おま、ッえにはっ、わ、わかねっ……ッッ」
「え、えぇー、ガチ泣きじゃないか……」
次の絵本を、鞄の中から抜き出していく。
お次の話は、種族を越えた親との、母と子の愛。
此れなら感動してくれるだろうかと、ちらりと視線を前へと向ける。
なんというか、折角ならこう、心ゆく迄絵本の世界に浸って貰いたいという気持ちがある。
例え、あの人に私の
私が勝手に、心を込める分には自由だろう。
後純粋に、泣き止むの待つのは時間が惜しい。
「お次のお話、往きますね」
「えっ待って今此れで往くの?」
「Qちゃんはいつも乗り越えますし、大丈夫かと」
「Qに朗読してるのかい!?」
あれ、そんなことも知らないのかと思いつつも。
もしかしたら、此れって云ってはいけないことだったのかなぁとも、思ったり。
まあでも、別に善いだろう。
云っちゃいけないことだったとしても、其れを私に伝えなかった方も多分悪いし。
「13歳の男の子が大丈夫なんですから、年上の皆さんが駄目なわけないですよ。たかが絵本。たかが朗読。お気楽に聞いてください」
「いや、だけど君も一寸休憩した方が、」
「私も、とっとと終わらせてとっとと帰りたいんですよね」
そう笑って云えば、ひくりと美丈夫さんは唇を引き攣らせた。
そうして、其の横の素敵帽子さんが、其の腕を引き下ろさせて項垂れた儘首を振る。
よく判らないジェスチャーだけれど、まぁ、読んで善いと云うことだろう。
「ではでは、お次は種族を越えた愛のお話です。──"あなたをずっとずっとあいしてる"」
「此の子マジか……」
さあ、はじまりはじまり。
「──はい、お了い」
読み終えて、ぱたりと本を閉じる。
そうして視線をそっと持ち上げたら──嗚呼よかった、泣いていた。
此れが朗読の
山のように積んであるティッシュ屑の山や濡れきったハンカチ、袖なんかで顔を被っている人たちのことを眺めてみる。
「おか、おかあさんっ、おかっ、おかあっううっ、うう゛〜〜っ、ッ」
「──っ、……ぅ、う、ッふぇっ、……っぉかあ、さ、」
「てぃ、てぃらの、さうるすでもっ、おか、っおかあさっ」
矢張
だって、対する
「──、もっ、なん、……ッ、そんな、っ」
「なぜ卵を落としたんだッなぜっ、だか、ッッ、〜〜なぜっ!」
「あ゛〜〜、もう、ほんと、嗚呼……」
果たして此れは、マイアサウラのおかあさんに対しての言葉なのか、それともティラノサウルスに対しての言葉なのか、はたまたハートに関してなのか。
歳を重ねれば重ねる程感じる情報量が深くなる。
此れは、そんな絵本なのである。
そして、こっちも。
「…………、かぁさん、……」
「……、……おまえ、そんなの、いないでしょ……」
──なんか意気消沈してる。
悲しむ通り越して、放心と云うか撃沈と云うか。
あらぬ方向を涙に染まった虚ろな目で見ている素敵帽子さんと、同じく──いやもっと感情の見えない瞳でゆらゆらと視線を彷徨わせる美丈夫さん。
──美丈夫さんは、異能効かないとか云ってなかったっけ。
別に素敵帽子さんみたく涙は見えないものの、何か感じとるものはあったと云うことだろうか。
ゆっくりと動く視線が私の事をひたりと見るけれど、だけどまぁ、それがなんだと云う話だ。
──なので、お次の絵本。
「続いていきます。──"モチモチの木"」
あと三冊。
頑張れわたし。
もういやだ、なんて言葉も聞こえたが。
抑々始めたのはそっちである。
ぱたんと絵本を閉じて、前をみる。
なんというか──皆さん表情豊かだなぁ。
と云うあれか、ぐったりしてる。
「──なんか一寸、此れ一種の拷問なんじゃないかと思ってきた。孤児院時代の折檻に此れがあったら、正直耐えられない。なんで僕はいまここにいるんだ……?」
「……こわかった。しんじゃうかと、おもった……」
「僕ちょっと、暫く山に入りたくないです……」
私的には朗読の折檻とか、むしろ受けたいんだけどなぁとか思いつつも。
まあ、特に何も答えない。
と云うかあの子、孤児院出身なのね。
「可笑しい。ちょいとこれおかしいよ。知ってた筈なのに、なんだい、此の気持ちは」
「…………………………」
「……こころにくる。感情移入、いや、感情挿入……? 否寧ろ洗脳に近い……?」
相変わらず此の人たちは分析してる。
職業病と云う奴なんだろうか。
後別に、洗脳だなんて大層なことはしていないと思う。
別にQちゃん、性格変わってないし。
「……、……」
「……ねぇ、なんで此の企画通ったの……」
「…………姐さん主体」
「じゃあなんで森さん許可したの……。絶対親睦目的じゃなくて、此れ、狙ってただろ……。精神的苦痛を狙っただろあの人……」
「……。手前は異能通じねェんじゃなかったのかよ」
「あの子ね、普通に朗読上手い」
「嗚呼……」
次の絵本を鞄から取り出す。
お次は、感動系じゃなくて冒険系。
此の雰囲気をぱっと切り替えてくれることだろう。
「と云うかあの子なに。なんなの……。一寸は疑問とか躊躇いとか覚えないの……? 淡々とし過ぎじゃない? あのブレなささに私が戸惑いを覚えるんだけど。心持ってる? 絵本読んでる時のあの感情表現は何処に往ったの??」
「……こう、
「ええ、なにそれ指定有害物じゃないか……」
「仕方ねェだろ……。抑々廃棄予定だったんだからよ……」
──なんか悪口云われてる気がする。
そう思って、一寸キツめに視線を向けたら、さっと目を反らされた。
なに其の反応。
「……感動系は、此処でお了いです。次は子供たちの冒険譚となります」
そう宣言すれば、わっと盛り上がる空気。
それに何となくこっちも佳かったね、と嬉しい心地に引き摺られながら、お次の絵本を取り出した。
素敵帽子さんも、絵本のタイトルをみて何処と無く安心しているっぽい。
なんだかお通夜のような空気が続いてしまっていたから、これできっとリフレッシュ出来ることだろう。
全体的に茶色い表紙をするりと撫でて、前へと向ける。
「では往きます。──"おしいれのぼうけん"」
如何でもいいけど、此れのネズミのおばけ。
すっごい怖いよね。
絵本を閉じて、前を見る。
其処には──青通りこして、最早白い顔。
と云うか、
一体どうしたんだろうか。
「……面白くなかったですか?」
流石に此の沈黙は一寸気になって、そう問いかけてみれば。
全員が各々の反応で、首を振ったり顔を覆ったり手を前に出したりと、其れなりの反応を示して呉れる。
だけど矢張り誰も言葉を発しようとしない。
──面白くなかったんだろうか。
「………探偵社寮は、基本、押し入れがあるんだよね……」
地味にしょぼくれていれば、そんな声が聴こえて。
其れに思わず、じゃあ今晩からハラハラドキドキ出来ますね、と思わず感想を抱いてしまったが黙って置いた。
なんていうか、黙っといた方がいいと思ったのである。
基本、言葉は云わずに呑み込むタイプだと自負してる。
ちなみに、今の言葉は美丈夫さんのものである。
「──僕なんて、押し入れで寝てるんですよ………!」
「……今日は、一緒に寝る?」
「………………、いや、それは男女的な問題が、あるから……でも開けたまま寝て善い……?」
着物少女の言葉に、あの白髪お洒落頭くんはもの凄く言葉を詰まらせた。
其の様子に、今凄く迷ったなと思ったのは多分私だけではない筈だ。
と云うか、なんで押し入れで寝てるんだろう。
某青いタヌキを思い出す、斬新な寝床だ。
そして、次は最後の絵本で。
だけれど時間が当初予定していた終了時刻に程ほど近くなっている為、読むか読まないか少し悩む。
多分、読むとしたら終了時間を少し
「あの、如何しましょう。次が最後の一冊なんですが、時間的に厳しそうです。読んだら多分終了時間越えます。此処で御終いにしますか?」
そう問いかければ──然し、目の前の人たちの顔は一気に苦々しいものへと変わる。
其れこそ男女関係なく、まるで紐なしバンジーでもしろと云われた時の様な、苦渋に染まった顔をしている。
其れになんでだろうと思いつつも、矢張り私に決定権は皆無な訳で。
黙って事の成り行きを見守るのみなんだけれど。
「……僕正直此の儘お開きになったら寝れません。寮が怖いです……。あの押し入れにネズミのおばけが居たら如何しよう……!」
「おばけに異能は通じる?」
「アッそっか異能が通じない可能性もあるんだ……!」
──いや別に、此れあくまで絵本だからそんなに心配しなくてもいいんだけど。
そう思いつつ、他の人たちにも目を向ける。
なんというか、皆さん元気ない。
「……疲れたと云う気持ちは、正直無視できないんだよねェ。と云うか今日用事でいないあの子等が羨ましい限りだよ……。駄目だ目を瞑るとあの化け物が見える……」
「如何しますか乱歩さん」
「…………タイトルで決めるかい?」
探偵さんの其の言葉を皮切りに。
ぱっと、全員の目が私の方へと向けられた。
勿論、其の中には素敵帽子さんも入っていて。
其のあまりに協調性に満ちた姿に、貴方は何処の組織の人ですかと聞きたいレベルである。
と云うか、タイトルか。
タイトルもそうだけど──見せた方が早いかも。
「お次の話は此れです。"ことりぞ"って云います」
鞄から絵本を取り出して、前に掲げる。
すると皆さんは──何故か一気に、仲良く全員真顔になった。
すん、と云う効果音が付きそうな程同じタイミングで消えた表情に、おやと思っていれば。
すっと、手を上げた素敵帽子さんが、無表情の儘こう云う。
「──目的は達成した。朗読会は成功したと首領には伝えておく。よって本日は此れにて終了と云うことで如何だ」
淀みない言葉回しである。
息継ぎなく非常によく回る滑舌で続けられた言葉は、一切の引っ掛かりもつんのめりさえも見せない。
そしてそんな素敵帽子さんの言葉に、皆さんは揃いも揃って深く頷いて、なんなら拍手までしている。
つまりは、満場一致でお開きと云うことで善いのだろう。
──そうか、此れで終わりか。
ならばと絵本を鞄の中に戻せば、何故だかひとつではないため息のような吐息が聞こえて。
其れに思わず首をかしげれば、何故だか目の前の白髪くんは引き攣ったような顔をした。
そういえば、此の子は絵本に余り接してこなかったんだっけ。
「──ねぇ、あなた」
「ひょっ!? ひぇっひゃいっ!」
個性的な返答に、思わず何語だと思いつつ。
何故か両手の平を"降参"とでも云いたげにこちらに向ける彼に、ひとつ微笑みながらも言葉を続けていく。
「……絵本、面白かった?」
──そういえば、自己紹介すらしてなかった。
名乗りあげる前に朗読を始めてしまったなぁと思うものの、けど、まぁ、いいんだろう。
休戦なんだか同盟なんだかよく判らないけど、私もQちゃんも、恐らく
もう金輪際会うことすらないかもしれない人たち。
であるなら、名前なんて、然したる問題ではない。
そうして、そんなことを思う私に。
一拍、二拍と間を置いた彼は、だけれどそれでもまるで言葉を呑み込み濾過するように唇をもごもごと動かして。
其の儘、やっと見つけたらしい言葉を舌に乗せて、笑うのだ。
「──はい。色んな世界を、知れました」
其の言葉に、私もにっこりと笑い返す。
絵本は、誰かの作った誰かへの世界だ。
子供へ、妹へ、弟へ、お姉ちゃんへ、お兄ちゃんへ、お母さんへ、お父さんへ、おばあちゃんへ、おじいちゃんへ、そうして──其れを開いた、"貴方"へのメッセージ。
怖い話もあれば、幸せな話、不思議な話もあって。
沢山の物語が、たった数頁の本の中に収まっているのだ。
小説よりも分かりやすく、漫画よりも端的で。
けれど、短い言葉の中には深く重く底の見えない感情と云う名の情報がパンパンに詰まっている。
それが読み取れても読み取れなくっても、人によって其の感じ方は違うし、人によって其の世界の捉え方はがらりと変わる。
だけど其れが絵本の醍醐味で。
幾つも幾つも誰かの世界を重ねることで、次第とひらがなの柔らかい言葉の中から、少し尖った片仮名の固さから、宝石みたいな感情の粒を掬い上げられるようになる。
其れが絵本で、其れが此の数頁の物語り。
未だ未だ語り足りない、与え足りない。
だけれど、決して"幼児"だけしか読む価値がないものとだけは、思ってほしくないのだ。
だって此れは、誰かの時間を吸い上げて作られた、想いの結晶なのだから。
「其れはよかった。もし又聞きたくなったら、いつでもお呼びくださいね」
──呼ばれたら来れるかは、わからないけど。
だけどまぁ、云う分にはタダな訳で。
凡ての絵本を鞄の中へと仕舞っていけば、何やら少し呆けた顔の男の子は、ほんの少しかぱりと口を開いていた。
そうして、こう云う。
「……次があるなら、僕は幸せな話が聞きたいです」
「えっ真逆のリクエストするのかい敦君」
何故だか美丈夫さんがぎょっとした顔をしたけれど。
そんな彼に、白髪くんは困り顔。
そして、私としても、一寸新鮮だ。
──リクエストって、思えば初めてかも。
こうも面と向かって"こう云う話が聴きたい"だなんて、Qちゃんはお強請りしないし。
鞄に絵本を凡て詰め込んで、肩によいしょと背負ってく。
そうして顔面の取り繕いに成功したらしい素敵帽子さんの元へと歩いて、私のことをじっと見つめてる皆さんへ、ぐるりと振り返った。
「それでは、此れで失礼します」
「嗚呼──本日は如何も、有り難うね」
まだ顔を被っている眼鏡さんの横で、蝶々の髪飾りのお姉さんは私にそう笑って手を振ってくれた。
其れに再度お辞儀をして、動きの悪い素敵帽子さんの袖を引っ張って、出入りの扉へと進んでいく。
「組織に戻る前に寄り道お願いしますね」
「あー、覚えてる覚えてる。何処に往きてェんだ?」
「ん〜美味しいケーキ屋さんに往きたいんですよね。お土産買いたくて……。善いお店知ってますか?」
「じゃあエリス嬢気に入りの店につれてってやるよ」
「わ、嬉しいです」
往きと同じく扉を開けてくれたから、其の脇をするりと潜って。
其の儘扉が締まる瞬間に、最後にちらりと振り替えって部屋の中を覗き見た。
其処には、何事かをわいわいと喋ってる人達の姿が見えて。
年こそまばらだけれど、なんとも
其の先で、こんな会話がなされてるなんて、知る由もないで。
「……凄かったですね」
「面白かったけど、怖かったし、悲しかった……」
「なんか彼処まで淡々と進行されると、止められない感じありましたねぇ」
「最初のは何だったンだいって位、後半妾らの
「………矢張、乱歩さんの云う通り、社長をお呼びしなくて正解だった……」
「社長なら二冊目で撃沈だろうね」
「中也が逃げようとした時点で厭な予感したんだよねぇ。あぁ、気分転換に自殺でもしようかなぁ」
艶々のフルーツタルトに、しっとりとしたガトーショコラ。
王道のショートケーキは大粒のイチゴが此れでもかと詰め込まれていて、ふんわりとしたモンブランは今にもこぼれ落ちそうだ。
「どれ食べても善いの!?」
「善いよ。あ、でも私もひとつ食べたいから、其れは一口あげるね」
「うん。んふふ〜! どーれーにーしーよーうーかーなー」
Qちゃんのお部屋で、ソファーに座りながら広げた
其れにQちゃんは、ご満悦の儘指占いで四つを指差しては笑ってる。
「此れにきーめたっ! あ、でさぁちゃんと撮ってきてくれた?」
「あぁ、うん。多分撮れたと思う」
そう応えて、
そうして、既に検閲済みの──と云うか支給してもらったパソコンに、コードを伸ばして繋げてく。
今回の、私の
バレたら如何なるかなって一寸心配だったけど、バレずに済んだからひと安心だ。
「ちゃんと撮れてる?」
「如何だろう。多少のブレは仕方ないと思うんだけど……あ、開けた」
ぱっと表示されたフォルダを開ければ、其処には素敵帽子さんの車の中の光景が。
そうそう、此処から
「へぇ、探偵社ってこうなってるんだね。あ、此れ美味しい」
「ねぇー。割りと素敵な建物だったよ。はい、あーん」
「あーん。ん、おいひぃ!」
私のモンブランの中には、どうやらメレンゲが仕込まれていたみたいで。
其れもまとめてフォークに掬い上げてQちゃんのお口の中に放り込んでみたら、嬉しそうに咀嚼してくれた。
因みに此の
お店の
あの人、たまに
「はい、あーん」
「ん。あ、おいひぃねこっひも。んー、甘い」
「チョコだもん。美味しいよ。あ、太宰さん出てきた」
「ああ、そうそう。中々に面白い声のかけ方されたよ」
ガトーショコラを呑み込み乍ら、画面をチラ見する。
呼吸なんかで多少画面はブレてるけど、まあ、見れないことはないだろう。
此れならちゃんと、
「でも森さんも性格ほんと悪いよね。"泣き顔撮ってこい"って、もう親睦って云う目的忘れてるじゃん」
「まぁ一番のお目当ての……社長さん? は、いらっしゃられなかったから撮れなかったんだけど。あ、音量消しちゃうの?」
「うん。巻き込み事故はやだもん」
「最初は優しい話なのに。残念」
申請して用意してもらっていた紅茶を飲みつつそう云えば。
Qちゃんは「紬ちゃんの"優しい"は優しくなかったりするから駄目なの」と、すげなく突っぱねてくる。
とても哲学的な返答である。
「え、なんか太宰さんが中也さん引き摺って来たんだけど」
「ああ、一緒に絵本聞きたかったんだって」
「え? あの人そんな性格してたっけ?」
またモンブランを突いて食べていれば、Qちゃんは二つ目の
買ってきてあれだけど、三個は流石に多いし、二個食べたら冷蔵庫に入れさせてもらおう。
確か二階にあったはず。確か。
緩やかな午後。
甘い
面白い動画を見ながらこうやって過ごすのも、たまには楽しいなぁと、思ったり思わなかったり。
──優しい話って、どんなのかなぁ。
"手ぶくろを買いに"とか、"泣いたあかおに"とか、善いかもね。
そう思って、モンブランをぱくりと食べる。
最後の一口は、矢張り甘かった。