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merry cristmas!

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03.


「俺と付き合ってくんねえ?」

あまり印象にない、というより似合わない強張った顔。
それでも相変わらずガムをクチャクチャさせながら丸井ブン太はそう言った。
教室の席に座っているいつもと同じ休み時間。
ざわつく周りのクラスメイト達。
丸井は何を考えてるんだろうと呆れながら彼を見る。羞恥心はないのか。TPO考えようよ‥。

そもそも、このひと私に好きって言った?

丸井にさほど興味はないのだけど。ぼんやりと逡巡する。

私は初めて男子に告白されたとき、それに対して断った。そして相手に逆上されて面倒な事態になったということがある。
よって「告白を断るとめんどくさい」「付き合ってもめんどくさいけど断るとよりめんどくさい」
ということを学習してしまったのだ。彼氏がいるなら別だが、今の私に彼氏はいない。

まあ、いっか。

「うん、いいよ」
「‥??‥???」
「‥‥‥‥え?冗談だった?ごめん」
「えっ!?いや、冗談とかじゃねえよ、マジだよ!えっマジで?」
「うん‥構わないけど‥」
「あ、そう‥これからシクヨロ‥」
「シクヨロ‥死語‥」
「死語とか言うなよ‥」

丸井はやや落ち込んだ様子でうなだれながらぶつぶつ何事かを言っていて、そこに佐伯や渡辺、佐藤がわらわらと集まってくる。

「なに、苗字さんと丸井付き合うの?おめでとう」
「はあ‥ありがとう‥?」
「よかったじゃねーか丸井、お前は苗字さんのこと好きなんじゃねえかなと思ってた」
「ヒューッ」

あからさまに囃し立てられ、丸井は落ち込み気味な機嫌が上昇したようだ。
わかりやすくいつもの気の強そうな笑い方に変わった。心なしか背筋も伸びているようだ。

「おーよ、だから苗字に気安く話しかけるなよ」
「はは、元からそんな苗字さんと話さないっての。ねー苗字さん」
「はあ‥?」

付き合うのを了承したはいいものの、丸井のことより本の続きが気になる。渡辺のからかうような文句にもあいまいに頷いて、活字へと目を落としなおした。
今の私の頭の中はブルボン朝から続いたアンシャンレジームのことでいっぱいなのだ。よって一人の時間を十分なほど謳歌している。

「え、いや、おい」
「‥え?私に話しかけてる?」
「そうだろぃ。なんで無視すんだよ」

目を眇めながら、さも当たり前かのように丸井はそう言う。

「無視?」
「え、なんでそんな何もわかりませんみたいな顔してんだよ?天然かよ」
「は?」
「‥俺と話す気ある?今俺たち付き合ったんだよな?」
「そうだね」

頷くと丸井はひょいと私の手元にあった文庫本を取り上げる。そこにびっしりと並んだ文字を見ると、顔を歪めた。

「とりあえず今は本じゃなくて俺と話ししてくんねぇ?」

ルイ18世と話していたほうが面白そうだから本を返してほしい。是非。
それでもあまりに丸井が不貞腐れたような、やや傷ついた顔をするものだから、私は気を取り直して丸井に向き合ったのだった。




丸井と交際を始めて早2日経過した。
クラスの地味な女が丸井と付き合いだしたと広まるや否や、周囲の反応は「ずいぶんと今度は物珍しいのを選んだな」といったものだった。
丸井が今まで付き合ってきた女子のタイプはなんとなく知っているので、私はその度になるほどと頷く。
そして案の定、丸井との交際は面倒くさい。
ほとほと自分には人付き合いというものが向いていないのだとわかる。

「なあ、今日はテニス部見に来るよな?」
「行かない‥。」
「一緒に帰れねえじゃねえかよ。終わったらケーキ奢ってやるから、見に来いって。な?」
「いや、別に‥ケーキそこまで好きじゃないし‥」
「はあ?まじかよ。なんだよ。じゃあなんなら付き合ってくれるわけ?」

丸井はイライラしながらガムを噛む。ガムの噛み方が普段とはやや違うので、彼の機嫌は本当に分かりやすい。
ここは可愛らしく「部活見に行くね!」と首を傾げながら言うのが正解なのはわかる。
ただ、どうしてしたくないそれを私がしなければならないんだ?ということを考えてみてほしいのだ。意味がない。
ただ人付き合いとは、こういう好きではないことを積極的にやらなければならないということなのかもしれない。ならば人付き合いなど極力少なくしたいものだ。と改めて思ってしまった。

今の私はフランス革命に夢中で、ドはまりしているのだ。
フランス革命というからしっくりこないかもしれないが、好きな俳優や好きなドラマに当て嵌めて考えると実に分かりやすくなると思う。
早く帰宅して好きな俳優のDVDを見たいのと同じように、フランス革命の文献を読みたい。
いくら今の丸井に彼氏の肩書が付いているとはいえ、丸井がテニスをしているところよりフランス革命のほうが興味がある。

それに加えて彼氏と帰宅するという選択肢に強制性が発生するのはおかしいと思う。

「今日は行かない」
「ならいつならいいんだよ」
「‥いつだろう?そのうち」

最低なのはわかってる。でも面倒くさいんだもの。

だって私は、丸井にそんなに興味がないのだ。

「おい」

いよいよ機嫌が悪くなった丸井はぷい、と顔をそむける。
これは別れるのも時間の問題かもしれない。
なんなら明日別れると言われてもおかしくなさそうだ。
多分私には、根本的に人として大切な何かが欠けているのだと思う。

「週末は」
「‥はい?」
「週末はどうなんだよ!会うからな!絶対!!デートするからな!」

我が彼氏ながら見上げた根性だと驚き、思わず頷いてしまった。