01
「すず、きょうも部活?」
帰りのホームルーム終了後、帰り支度を急ぐすずに、前の席に座る親友の亜美が振り向いて問いかけた。
「うん。今日はコートに行く前にミーティングだけどね」
「ちっちゃい体で頑張るねぇ。昨日も遠征だったんでしょ?」
「ちっちゃいは余計です!」
すずが口を尖らせると、亜美はくすくす笑って頭をなで、その反応を見てすずは頬をふくらませた。低い身長はすずのいくつかあるコンプレックスのひとつで、悩みの種でもあった。昔から飛びぬけて小柄で、母親はいつか伸びると呑気に言ってくれるが、中学生になった今となってもすずの身長は低いまま。成長グラフは低空飛行を続けていた。そんな中、男子テニス部のマネージャーの仕事を一手に引き受けるすずは、その小さくか弱そうな見た目に反してよく動いた。ちょこまかと忙しく働くすずを周囲がよく小動物に例えているのを、本人も薄々知っている。
「今身長いくつなの?」
「...147.5」
「伸びたじゃん、5ミリ」
「...バカにしてる?」
まさか!とおどけて見せる目の前の親友は168cmある長身の美女で、もはや妬むことさえ烏滸がましいとすずは常々眩しく彼女を見つめていた。しかし人を羨んだところですずの身長が伸びるわけでもないので、早々に気持ちを切り替えた。
「あ、そうだ。今日はね、」
「すずいるかー?」
「あ、桃!」
呼ばわりに目を向けると、入り口から顔を覗かせたのは隣のクラスで同じテニス部の桃城だった。すずは亜美にバイバイを言うと、帰り支度を済ませたバッグを持って駆け寄り、桃城を見上げた。
「どうしたの?」
「いや、昨日は遠征お疲れさんって言いに来たんだ」
「わざわざ?部活の時に言えばいいのに」
「それが今日は病院行かなきゃなんなくてよ。部活行けねぇんだ」
言いながら桃城は右足を上げて見せた。彼は練習中にした捻挫のせいで、レギュラーにも関わらず昨日の遠征試合は留守番組だった。マネージャーのすずは同行組で昨日は公欠した訳だが、桃城の言葉を聞いて心配そうに眉を下げた。
「病院って...まだ痛いの?も、もしかして実は捻挫じゃなくて骨折れてたとかっ、」
「違ぇよ、もう大分治った。念のため医者に来いって言われてるだけだ」
「そっか、なら良かった。でも残念だね。だって今日は、」
ぽん、と桃城の手が頭に乗り、すずがほっと胸をなでおろしていると、背中から声がかかった。
「邪魔だ、お前ら。出口塞いでんじゃねぇよ」
「薫くん!あれ、もうミーティング行く?」
「あぁ」
「それなら私も、」
声の主はクラスメイトの海堂薫で、彼も同じくテニス部員、さらに言えば同じくレギュラーメンバー。昨日の遠征試合も参加していたので、すず同様、今日は部活前にレギュラーミーティングに出ることになっていた。桃城にことわって海堂と一緒に教室を出ようとすると、また背中に声がかかった。
「園田ー!お前この後職員室なー!」
「え!?先生なんで!?」
「さぁ?英語の咲坂先生が呼んでんだよ」
伝えたからなーとヒラヒラ手を振りながら去っていく担任に了承の返事を返して、すずは申し訳なさそうに海堂を見上げた。
「ごめんね、薫くん。そういうことだから、先輩達に伝えておいてもらえる?終ったらすぐ行くから」
「あぁ、分かった」
ミーティングの教室に向かう海堂の背中を見送り、すずは職員室に急いだ。咲坂先生の用事が何かは知らないが、早く終わらせてもらおう。今日は早く部活に行きたいのだ。なんたって今日は―――
「今日から新入生の仮入部開始なんだから!」
後輩が出来ると今日の日を楽しみにしていたすずの頭に、一つ年下の生意気な幼馴染みの顔がよぎった。異国の地にいるはずの彼は元気にやっているだろうか。もう何年も会っていない彼に思いを馳せながら、すずは職員室の扉を開いた。
20160922
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