不一致をすくいたまえ
太宰くんは、最近なんか、だらけてきた。

わたしが太宰くんと会うのは基本、朝と夜だけ。
何やら非合法なお仕事をしているらしい彼は朝早くから支度をして家を出て、そのまま夜遅くまで帰ってこないのが普通で。

というか、なんなら帰ってこない日もあって。
基本手持ち無沙汰なわたしは、彼が帰ってきても帰ってこなくても、最近使用を許された洗濯機とアイロンを使ってせっせと衣服を綺麗にする毎日なのである。
やることがあるって素晴らしい。

まあそれで、帰ってきたら帰ってきたで、色々奉仕、、もしたりして。
それもなんだか最近手馴れてきてしまって、人間の慣れって凄いなあと思ったり思わなかったりしているんだけど。

「………」

──今、わたしの目の前には、ぐでん、、、伸びきっている、、、、、、、太宰くんの姿。
なにやら赤い顔で返ってきたと思ったら、そのままソファーに直進して沈んでしまったのである。

ふうふうと浅い呼吸に、最初は熱でもあるのかと思ったけど。
近づけば香る、ふんわりと鼻に突く匂いに、それは思い違いであることを理解するのだ。
この匂いは、あれだ。

「……お水持ってこようか?」
「…………いい」

──酔っ払ってる。
なんかあれだ。金曜日のお父さんみたいなことに、太宰くんてばなってしまっているのである。
それに思わず、太宰くんて未成年じゃなかったのかなあと思いながらも、しかしどうしたもんかと頭を悩ます。

正直言って、ちょっと臭い。
只今の太宰くんたら、お酒と煙草の絡まった匂いがするのである。

意外と革製品って匂いがついてしまうわけで。
出来るなら、早いとこソファーから引き剥がしてお風呂に突っ込んでしまいたいなあと思いはするんだけど。
しかし、ここで下手に手を出して機嫌が"不"の方に向くのは、避けたいもので。

「……身体拭いて上げようか」
「…………」

声をかけても無言。
まあでも、それは別に予想範囲。
というか聞いてはいるけど、酔いすぎて声を出すのも億劫なんだろう。

なのでわたしは、分かりやすく言い直してあげるのである。

「ちゃんとお湯で絞ったタオルで、拭いてあげる。汗かいてるし、お酒いっぱい飲んでるみたいだし、あと煙草吸ってる人近くにいたでしょ。べたべたするの嫌じゃない?」
「……うるさい」

ややあって返ってきた言葉に。
けれど私は、この感じなら平気、、だろうなと、こう言葉を続けていくのである。

「うん。タオル作ってくるね」
「……、………」

──この場合のだんまりは、多分きっと、了承のだんまりで。
本気で嫌だった場合は、睨み付けるなり手を振り払うなり、するわけでして。

わたしがここに来てから、もうどの位か判らなくなった今日この頃。
太宰くんは、どうにもだらけて──気安くなってきた。




救急箱を横に置いて。
そして脇に着替えを挟み、両手に掴んだほかほかに熱いタオルを、軽く熱を逃がすようにパタパタ揉み叩きながらソファーへと戻ってくれば。
さっきと変わらない体勢のまま、太宰くんはソファーの上でぐでんと死んでいた。
死ぬっていうか力尽きるっていうか、まぁ死んでいた。

うつ伏せになって居るからその表情は判らないけれど。
しかし規則正しく揺れる胸元は、彼がどっぷりと眠り込んでいる事をまじまじと伝えてくるのだ。

「……は〜い。脱がせますよー」
「………」

返事はない、ただの屍のようだ。
──だなんて、よく弟が飲み会帰りのお父さんを見ながら言っていたなあと、ふと思い出す。
そうやってお父さんをからかう癖に、自分だって部活があると同じようにソファーに沈むんだから、人の事言えないでしょってよく小言を言ったものだったけど。

──元気にしてるかな。
少なくともお姉ちゃんは、大変爛れた毎日を過ごしております、なんて。
面と向かってじゃ間違っても言えないような事を思いながら、プツプツと太宰くんのシャツのボタンを外していく。

横向きで死んでくれていてよかった。
お陰様で、だいぶ脱がせやすい。

「んん゙……」
「はぁい。袖抜いちゃうね」

太宰くんは多分、記憶の中の弟と比べるとかなり華奢な方で。
質のいいシャツは、どうにもその生地を余らせているみたい。

いや、というか、実際に細いんだろう。
だからこんなにも、簡単に脱がせてしまうことが出来る。

袖から片腕を引き抜いて、その指先を膝に置いていたタオルをそっと包んであげる。
タオルが触れた瞬間、ひくりと少しだけ反応したけど、特に抵抗がなかったという事は熱すぎる事はなかったみたいだ。
なので、そのままタオルで包みながら、ゆっくりと脇の方まで腕を拭いていってあげる。
こっちの腕の包帯は一昨日取れてたから、拭きやすいのだ。

膝には、畳んで丸めたほかほかのタオルがあと二個。
そっちは別に熱を逃がしてはなかったから、ゆっくりやっても冷める事はないだろう。

タオルで首元まで拭ってあげたら、ついに包帯が出てきてしまって。
それにちょっと、どうしたもんかと頭を悩ませる。
この包帯の下は打撲痕と切り傷、擦り傷なんかが多くて。
いつもなら剥がして消毒しているんだけど、多分寝入ってる今それをやったら確実に起こすし何なら痛いって不機嫌になること間違いなしだ。
それは困る。夜も遅いし、今日もまたアダルト突入は、ちょっと勘弁してほしい。

「……取り換えるだけにするね」

小さく声を掛けて、包帯の留め具を摘まんで外していく。
最初は包帯なんて巻いたこともなかったからどうすればいいのかよく判らなかったけど、最近じゃあ、巻くのも上手くなってきたと思ったり。

包帯を剥がしていけば、ガーゼが出てきて。
そうだここ範囲が広すぎたから包帯で抑えたんだなぁと思い出しながら、ガーゼを抑えつつタオルで汗かいてそうな所を拭いていって。
そうして大体拭いたかな?という所で、横に置いてた救急箱をぱかりと開き新しい包帯を巻いていく。

首の下に無理やり包帯を潜り込ませて、キツくしない程度に巻き付けていけば。
またもぞりと太宰くんが身動ぎをした。
そして小さく、呻き声。

「……ん゙、なに、」
「包帯。巻き直してるの。べたべたやでしょ?」
「………………」

また無反応。
というか、反応するのもだるいって感じ。
まあでも反応しないならいいかと、そのまま他の包帯も剥がしにかかる。
すらりと細い、まるでハリウッドの若い役者さんみたいな綺麗な形の身体。
所々傷だらけなのが、ほんとにちょっと、いや大分勿体ない。

「……痛そう」

ぽつりと呟いて、目に掛かってる髪の毛を払ってあげる。
吃驚するほど整った顔にも、その半分を覆う包帯が巻き付いていて。
これも取り替えた方がいいかなと、その頭に手を添えた──時だった。

「あっ」

でろんと伸びきっていた筈の片腕が、視界の端でぴくりと動いたと思ったら。
そのまま迷いなく伸びたその腕は、私の後頭部を強く掴んで、そのまま引き寄せてきたのだ。

だけどその勢いがあんまりにも強いから、歯がぶつかると思ってしまって。
慌ててソファーの背凭れと肘掛けを掴んでみれば、なんだかまるで、わたしの方が覆い被さっているような体勢になってしまった。

「ンっ、ん」

唇に噛みつかれた後に、舌先で突つかれて口を開けるようにせがまれる。
ここで抵抗したら痛い目を見てしまうのはわかりきっている為、おずおずと唇を弛めていけばお酒臭い吐息と共にぬるりと舌が潜り込んできた。

「ん、んっ、ふ、」

くちゅりと音を立てながら、長い舌がわたしの舌を捕まえて絡み付いてくる。
いつの間にか深く深く唇は合わさっていて。
そのまま彼は、吸って噛んで私の舌を好き放題に弄ぶんでいくのである。

「んぁ、ふ、ぅ」

もぞりと、ほぼ無意識に太ももを擦り合わせてしまう。

散々太宰くんによって慣らさ、、、れた、、身体は、口づけ一つですっかり反応、、するように躾られてしまったのだ。

だからもう、私のお腹の奥はすっかり疼いてしまっていて。
擦り合わせた股のも、自分でもどうかと思うくらいにぬるり、、、と濡れてしまっている。

「ん、……っ、は、ぁ、」
「…………」
「………、…? んっ」

ゆっくりと、舌は離されて。
だけど反応がないと思っていれば、ぺろりと唇を舐め上げられた。
だけど、それ以上なにもしてこない。

「…………だざ、くん?」
「…………」

頭が、ぼーっとする。
でも、それでもそれ以上に太宰くんの様子か気になるから。
だから覆い被さっていた身体をゆっくりと床に戻して、そのまま太宰くんにそうっと声をかけてみた。

だけど、声をかけても、ぼんやりこっちを見るだけ。
これはどうしたんだろ、と見ていたら、太宰くんは目をぱちぱちと瞬かせてから不機嫌そうにこう言った。

「…………ねむい」
「……お酒いっぱい、飲んだもんね?」

いや、どのくらい飲んだかは知らないんだけど。
でもお酒臭いし、こんなにもぐてんぐでんだし、多分凄い量を飲んだに決まっていて。

つまるところは。
お酒が回って、眠くって?

──酔っぱらってるのかぁ。
なんてことを思いながら、なんとなくよしよしと頭を撫でてあげてみた。
だってなんか、愚図りそうな赤ちゃんみたい。

「…………」

だけど太宰くんは、別にそれに怒ったりしない。
出会ったばかりの頃みたいに、勝手に触れれば殺すって感じで睨み付けても来ないし、嫌そうにしたりもしない。
どっちかっていうと、なんか。

「……こっちもふいて」

頭を撫でていた手を掴まれて、さっき拭いたのとは反対の手の方に導かれていく。
それにわたしはされるがままに従おうとして──けれど、触れたタオルにぴたりと動きを止めてしまった。

これ言ったら拗ねそうだけど。
でも、まあ、言わなきゃいけないことで。

うつらうつらと開いては閉じて、閉じては開く瞳を見詰めながら、そうっと唇を開いていく。
頭はすっかり冷静になったのに、身体だけが火照ってて。
それがなんだか、とっても変な気分。

「ごめんね。タオル、冷めちゃった」
「…………ええ、はやく、あっためてよ」

眠そうな、声。
それを聞きながら、わたしは思わずゆるりと頬を弛めてしまう。
そうして「うん」とだけ答えれば、わたしの手を掴んでいた大きな手はその力を抜いていくのだ。

私がここに来て──もう、何日目かはわからない。
だけど、それでもわかることがひとつだけ。

太宰くんは、最近ちょっと、わたしに対してゆるゆるなのである。

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