01.
高校生になり、早半年以上。もう10月に差し掛かっていた。
制服だけだとさすがに寒く、パーカーやセーターを持ち歩く生徒も増えてきた。私も上にセーターを羽織っている。
特に何か、中学生の自分とこの半年間で変わったかと聞かれれば、高校生になって身長は少し伸びたような気がする。
変化といえばそれくらいで、漠然と、大人になっていくってどういうことなんだろうと思うことがある。
見た目だけ大人で、中身は子供とそう変わらないものが完成するんじゃないだろうか。よくわからない。
そんな高校一年生の自分。
firma
英語の授業では週に一回月曜日に、午後のコマに小テストが実施される。
受験に向けて知っている単語数を増やす目的とかで、毎回授業の初めに音読をさせられて単語のテストを行う。毎週二十五ー五十単語覚える。二十五くらいならなんとかなるが、五十は正直多い。めんどくさい。
受験が終わったかと思えばまた受験の準備。エスカレーター式の学校であるが故にあまり声高に受験への意識を叫ばれてもと思っているのは私だけではないようで、まだ高校一年なこともあり生徒の勉強への意欲は低めだ。
ただ英語担の先生はスパルタなので、クラス中嫌々と従っている空気が漂うのだった。
そのテストの答え合わせは隣の席の住人と行うのが通例だった。テスト用紙を交換して、相手の回答が正しいかどうかスペルを確認して赤ペン先生をするのだ。
変わらず今日もその時間がやってくる。
私の隣の席は丸井ブン太というクラスの中でも目立つタイプの生徒で、特に席替えのないこのクラスでは4月からずっと変わらず彼と隣同士。
つまり半年以上に渡り彼とは席が隣同士である。
ただ気まずいことに、丸井は私のことが苦手なのか嫌いなのかどっちなのかは知らないが、私と用紙を交換するときにいい顔をしたことは一度もない。
しかめっつら、嫌々用紙をこちらに突きつける。
ろくに会話をしたこともなかった。
この前も、丸井が転がした消しゴムを拾ったときに、落としたよと言ってそれを手渡そうとしたら物凄い顔をされて消しゴムを奪われた。
し、ついでのように手を叩かれた。
あまりにも一連の流れがスムーズで器用すぎて、決められていたことのように当たり前に行われた。何をされたんだろうと一瞬私の理解が追いつかなかった。
私、丸井に何かしたんだろうか。
身に覚えがないので、単純に好かれていないのかもしれない。世の中には相性というものもあるし。
丸井はクラスの中でも非常に社交的で目立ってモテるタイプだ。
校則なんて知ったことではないとばかりに髪は赤いし所構わずガムを噛んでいるし、なんなら外国人のようにしょっちゅうガムを膨らませてさえいる。
いつもお腹を空かせていて、休み時間に甘いものの摂取は欠かせないらしい。
授業中にうるさくチャチャを入れるのに、先生にも生徒にも嫌われない器用さを持っていた。世渡りが上手いとは彼のことを言うのだと思うことがある。
派手そうな可愛い女の子たちを周りにべったり侍らせていることも少なくない。ただ特定の彼女は長続きしないようで、取っ替え引っ替えしているらしい。
飽き性なんだよなあ俺、とあくびしながらだるそうに友達に弁明しているのを聞いたことがあった。その適当さでとっつきやすいのか、男子にも適度に慕われている。
つり目がちな大きな目はいつだってキラキラしていて猫のようだ。体は大きくなく、あまり落ち着きのない言動は余計にすばしっこい子猫のような印象を植えつけた。
集中力はあまりないらしく、授業中は眠そうにしているか貧乏ゆすりをしていてつまらなそうにしていることが多い。
よってテストでの点数もあまりよくなく、赤点ギリギリで補習を逃れているようだ。
特徴のある右上がりの字は汚く読みづらい。スペルが正しいかどうか、英語の小テストの採点をしていても分からないことがある。
そういうときは私は迷わず回答にバツをつけているのだった。もしかしたら丸井はそれが気に入らないのかもしれない。
私は丸井にそこまで興味はない。ただ彼はあまりにも目立つし声は大きいし、いつだって人に囲まれていた。
だから私は隣の席で静かに本を読んでいるだけで、これだけ丸井の情報を仕入れている。
私は丸井と正反対にクラスで地味、というよりある意味で浮いているかもしれない。
一時的な友達はいても特定の親しい友達はいないし、今でもクラスに馴染めているとは思っていない。
しかし好きで一人でいるわけでもない。二人でいるより楽なだけ。ただもうこれでいっか、と諦めもあり思っている。
どこにいくにもフラフラ、無計画に一人で行動する方がずっと楽だった。
ラーメン屋にも映画館にも一人で入れるし、困ったことはない。
トイレにも一人で行きたいし、好きじゃないものをノリでお揃いで買うこともしたくない。
今までの友達曰く、私は冷たくて面倒臭がりや。淡白。
丸井と違い飽き性なわけではない。べたべたするのが苦手なだけ。だから友達も彼氏も長続きしたことは無い。
高校にあがるときに県を跨いで引っ越したせいで、この辺にも学校にも今までの友達はいない。
つまり立海では数少ない編入生で、私が浮いている原因はそれもあると思っている。
休み時間は適当に本を読むか、予習復習をして過ごす。お陰で成績は悪くない。
しかし隣の席の丸井は人気者で人を集めるので、私はたまに佐伯や渡辺に席を譲る。丸井と親しいメンバーだ。
その間私はフラフラ教室から出て行って適当に時間を潰す生活。
それがこれからも続くと、当然のように思っていた。
「ねえ、丸井って苗字のこと好きなんじゃない。なんかきいてる?」
「‥‥‥突然どうしたの」
たまに喋る、クラスの中でも比較的親しい子が唐突にそう話しかけてきたので、私は本から視線をあげて困惑した。
彼女の顔は好奇心でいっぱいだ。
幸運なことに周りにはだれもいない。いや、誰もいないことを見計らって話しかけてきたのか。
「いや、丸井がめちゃくちゃ意識してそうだったから‥ごめんただの興味本位で聞いただけ。あんまり気にしないで」
「あ、‥うん。そんな、好きとかってこことは無いと思う‥」
「そっか」
本当に興味本位だったらしく、彼女は適当にそう頷いて話を締めくくった。
何だったんだろう、一体。
私は困惑したままの状態で、彼女が去っていく後姿をぼんやりと見送った。
しかしそれが妙に頭の隅にこびりついていた。まるでキッチンの隅に凝固した油汚れのように。丸井に答案用紙を返却するたびにモヤモヤと思い出す。
だからほんの、いたずら心だった。丸井に好かれているわけなんてないのに。
ほんの少し、魔が差しただけ。そうとしか言いようがない。
いつもの単語テスト。いつも通りの悪い点数を書いた下に、ファイト!と記載してニコちゃんマークを書き足した。
今まで誰にもこんなことしたことはない。私は友達と授業中に回す、意味のない小手紙も好きではなかった。だからあまりにも手紙の返答が淡白で、なんなら返事を返さないこともあって、彼女達からの手紙はすぐに私の手元には回ってこなくなった覚えがあるくらい。
丸井はいつも通り、怠くて嫌そうな顔して、私から答案用紙を受け取るために手を伸ばす。
そして何となく点数を確認して私から用紙を奪い取ると、すぐに俯いた。
ボサボサの髪から覗く耳の縁が、髪色と同じように真っ赤だった。そして心なしか困ったような雰囲気を醸し出して、私の方を一瞬ちらりと見る。
視線が合うとバッとまた俯く。ますます耳を赤くして、ぎゅっと唇を噛んでいる。少女漫画のヒロインのように。
‥えーっと‥‥。
私は鈍い方ではない、と思う。この丸井の反応は、どういうことなんだろう。単に照れているのか、それとも。うーん‥‥‥。
すっかり困ってしまい、教室の黒板と答案用紙のあたりを落ち着きなく何度も見てしまった。うーん。
まあ、いっか。 |