「真田、くん。クラス一緒だね。よろしくね」

久々に彼に話しかけた声は震えていた。もう2年も経つのに、なんだか情けない。へらっと笑ってみせたものの、彼は斜め下を向きながら低い声で「よろしく頼む、」と一言だけ告げ、押し黙る。
やはり話しかけない方が良かったかもしれないが、同じ学校の同学年の生徒である限り、同じクラスになってしまう可能性はあったのだ。
それでも隣の席になってしまうとは。

複雑な気持ちを抱えながら席を立ち、同じクラスになった茜に会いにいった。マンモス校の立海でクラス替えのシャッフルは地獄だ。新しいクラスになるたびに、同じクラスになる知り合いがほぼいない。帰宅部のわたしには尚更だ。人見知りなので、新学期はいつも憂鬱な気持ちになる。
今回は仲の良い茜が同じクラスになりうれしかった。中学の時にも同じクラスだった彼女。
高校に入ってからも付き合いが途切れない数少ない友人の一人。

「茜と席ちょっと離れちゃった。残念」
「あはは…名前は、…なんかちょっと、ノーコメントだわね」
「あー、わかった?」

茜の席の前にしゃがみ込むと、その隣の席に座っていた彼が話しかけてくる。

「苗字さん、お久しぶりですね」
「お久しぶり。茜、柳生くんの席の隣とかいいな。いいなあ」
「おや、私が隣が良かったですか?」
「うん。柳生くんの隣だったらわたしは嬉しかったなあ。これから休み時間は茜に話に来ると思うから、よろしくね」
「光栄ですねえ。どうぞよろしくお願いします」

柳生くんが同じクラスだったのもラッキーだ。中学のときに縁があり少し話したことがあるだけだけど、彼はいつも穏やかで、優しく紳士的だった。そんな彼が茜の隣の席。
茜のことをみたら「席は変わってあげないわよ」と言われた。悲しい。


真田くんは中学3年生のときに、2ヶ月ほど付き合っていた元彼氏だ。そんな短い期間の付き合いで元彼と呼んでしまっていいのかも分からない。
兎に角最初から気まずく、わたしたちの間にほとんど会話は無かった。硬くて低い、威厳のある声が頭の上から響くたび、わたしは驚いてビクついた。
そんなわたしを見て真田くんは眉間の皺を深くさせ、厚い唇を引き結ぶのだ。それもそのはずで、もともと大きな声の人はあまり得意でないわたしが悪い。頑張って克服しようと試みても、難しかった。

どうして真田くんに付き合おうと言われたのか、今でもよく分からない。そしてそれをどうしてだろう?と聞くことも今更で叶わない。恐らく真田くんにも、わたしに告白してしまった理由はよく分かっていないのだろう。

わたしは真田くんに嫌われ、呆れられている。

自分の席に戻る際、真田くんの鋭い視線がたまたまこちらを向いており、彼と目が合ってしまった。真田くんが、何かを口にする。唇が動いている。よく聞こえない。
首を傾げながら勇気を出し、「真田くん、どうしたの?」と聞くと、ぎゅうっと眉間に皺を寄せ、彼は言い放った。いつもよりもずっと大きな声で。

「何もないと言っているだろう、たわけ!」

新しいクラスがしん、と静まり返る。一斉にたくさんの視線を浴びた。びりびりと身体中を、その大声が響く。指先まで痺れた。瞼が恐怖で震え、ひとりでに目が膜を張る。

「あ、………ごめん、ね」

ちいさくそう謝罪を口にして、ゆっくりと席に着いた。真田くんの様子を見る気力はもうなかった。

窓の外を眺める。皮肉なほどの快晴だ。



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