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「え、英二先輩!?」
「なんだこれぇぇえ!?水!!!水、水、水ぅぅう!!!」
突然走り出した菊丸を追って、すずも走った。とはいえ青学でもトップを争うすばしっこさの菊丸に追いつけるはずもなく。すずが追いついたのは、水道で水をがぶ飲みする菊丸の背中だった。
「え、英二せんぱ、大丈夫ですか...?」
かく言うすずも息が切れていて、人のことを心配する前に自分の心配をしろ状態である。しかし今はマネージャーとして、まるで劇薬でも飲まされたかのようなリアクションで走り去った選手をどうにかせねば。その使命感のみですずは動いていた。
「うぅ...っ」
「え、英二先輩?ちょ、え?ちょっと、大丈夫ですか?」
体に入るだけ水を飲んだであろう菊丸は、そのまま水道台の下に崩れ落ちてぐったりと動かなくなった。半ばパニックのすずは慌てて菊丸を地面に寝かせて、肩を叩いて名前を呼んだ。
「英二先輩!?聞こえますか!?英二せんぱ、ってリョーマ!?」
菊丸が倒れたと思ったら今度はリョーマが全速力で走ってきて、これまた菊丸と同じように水をがぶ飲みすると、フラフラと数歩歩いて力尽きた。続いて大石、河村と、続々レギュラー陣が水道にダッシュしてきては水をがぶ飲みして力尽きるというカオスな状態になり、すずの頭は逆に冷静になった。
「〜っ、先輩方!ほら、起きて!こんな所で寝てたら邪魔です!せめてコートに戻ってください!」
乾も入っているのは食べ物だと言っていたし、そもそも人体に悪影響なものを選手に与えるわけがない。ということは、このダメージの原因は恐らく味だ。壊滅的に不味いのだ、きっと。ならば選手達を起こして歩かせても恐らく平気だ。すずはへばった選手達を無理やり起こして、なんとかコートまで連れて行った。
「なんだ、コレ結構美味いよ!オススメ!」
「ふ、不二先輩...?」
最後の1人をコートに転がしたところで、信じられないセリフが聞こえてきた。レギュラー6人を瀕死状態に追いやった汁を、美味しいと宣ったか。プレイを含めて常々只者ではないと思ってはいたが、すずは自身の先輩に対する認識を改めなければならないと悟った。おそるべし、不二周助。
「みんな思ったより動けたね。流石」
ほとんどの部員が地面に伏す中、当たり前だが涼しい顔をした乾が言った。それぞれに鍛えるべき筋肉を指示するのだが、ゼンワンニトウキンだのカタイサントウキンだの、口頭で言われたところで分かるわけがない。すずは咄嗟にポケットからメモを取り出して、乾の指示を書き留めた。もちろん、筋肉の名前は平仮名である。
「ミスらなかった手塚は流石だが、もう少し柔軟が必要だな。表情もカタイ」
“手塚、柔軟、表情カタイ”と流れでメモしてしまったすずは慌てて最後の項目を消した。乾はたまにサラッとふざけるので、反応に困る。1人だけあの汁を免れた手塚は相変わらずの表情でしゃんと立っていて、すずはこれが“カタイ”のだろうなとぼんやり思った。それでも手塚は優しいのだし、すずとて手塚の笑顔らしき表情を見たことがないわけでもない(もしかしたらすずの勘違いかもしれない)。
「それから越前。毎日2本ずついこう」
標的を変えて言いながら乾が差し出したのは牛乳で、それを見たリョーマはそんなの飲んだところで急に背なんて伸びないと反論したが、先輩全員に飲めと命令されてすごすごと引き下がった。牛乳嫌いのすずは、自分だったら地獄だなぁとリョーマを憐れみながら、“リョーマ、牛乳、毎日2本”と書き留めた。
「さて、鉛の枚数を1枚ずつ追加して、」
「待てよ、乾」
「5枚でいいぞ」
次のメニューに移る前に鉛を配ろうとダンボールの前にしゃがんだ乾の指示を遮って、不二と大石が言った。レギュラー陣は皆同意する様に頷いていて、その視線はしゃがんだことによって露わになった乾の足首に注がれていた。すずも倣うように乾の足を見ると、そこにはレギュラーと同じくパワーアンクルが付いていて、レギュラー陣よりも鉛の枚数が多いようだった。
「お前と同じ枚数だろ?」
「どうせ5枚までやるんでしょ?」
「6枚でもいいけどね」
レギュラー陣は口々に言いながら次のメニューに移ろうとした。が、
「いや、レギュラーは10枚まで、っうあ!なにする!」
「ふざけんなこの鬼!」
「お前もあの汁飲め!」
レギュラー達からボールを投げられて袋叩きに合う乾を見ながら、すずはだからあのダンボールはあんなに重かったのか、と納得していた。250gを片足に10枚ずつ=1人当たり5kg、それをレギュラー8人分で40kg。さらにプラスしてボールとパワーアンクル本体。運べないはずだ。総重量を分かっていてすずに運ぶよう命じた乾は、あるいは本当に鬼かもしれない。
そろそろ止めに入ろうかと思っていたすずだったが、それに気づいた瞬間、みんなの気が済むまでやらせようと放置を決め込んだ。
20161007
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