01
私立氷帝学園高等部3-2、三上渚。高等部からの外部進学組で、家庭は中流階級、容姿人並み、頭脳はまぁまぁ。交友関係は狭く深く、充実しているから文句はなし。平凡だけど平和な、とても素敵な高校生活を送っています。が。
「跡部おるかぁ?」
忍足侑士くん。私は彼が苦手です。
「なんだ、忍足」
私のお隣の席は跡部くん。生徒会長で、さらに強豪と言われるテニス部の部長も兼任する、自他ともに認める氷帝のキングです。試合の時の「キーンーグ!キーンーグ!」の応援に関しては恥ずかしくないのかなって思わないこともないし、ちょっと派手だけど、悪い人じゃない。特に仲良しって訳では無いけど、良きクラスメイトなので問題なし。
「侑士だC〜。どうしたの?」
その跡部くんの前、つまり私の斜め前に座っているのは芥川慈郎くん。ほとんど寝ているけど、起きている時はとても元気でまるで小学生の様。なつっこい性格なのかとてもフレンドリーで、彼とはそれなりに会話をする。同い年なのを疑いたくなるくらいには可愛いくて、日々の癒し。問題なし。
...別に、忍足くん自身に問題がある訳では無い。“ポーカーフェイスの忍足”と他称されるだけあって、普段から表情があまり変わらない人ではあるが、隣で繰り広げられる会話を聞く限り、問題がある人には思えない。ただ、ひとつ。ひとつだけ。
「今日の部活の練習メニューなんやけどなぁ」
この、なんとも言い表し難い彼の声が。背中をスッと何かが這って、妖しく鼓膜を揺らすような声が。どうしても、どうしても苦手なのです。この声を聞くと、私はソワソワ落ち着かなくなるし、何だか体が震えてくる。ほっぺや耳が赤くなっているんじゃないかと思うくらい、体の内側が熱くなる。そう、つまり、つまるところ、彼の声は...エロい。
「監督とも相談したらええんとちゃうかなぁ」
言ってることは全然エロくない。むしろ普通。すこぶる普通。部活の話だ。なのになんなんだ、この艶めきは。壇●か、アンタは。関西人故なのか彼の癖なのかは知らないが、少し伸びる語尾がまたエロさに拍車をかける。これを真正面で聞いている跡部くんやジローくんは何故平気なんだ。超人か。いや、彼らはある意味超人だった、うん。
「ほな、よろしく頼むで」
「あぁ」
「んで...なぁ、三上さん」
どうして他のみんなはこの声を耳にして平気なんだろう。私がおかしいのか、何かの病気なのか。こういう時の私はいつも鞄から本を取り出して気を紛らわせるのだけど、いつもそんなに上手くいかない。超人2人以外の人だって彼と喋って普通にしているのに、なんで私はこんなにソワソワするんだろう。彼以外の、他の人の時はこんな風にならないのに、なんで。どうして。文字の羅列を目に映しながらそんなことを悶々と考えつづけていたら、突然体の奥から侵されるような声が、至近距離から私の耳を襲った。
「三上さん」
「!!??っ、」
「危なっ!」
驚きすぎて声も出ず、それでも体はなんとか身を守ろうと椅子に座ったまま後ずさり、結果椅子ごと後ろ向きに倒れそうになった私は、忍足くんの腕に助けられた。両側から私の腕を引っ張ってくれて、私も咄嗟に忍足くんの腕を掴んで、なんとか倒れずに済んだ。
「あっぶなー...大丈夫?」
ち、近い。近いし、あの声が私に向けて発せられてる。やばい。耳がやばい。
「だ、大丈夫。ごめん、ありがとう」
なんとか体勢を立て直した私は、恥ずかしさに熱くなった顔を隠すように俯いて、前髪をいじったりして、もごもごしながらなんとかお礼を紡いだ。
「ならええねんけど。…なぁ、その本、何読んでるん?」
既に脳がキャパオーバーを向かえてどうにかなりそうな私を他所に、忍足くんは私が読んでいた本に興味が移ったらしい。カバーが掛けてあるからタイトルは見えないが、私が好きな恋愛小説である。
「え、えっと...これ」
半分カバーを外してみせると、忍足くんは「あ、これええよな!俺も好き!」と笑った。え、でもこれザ・女子向けな本なんだけど。少女漫画をそのまま活字にしたような、いや、文字のみ故に想像基い妄想がとめどなく広がる為に、正直少女漫画よりもにやにやする内容なんだけど。私は驚きのあまり「え!?」と素っ頓狂な声をあげてしまった。
「俺、恋愛小説めっちゃ好きやねん。この作者ええよな。俺この人の本全部持っとるで」
「え、ほんとに?私も!」
今度は恥ずかしさより、驚きより、嬉しさが勝った。それを感じたのか、忍足くんは私の前の席に後ろ向きに座ると、同じ作者の別タイトルを挙げながら、あのシーンが好きだとか、あのセリフはキュンキュンしたとか(男子がキュンキュンというのを初めて聞いた)話してくれて、私たちは昼休みいっぱい読書談義に花を咲かせた。
ーーー♪♪♪
「なんや、もう昼休み終わりか」
「…ほんとだね」
チャイムが鳴って、さっきまで少し楽しさが滲んでいた忍足くんの顔がいつものポーカーフェイスに戻った。周りも自分のクラスへ帰っていったり、午後の授業の支度をしたりと忙しなく動き始める。
「そしたら三上さん、またな」
「あ、うん、」
当然忍足くんも自分のクラスに戻らなければならず、椅子から立ち上がるーーーのをやめて、突然私の耳元に顔を近づけて、こう言った。
「今日はちゃんと、話してくれたなぁ」
「っ、!」
瞬間、鏡を見るまでもなく自分の顔が赤くなるのが分かった。身体がビクッと反応したせいで椅子も鳴ったし、身体中が熱い。そんな私を知ってか知らずか、忍足くんはスッと離れていき、今度こそ立ち上がる。
「また話そうなぁ」
私はもう声すら出なくて、忍足くんを見ることしかできない。なんだか視界が涙で滲んでいる気さえする。忍足くんは揶揄うように目で笑い、教室を出ていった。あぁ、彼の言う"また"がきた時、どんな顔をして会えばいいのか分からない。
20211012
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