探偵社の事務員設定。R15くらいの情事を匂わせる表現があります。本番はありません。

ストレスは多い方だと自覚している。

と、云うのも職場のと或る自殺癖の男の尻ぬぐいを回り回ってしなきゃいけない事が多々あって。
入社時期がほぼ同じだった所為か、何故だか異能持ちではない只の事務員の私が、やれ川に落ちだの首を吊って失敗しただの、自殺する気があるんだかないんだかよく判らない男の期日ギリギリの仕事を請け負わねばならない日々を強いられているのである。
マジで成功して死ねばいいのに。

もう正直、鬱憤が溜まっていた。
探偵依頼を請け負う彼らの、と云うかあの男の書類仕事は、純然たる事務員である私に比べればぶっちゃけて其処までない筈なのだ。
だと云うのに、あの男はいっつも溜めて溜めて溜めて溜めて溜め続けて逃げ回る。
そんでもって国木田くんもギリギリまであの男──太宰に仕事をさせようとするから、先回って仕事を終わらせる事も出来ずに結局私が残業する羽目になるのだ。

もうマジで彼奴社会人舐めてる。
と云うかマジでなんでいつも私が代わりにやんなきゃいけないの??
同期みたいなもんだから??酷くない???

んでもって、そんな日々職場に居るだけでストレスが溜まりに溜まって溜まり続けている私の捌け口は──まあ、酒で。
いつもの如く、なんとなくふらりと入ったバーのカウンターに座り込み、憎しあの男への恨み事をマスターに延々と愚痴りながら度数の高い酒を煽りまくっていた。
ストレス発散には、いつだってキツい酒が佳く効くのである。

私は酒には酔っぱらうが、その実かなり強い方で。
たまに明らかに身体目当てな男が飲み比べを吹っかけてきても、まあ軽く潰せるくらいには蟒蛇うわばみだ。
つまりは、今んとこ負けなしである。

そんで、そりゃもう水の様に酒を煽っては愚痴を言い続けていたんだけれど。
然し其の日は、いつもとは一寸違って。

「わかるっ! 手前の気持ちが俺にはよォくわかるッッ! ンだよ何処にでも居んだな青錆みてェな糞野郎はよォ!」
「うわぁ〜〜んわかってくれるの嬉しいぃ……っ!」

なにやら、隣に座った此の男。
過去に同じ様な糞野郎に散々振り回されて辛酸を舐めさせられた経験があるらしく、なんかもう、めちゃくちゃ意気投合してしまったのである。

「マジでな、彼奴はまっっじで糞野郎でなッ仕事は放るわサボるわ手ェ抜くわで碌な事ねぇのにたまに本気出しやがると莫迦みてェな成果出しやがるもんだから無駄に評価が高くてな……! なんで俺よりも評価高ェんだよ死ねよっ」
「待って待ってやだすっごく気持ちわかるっ! 私ンとこの奴もさぁほんっと遅刻するわっつーか抑々来ねぇわ遣る気ねぇわサボるわなのにたまに真面目にやると出来ちゃうもんだから無駄に後輩からきらっきらした目で見られてて……っおまっそいつ愚図だぞ!? 仕事しない愚図野郎だぞって何回思ったことか……!」
「やっべえなお前女版の俺かよ。俺だわ。俺が居たわ! 完全に同意しかねェんだけどあんな奴が居るとかお前もかなり苦労してんな……マジで同情する。今日は飲め。奢ってやる」
「そうなのしてるの〜〜! やだ〜〜! 泣きそう〜〜っ! お酒おいひぃ……」

思わずガチで目が潤めば、わかるぞ、とでも云いたげに深く頷かれて一気に心の壁が崩落したのが自分でもわかった瞬間だった。
マジで男版の私なのかもしれないと思う程度には、私の苦労を判ってくれるし、私も彼の苦労が手に取る様に判ってしまったのだ。
もっと早く此の人と出会いたかったと本気で思いながら、私たちは無言で熱くガッシリと手を握り合ったのである。

「中原中也だ」
「花倉咲よ。こんなにも心の内を理解してくれる人が居る事に今凄い感動を覚えてる」
「嗚呼俺もだ。こんな処に理解者が居たなんてな……!」

手を握って其の儘熱い抱擁を自然に交わし合う程度には、私たちは互いにそりゃもうもの凄く親近感が沸いていて。
そっから連絡先を交換して、所謂飲み友になる迄過去最短とも云える疾さだったのは云うまでもない。

そんでもって、其処から更に回数を重ねに重ね、互いの家で宅飲みもして。
最終的に酔った勢いで押し倒したり押し倒されたりするものまあ、其のまあ、割と自然な流れではあった。
まあ酔っぱらった男女が居ればね。そうなるよね。

だってストレスと性欲ってなんか似てるもん。




顔は嫌いじゃない、と云うかまあ好みな方で。
そんでもって、躰の相性も、悪くない処かどっちかってとかなり好い方で。
交わす話は基本同じ愚痴や恨み事だし、仕事先は知らない上に日中は互いに仕事に追われほぼ夜しか一緒に居ない様な仲だけれど、然し其の実此の関係はかなり気楽で好ましいものだった。

互いに、恋人だとか結婚だとかそういうものを求めて居ないのが良かったのだろう。
つまりは後腐れのないセフレの様な関係で、どちらから誘うわけでもなくふらっとバーで出会った時点で一緒に飲んで笑って泣いて怒って肌を重ねるコースが確定する程度の、深いんだか浅いんだかよく判らない関係だった。

なんたって、連絡するとしてもその内容は"飲みたい"だとか"ヤりたい"だとかが主である。
一寸深読みせざる得ない雰囲気を醸しつつも、意外と純情なナオミちゃんだとか明らかに初心っぽい春野ちゃんだとか最近入社した最年少鏡花ちゃんだとかに知られたら、絶対軽蔑処か絶縁されかねない爛れ方だ。
特に鏡花ちゃんに塵を見る目で見られたらガチ泣きする自信がある。
あの年代の女の子に嫌われるって、なんかもうそれだけで威力が刳い。

ワンチャン与謝野さんは呆れるだけで済ませてくれるかもしれないが、確実に程々にしろとは云われるだろう。
然し残念なことに程々に出来る自信がまるでない。
つまりは、誰にも云えない爛れた関係であった。

「嗚呼、そうだ俺、暫く会えねェかもしれねーわ」
「あ、マジ? 私も如何なるかよく判んないんだけど一寸出張するかもしれないんだよね」

此の日もいつもと同じ様に連絡を取り合って、ふらっと落ち合って飲んで愚痴ってベッドに雪崩れ込んだ夜だった。
中也の方は少し前に件の懶臭太郎ものぐさたろうと再会してしまったらしく、其処から嫌がらせ染みた行為が再発して鬱憤が溜まっているらしい。
なんで最近一寸激しかったりする。まぁ嫌じゃないしソッチの方が盛り上がるから善いんだけど。

「なんかよォ、外資の奴らがうちの会社に喧嘩売ってきやがって、其の対応が今クソ面倒臭ェんだわ」
「うわぁ大変そ〜〜。うちンとこもさぁ、なんか変なトコに目ぇ付けられててゴタゴタしてるんだよねぇ。クレームだけで済めばいいけど如何なる事やら」
「お互い大変だよなぁ」
「ね〜〜。取り合えず仕事が増えなきゃそれでいいけど」
「それな」

因みに現在、状況的に云えば所謂ピロートーク中である。
全然甘ったるくないけど。まあいつもの事で。

一見細身なのに脱いだら凄いんですを体現する筋肉量のずしりとした躯を主におっぱいでもてなし乍ら、汗やら何やらでべちゃべちゃな私たちは絡み合っては雑談に勤しんでいた。
此の男、自身の躯がカッチカチに筋肉で硬い為か、中々におっぱいだの腹だの二の腕だの太ももだのを好んで触る。しつこいくらいに触るし揉む。つまり全身弄られる。

まあでも男は皆おっぱい好きだもんね、わかるわかるどうぞお触り、と私も特に拒否せず好き放題させているんだけれど。
なんたっていつも大変尽くして呉れてかなり気持ちよくしてくれるし。
そんでもって持久力が凄すぎてたまに意識を失うレベルで此の男の体力は凄い。
行為中にAVみたいに意識なくしたのなんて此奴が初めてだわ。
駅弁軽くこなせるとか凄くない?

「まあ出張も若しかしたら日帰りコースになるかもだし。取り合えず落ち着いたらメールすんね」
「ん。俺の方も上手く往けばイイ感じに収められるかもしんねェから、落ち着いたら連絡いれるわ。……て訳で」
「んっふふ、もう一回戦?」
「あわよくば三回戦」
「ほんっと体力凄いなぁ」

ぐっと躯を押されて波打つシーツへと縫い付けられる。
其の儘谷間へと埋められ吸われる感覚に、素直に声を漏らしながら今日は何時間寝れるかなあと思ったり、思わなかったり。

残念なことに、明日もばりばり平日なのである。




んでもって、さらっと日数は経ち。
組合だか労働組合だか結局よく判んなかったけど、ヨコハマに甚大なる被害を及ぼして呉れやがった組織を撃退したからそろそろ戻っておいでと連絡が着て。
私はおおよそ一週間ぶりにヨコハマの地へと舞い戻って来たのであった。

ニュースでは聞いてたもののあんまりにもあんまりな惨状に、うへぁ、とドン引きしつつ。
私の他にも戻ってきた事務員と共に挨拶をし乍ら、前戦で戦った探偵職の皆さん及びナオミちゃんに労いの言葉とたらふく買ったお土産を配り歩いたり。

そして軽く始まった雑談から話が積もりに積もり、遂にはお茶会へと発展した時に、真逆の探偵社があの宿敵ポート・マフィアと同盟を組んでいたりと、色々おっかな吃驚な話題にそりゃもう驚きの連続だった。

期待のルーキーにして太宰に謎の尊敬を抱いている敦君の発案だったらしいけど、凄いねマジで。
よくもまあ自分の事を散々付け狙った人たちと手を組もうとか考えられるね……。若者しゅごい。

私なら無理。
なんならどうにかして共倒れしてくんねーかなーと思うタイプの人間だから、そういう思考を抱けることがマジで凄いと思う。
これこそ正に発想の勝利と云う奴だな。

「いやぁ、でも同盟ねえ……。其れって未だ続いてるの?」
「一応は、今んとこ打ち切りにはなってないねェ。ま、向こうの出方次第ってとこさね」
「色々大変だったんですのよ? 咲さんの処に敵が現れなくて真実ほんとうに善かったですわ」
「お陰様で里帰り満喫出来ました……。ナオミちゃん達の方来たんだってね。ほんと無事で善かったよ」
「一寸怖かったですけど、お兄様が扶けに来てくれましたもの」

ほんの少し含みのある云い方に、此れ以上突っ込むのはよしとこ、と思いつつ。
気になったことをポロリと溢してみる。

「でもさ、同盟って此れからは如何するの? 今まではいがみ合ってた訳でしょう? なぁに、仕事請け負うとか?」
「嗚呼、仕事の請負は今んとこはないが、まぁ気安い仲にはなったんじゃあないかと思うよ」
「と、云うと」
「彼方の幹部さんが、太宰さんに佳く会いに来ますの」

さらっと囁かれた言葉に、思わず瞬く。
否然し、えっん?なんで??なんで太宰??

思わず無言で固まる私を見て、与謝野さんは何かに気付いた様に手を止めて。
其の儘、にやり、、、と微笑み乍ら、正しく"爆弾発言"をぶっ放したのである。

「そういやアンタは知らなかったね。あの男、元マフィアなんだよ」
「えっ」
「しかも、元最高幹部だったみたいですわ」
「えっ?」

──え、マジで?あれが??
後ろの方で国木田くんにど突かれてる唐変木を指さし乍ら目線だけで問いかければ、二人は片や面白そうに、そして片や困ったように頷いて見せた。
いやマジ、え、マジか。うそん。

「ま、真逆じゃん、真逆にも程がある職業過ぎない?」
「ナオミも最初は耳を疑いましたわぁ」
「まあでも、云われれば納得する事も確かに多いんだよねえ」
「え、そ、そう……?」

そうかな。そうなのかな。
其の納得とやらの気持ちを共有したくて今までの遣り取りを思い出すけれど──駄目だ如何しても自殺癖のサボり魔の姿しか思い浮かべられなくて、思わず唸ってしまう。
あれが最高幹部だったとか、如何しよう、なんか一気にポート・マフィアがお気楽集団に思えてきてしまった。
えっマジでなんかの間違いじゃないのそれ。

──彼奴の部下とか大変だったろうなあ。
そう思って、ふと、昨晩メールを入れた男の事を思い出す。
そういや、中也は無事だったんだろうかと、飲み友兼セフレの事を思い出しながら、お土産の饅頭をはむりと口に放り込んで居たら。
何やら、外の様子が騒がしくなっていって?

「? なに、なんか五月蠅くない?」
「嗚呼、来たんだね。アンタ戦えないんだから一寸こっち来な」
「えっ」
「噂のお客様のご登場ですわ」
「ええっ」

──え、そんな気軽にマフィアの幹部が遊びに来るの?
色々吃驚するも、真面目に非戦闘員な私は素直に与謝野さんの近くへと寄っていく。
周りを見れば、他の事務員も自主避難を開始したり、私同様戸惑ってる他の事務員へ避難を促して居たりと慣れ具合が半端ない。

其れにマジか〜〜本気で日常茶飯事になりつつあるのか〜〜と職場の新たな現状に、少し気が遠くなりつつ。
私も私で、まあこんな機会ないしと扉の向こう側に居るらしいマフィアの幹部様のお顔を拝見しとこうと、いつでも逃げれる体制はしときつつなんとなく手に取ったお盆を持ちながらスタンバイをする。

だってね、こんな機会普通に生きてたらないからね。
怪我はしない方向でハイエナしたい。
此のお盆は果たして盾として機能するだろうか。

そんでもって、ガチャリと回るドアノブ。
其処から現れた人間に──折角持ったお盆兼盾が、カラン、と地に落ちた。

いや、だって。
えっ、いや、だって、えっ。

「……咲? 如何したんだい」
「あら。まるで酸欠の金魚みたいにぱくぱくされてますわね」
「……! ……!!」

思わずずり、と後ずさったら、然し壁に激突して後頭部に鈍い痛み。
するとまあ、結構いい感じにぶつかったらしく、ゴン、とそれなりに大きな音が室内に響いてしまって。
唐変木太宰治に噛みついてた男が、音につられるように此方へと視線を向ける──儘、私と、、同じ、、様に、、目を、、見開、、らい、、

いや、だって。
いやいやいやいや、えっ、マジで?

あんぐりと、其の小さな顔が驚きに満たされる。
多分、私も同じ表情浮かべてるんだろうな。
鏡も見てないのに手に取るようにわかってしまう。
何故なら、彼は男版の私な訳で。

「は──は? な、なんっ、えっおまっ……えっなんで此処に……?」
「えっえぇっえぇぇ……さ、最高幹部……?」

周りの喧騒がぴたりと止んだ錯覚──じゃねーわ止んでるわこれ。
明らかに"見知った様子"の私たちに、社の面々が其々思わし気な表情を浮かべているのが見えるんだけど、しかし、だめだ。
驚き過ぎてなんのフォローも思いつかない。

いやというか、え、え?
此の男が、中也が、えっ最高幹部??
マフィアの???幹部様????
そっくりさんでなく????
ほんとにご本人???????

「…………」

唖然通り越して最早呆然とし乍ら、ほぼ無意識に手がポケットの携帯へと伸びた。
そして其の儘、無言でカチカチとボタンを押して、また前に、同じように呆然としてる男へと視線を戻す。
そんな私に、何故だか周りもつられるように息を呑んでる。

止めて静寂に包まないで。騒いでて。
ほんと困るから。今事案が発生してるから。

然しそんな私を嘲笑うように、一秒経って、二秒を過ぎた頃に、ブッブブ、と云うバイブが耳に届く。
謎のタメが入る、何度も隣で聴いたバイブ音だ。

その音は、如何やら目の前の男のジャケットの内側ポケットから発信しているらしく。
これ見よがしに取り出して、携帯をその手に抜き出し中身を確認した後、気まずさを前面に押し出した顔で絞り出すように彼は声を出した。

「…………よォ」
「…………ご無事で、なにより」

──はい御本人様確定しました〜〜!

とんでもない、マジでとんでもない再開である。
と云うか、マジか。マジか〜〜。
私マフィアの最高幹部と飲み友兼セフレしてたのか〜〜。
マジかよ……ま、マジかよ……。

「えっやだなに二人知り合いなの? えっなに繋がり?」

そんな驚きを通り過ぎすぎて、最早"無"の状態になった此の耳に届いた能天気な言葉に。
ぎろりと、視線を睨めつけたのは、多分ほぼ同タイミングだった。
だって?つまりは?あの愚図野郎は同じ愚図野郎だったということで?

「……今理解した。あんただったのね、自分で発案した仕事をほったらかした癖に佳いとこで再登場して手柄掠め取ったど愚図野郎は……」
「えっ待って」
「手前だったんだなァ。遣る遣る詐欺し続けて結局いつも女に仕事押し付けて定時で帰る愚図野郎はよォ……」
真実ほんとうに待って。なにその情報共有」

私たちの間に立つ太宰が無駄にあわあわしているのが、大変小気味佳い気分である。
なんで、とか何処で、とか云い続けているが、まあ完全オフの時の出会いなんざ幾ら頭がよろしくても知っているわけがない。
精々悩み苦しめ、とどちらでもなくハンっと鼻で笑えば、其の儘視線はパチリと交わって。
──そうして、互いににこりと笑み浮かべた。

初めまして、、、、、探偵社の事務員やってます、花倉咲です」
「おう。ポート・マフィア幹部の中原中也だ」

手を差し出せば当然のようにがしりと固く握られて。
何やら外野が更にざわついたようだけれど、否もう此処迄で来たら知ったこっちゃない。
と云うよりも、今の私たちは言葉なくとも、と或る共通意識を有しているのだ。
つまりは──いつ嫌がらせするの?今でしょ、と云う奴である。

「前々からお前の仕事振りやら思考回路を聞いて佳いなと思っていたんだ。だが、堅気の女だと思って誘いかけるのは止してたんだが……真逆探偵社だったとはな」
「此方こそ、マフィアに対する認識が変わったわ。今までおっかない暴力集団だと思ってたんだけれど、貴方が要る組織だったらちゃんとしてそう」
「待って待ってなに此の流れ」

にっこにっこと笑顔を続け乍ら会話を続けていく私たちに、引き釣りながら太宰がぎゃーぎゃー騒いでいるが、ガン無視である。
お前はそこで、私たちの仲良しっぷりを指咥えて見てろ。

「如何だ? 探偵社なんて辞めてうちに来ねェか? 俺直々にスカウトしたとありゃあ、ちょっかい掛ける奴なんざ居ねェ。安全は保証する」
「仕事押し付けたり、サボったりする人いない? お給料確りしてる?」
「ねぇ堂々と引き抜き止めて呉れない? と云うか其れってもしかして私のこといってる?」

手を握った儘、より深く繋ぎあわせれば、自然と躯の距離は近くなる。
視界の端で何故だか生娘のようにきゃっと悲鳴を上げて鏡花ちゃんに引っ付く敦君を見て、正直逆じゃね?と思うものの、然し何故だか其れに対して誰も突っ込みをいれない。
まぁわかる。敦君ってヒロインの素質凄いし鏡花ちゃんってナチュラルボーンイケメンだよね。

「嗚呼、居たら殺してるから問題ない。時給は確実に今より数倍上がる上に、手当ても保証も手厚い。子会社や取引先なんかも多いからな、カラオケからブランド店迄かなりの店舗で割引なんかもあるぜ」
「そんな、すごい……!」
「よく聞いて人死んでるよ!? 大問題でしょ!? なんで咲ちゃん感動してるの!? 寧ろ今何処に感動したの??」

さらっと溢された物騒な言葉はスルーして、普通に魅力的な言葉の数々にマジで普通に心が揺らぐ。
そうなんだよ、此処基本的にはホワイトな職場な筈なんだけど私に対する負荷はブラックだし、個人経営だから割引系の手当てとかはないんだよここ。

そんでもって下手に帳簿とかの資格を多々持ってる所為で、回される仕事量も太宰抜きでもなんか私他よりも多いし。
えってかマジで、カラオケも、しかもブランドも安くなったりするの?
えっポート・マフィアしゅごい。痺れる。

「詳しい話はまた今夜にでもしようぜ。其の時に入社に関する資料を用意しとく」
「うん、其れ見てマジで前向きに検討する」
「まっ……! く、国木田くーんっ!! 国木田君っ咲ちゃんが本気で引き抜かれるっ! ねぇ国木田君どこ!? 何で肝心な時に居なくなっちゃうの!?」

再度熱い握手を交わしあった後、締めだと云わんばかりに抱擁を交わせばぎゃああ!と云う情けない声が太宰から飛び出て、もう笑い出したい気分だ。
こんな処に、こんな嫌がらせの方法があっただなんて!
なんて最の高!

と云うか太宰によって剥がしに掛かられて、無理矢理引っ張られる腕がやや痛い。
まあ其れ以上に中也の方が力が強いらしく、びくともしないんだけど。

「てか二人はほんとどんな関係なの!?」

半場泣き叫ぶ様にそう問われた言葉に。
どんな、と思わずなんて言葉を濁せば佳いだろうかと思う私に。
然し、今が此れ迄の鬱憤を晴らす好機とでも云いたげな顔を浮かべる中也は、此れ幸いと云わんばかりに私の手を取って軽く甲に口付けた。

其の瞬間に湧く歓声。
女の子の黄色い声に、流石にひえっと声がこぼれる。
──つーかおい待て。お前絶対この後の事考えてないだろ。

と、まあ呆れ半分、手とは云え公衆の面前で口付けられた照れ半分でむにむにと弛む唇を結んでいたら。
そんな私を抱き締める男の、にやりとした口許が視界にはいって、これは荒れる、とこの後の沈下作業に今から気が遠くなる気分だ。
半分浮き足立ってる分、なんかもううっかり溺れそう。

「──黒子の位置も知ってる爛れた関係、だな」

なんて悪い顔。
つーかもう、此れ役満だろ。

なんて思いつつも、この世の終わりみたいな顔をする太宰がそらもうべらぼうに面白いわけで。
私を見てきゃあきゃあと興奮する様に何事かを囃し立ててる女の子達にひらりと手を振りながら、マジで転職考えようと真剣に思うのであった。

取り敢えず、今夜は宅飲みコース確定だ。

これぞ勝ち逃げの美学

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