2018/04/13
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ALONE+1
火垂るの墓という絶望の2文字を体現したかのような映画を見てたのでちょっと語らせてくださいちょっと! ツイッターでやっとけやクソがって話なんですが
本当にありそうな話なのがまた痛いというか。泣かせよう泣かせようみたいな意図の押し付けの映画とは少し違って、あまりにも自然な絶望で泣かざるを得ない。
時折平和なシーンが出てくるのですが、それが清太が節子をより大切に思わせたシーンであって。最後に節子の亡骸を埋めることができず、無表情で抱きしめている。ここに繋げるための布石みたいに思えてどんなシーンでも泣いてしまうんですよね。お父さんもお母さんもいない、頼れる人もいない。目の前で白飯を食べる農家さんに頼み込んでも他をあたれと言われる。もう清太も節子もガリガリで皮膚病も凄くなっているのに。それでも他を頼れと言ってしまう農家さんの気持ちもわかる。全員が必死になって生きてるだけなのに、悲しいのって理不尽すぎる。
節子がお母さんを想って泣けるために親戚の家を出て、節子が悲しまないようにお母さんの死を伝えられない。節子が笑えるように白飯を買ってくる。節子が傍にいてというから傍にいる。全て清太は節子のために生きてる。節子が居なくなったら彼も生きる拠り所を失うに決まってる。最後に彼が節子、と言いながら死ぬのは必然みたいなもので。今もあの高台から、私達を見下ろしてるとしたら、彼らは何を思うんだろう。
2時間理不尽さを見せられて怒ったり泣いたり、火垂るの墓は見ていて苦しいのに、見なきゃいけない気持ちになる不思議な映画だと思います。ハイジも大好きでした。
高畑監督、ステキなメッセージのある映画をたくさん残してくれてありがとうございました。ご冥福をお祈りします。
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