「名前ちゃんは彼氏作らないの?」

茜と、新しいクラスで仲良くなった麻依ちゃんとお昼を囲んでいた時だった。麻依ちゃんは一言そう言った。どうやら最近、彼女にはいい恋人が出来たらしい。浮かれたように彼氏の話をする麻依ちゃんは可愛い。

「ん、んー?彼氏かあ。今はまだ、ほしくないかなあ」
「なんで?いたら楽しいよ」
「麻依ちゃん楽しそうだもんねえ」
「うん、楽しい。茜ちゃんも彼氏作らないの?」
「わたしも要らないかなあ。というか、好きな人が欲しい」

茜は中学の時からジャニーズに夢中で、よくコンサートに行っている。身近に好きな男性が出来ないことは、彼女にとって切実な悩みらしい。彼女は理想が高いのだ。

「ね、今度紹介してあげよっか?彼氏の友達とか」
「んっ?!えっ?!」

楽しそうな声に慄いて麻依ちゃんを見つめると、暴走しそうな彼女を茜が止めてくれた。少しホッとする。

「名前はマイペースに生きてるから、多分その気にならないと彼氏作らないと思うよ。麻依の時間の無駄になる」
「そうかなあ〜。せっかくかわいいのに、なんか勿体無くってさあ」
「わたしにならイケメンを紹介して。カラオケが上手い人がいい」
「茜ちゃんは要望が多いからなー彼氏に聞いてみるけどー」

苦笑いをしながら、友達の会話を聞く。
恋人がほしくないわけじゃない。素敵な恋愛がしたいと思う。かわいい麻依ちゃんを見ていたら尚更だ。ただ、今は恋人を作るのが怖い。またわたしは、相手にあんな顔をさせてしまうのではないかと。
ふと思い出す。真田くんと街を歩いた時。
彼の強張った顔を。怖かった気持ちを。気の弱いわたしが悪い。もうわかっている。何が悪かったのか。

真田くんとわたしは、致命的に相性というものが悪いのだ。根がマイペースなわたしは、そもそも歩くのが遅い。気をとられるものも多い。いつも真田くんの後ろを必死について行った。食べるのも遅い。真田くんはむっつりとした顔でわたしがご飯を食べ終わるのを待っていて、申し訳ない気持ちになった。気を遣って話をしてみても、淡々と会話が終わってしまう。なんせ共通の話題などない。彼の顔はその度にいつも強張った。硬くて大きな声がぶつかってくる。そしてわたしが怯える。悪循環だった。
何を考えているのかわからなくて、怖かった。
真田くんはテニスが大好きだった為、わたしもテニスについて少し勉強してみたけれど、真田くんにルールの確認をするのも躊躇われた。グリップの握り方ひとつ知らないのが、申し訳なかった。彼の豆だらけの手は努力の証だ。
わたしは、そんなに何かを頑張ったことはない。唯一書道は好きでやっていたけれど、先生にもっと元気よく筆を動かさなければダメだとすっぱく言われ、挫けて辞めてしまった。墨の匂いを嗅ぐと、今でも苦しくなる。

真田くんが一番最初にくれた、あの下駄箱に入った手紙の字は、弾けるような元気のいい自信のある字だった。わたしと似たところが一つもない。

常に精進せねば、自分の言ったことを曲げるなどくだらんと口にする彼が、だんだん苦痛になっていった。真田くんは頑張り屋さんだ。有言実行というものが出来る人なのだ。それはよく分かった。ただ自他共に厳しいというのは、わたしにとって良いことではない。わたしは色んなことに負けっぱなしで、勝とうと思ったりもしない。彼に怖い顔をさせて当然の人間なのだ。

最後に真田くんと出かけた時も、そうだった。
駅前でふと、ストレートミュージシャンの声に耳が傾く。彼女の声はすごく綺麗だった。まわりには何人か集まっていて、曲が歌い終わったようだった。思わず立ち止まって拍手をしていると、既に真田くんの背中を見失っていた。


恋をしたと思った。真田くんの情熱的な勝利への執着、熱心な所が今でも素敵だと思う。目標に向かってひたむきでまっすぐで努力家で。
ただその要素は、わたしに相性の悪いものなのだ。



「真田副部長、彼女さんとどこまでいったんスか〜?」

同じテニス部の切原くんに、真田くんがからかわれている。一緒に帰ろうと誘われ、勉強をしながら待っていた放課後。たまたま聞こえてしまった会話だった。

「たわけが。お前がそんなくだらん質問をするな!立海の部長になるのだぞ」
「赤也。冬前になってまで様子を見に来られたくなければ、しっかりするんだね」
「幸村部長、それとこれとは別っスよ〜。あの副部長がどんな恋愛してんのか気になるじゃないっスか」
「赤也、それ以上はやめておけ」
「柳先輩までー!ジャッカル先輩はどうっすか!」
「俺に聞くな!」

楽しそうな声たちに、教室から出ていくのを躊躇う。しかしここにいても仕方ないと、こっそり音を立てないように教室から出て、集団の一番後ろにあった真田くんの背中に声をかけようとしたところだった。

「恋などでは、ない…」

体の中心がひんやりと涼しくなる。わたしのことだ。

その瞬間、もう無理だと、そう思った。



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