腕を引かれた。わっと驚き振り向くと、久しぶりに見た赤い髪。
「丸井、くん?どうしたの?」
「や、どうしたっていうか、こうしたっていうかよ」
もごもごと言いづらそうにこちらを見遣る視線に、不思議に思い首を傾げる。
「ちょーっと、一緒に来てくんねぇ?」
ばりばりと頭を掻きながらそう続けられ、戸惑いながら頷く。丸井くんに声を掛けられるのは久しぶりだった。
放課後の廊下、彼の背中に付いて行きながらどこに行くの?と聞いてみるとテニス部の部室だというので真顔になる。
どうしてだろう。そこに真田くんがいる気がする。まだ話せていないのに。ばくばくと心臓が痛くなった。鞄の中には手渡せていない筆が包まれ転がっている。
「連れてきたぜ」
まったくよぉ!と苛ついたように丸井くんが言った。初めて入るテニス部の部室は案外広く、そして男の子たちの独特の匂いがした。中央にあるテーブルの周りには幸村くんと、真田くんが座っている。いつも堂々と胸を張っている真田くんは、何だからしくないような隙のある顔をしていてどきりとした。どうして、そんな顔。
「ごめんね、苗字さん。帰るところだっただろうに時間を取らせてすまない」
「あ、ううん。大丈夫」
幸村くんと話すのも久しぶりだ。彼も前より随分と大人っぽくなっている気がする。
突然の呼び出しに動揺していたもののへらりと笑うと、「きみは相変わらずだね」と褒められているのか微妙な感想を頂戴した。
「単刀直入に聞くけど、苗字さんは付き合っている男性がいるのかい?」
「....ん?んん?」
「その調子だといなさそうだね」
首を傾げたわたしを見ると、やっぱりね。そう幸村くんは苦笑した。真田くんは苦々しそうに唇を噛みしめているようだ。
「この前部活帰りに、きみが仲良さそうに男性と歩いているのを見てね。いい笑顔をしていたから、好きな男性でもいたのかなと勘違いしたやつが一名いてさ。そいつがまた使い物にならなくなりそうだったから」
「んっ!?」
「苗字さん。いい加減ちゃんと責任をとってあげてくれないかな」
「幸村くんもおせっかいだよな」
「悪いのは真田だよ」
「やーそうなんだけどこういうの苦手なんだっての」
ぶつぶつと丸井くんは愚痴りながら、じゃな!と手を振る。幸村くんはにっこりと微笑んだ。ばたんと部室のドアが閉まる。
唐突に真田くんと二人きりになり、鞄を掴む手が震える。
真田くんの、突き刺すようなあの硬くて熱い目と目が合ってしまった。吸い込まれるような感覚。あの日、あのときに見た目だ。この目を好きになった。
「すき」
ぽろりと呟いていた。この人がすき。この不思議な目が好き。大人っぽい顔がすき。硬い力強い文字がすき。この人の情けないところがすき。まっすぐなところがすき。努力しつづけられるところがすき。低くてお腹に響く声がすき。古風でちょっと変わったところがすき。部活をがんばるところがすき。
ぜんぶ、すき。ストンと胸に落ちる。
真田くんがかっと目を見開く。自分が何を口にしたのかよく分かっていなかった。目を瞬かせると、なんと言った?と問われ、え?と聞き返してしまう。
「今何といったかと聞いている」
硬い声。2年前を思い出して少し体が強張る。
いま、わたしなんて言ったっけ。そうだ、すきって。すきって、え?
かあっと顔があつくなった。「わ、わあ〜〜〜!!」と言いながら視線をうろうろとさせると、真田くんはふ、と笑ったのだ。え、笑った。笑った?
「ハ、フハハハハハ」
「え"」
真田くんが笑っている。初めて見た。
間抜けな顔のまま呆然とすると、真田くんは涙まで浮かべながらわたしに「俺も好きだ」とはっきりと言った。手紙で想いは伝えられてはいたものの、こうして口に出されたのは初めてだ。嬉しくて、恥ずかしくて、どうしたらいいのか分からない。でも嫌だとか、怖いとはもう思わなかった。真田くんが、すき。
そしてわたしには、何より伝えなければいけないことがある。
「あ、のね!あのね、真田くん」
「ああ」
「あの、ね」
優しい顔。もう真田くんは、待っていてくれる。マイペースで何をするにも遅い、そんなわたしが追いつくまで。甘やかすように。そんな顔に、さらに顔に熱が集まるような気がした。
勇気を出せ、とひゅっと息を吸い込んで。
鞄の中からラッピングされたプレゼントを取り出して、目の前の彼に差し出した。
「大会、優勝おめでとう」
end
2018.04.01
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