朝、机の中に教科書を入れたところ、何かが引っかかった。
プリントの類だろうか。
先ほど入れた教科書を出すと、机の奥に折れ曲がった封筒が入っていた。すっきりとした白いものだ。
宛名は「苗字名前様」、後ろ側には「真田弦一郎」と書いてある。ボールペンでもわかる力強い筆跡。驚きながら隣の席で目を閉じる彼を見る。うっすらと耳が赤くなっていた。もしかして、起きているのだろうか。
不安になりながら、こっそりと中の文章を読んだ。誠実な文章だった。要望ばかりと書いてはいるものの、どれも難しいものではない。また直接あの硬い声で言われたら印象も違っていたかもしれないものも、こうして降り積もる言葉で表されるとなんともむずがゆいものに変わるから不思議だ。

(好き、って。今でも?)

かっと恥ずかしくなり、顔が赤くなる。俯いて髪で顔を隠す。
真田くんと付き合わなければよかったというのは、私の一方的な後悔だ。苦いだけの思い出。どうしたら、いいんだろう。でも。
好きだと言ってくれている人に、誠実に返さないのは失礼なことだ。わたしは真田くんともう付き合える自信は全くない。そして何より怖いのだ。彼のことが。
諦められないほど好きでいてくれているのだと言う。そんな人に、どんな言葉を返せるだろう。もう掴まれた腕は痛まないものの、硬い表情や声が記憶の中で何度も過ぎる。恋などではない、というあの呟かれた一言が胸を刺す。
うまく彼と会話できないのは、わたしも悪いのだ。弱くて、嫌われていると思って。硬くて大きな声が怖くて。大人っぽい顔に刻まれた眉間の深い皺を思い出す。
理由を聞けたらよかった。どうしていつもそんなに不機嫌なの?どうしてそんな風に大声を出すの?わたしの何が嫌なの?どうして付き合おうと言ってくれたの?

付き合ったりしなくても、彼と楽しく会話をしている自分を思い浮かべた。笑ってはくれなくても、彼が友人と話すように、落ち着いたあの低い声で話してくれて。わたしもにこにこと笑いながら話す。穏やかな時間を過ごしてみたかった。想像だけで目の奥があつくなる。そうできたらいい。そう、したかった。

そうしたら、この苦いだけの思い出も、見方が変わるだろうか。もっとやわらかい、触れたら懐かしい記憶に変わるだろうか。

封筒を撫でると、中にはまだ固いものが入っている。白い小花の押し花が入っていた。可愛らしい、あまり真田くんのイメージにそぐわないもの。きっと沢山考えて、これを入れてくれたのだ。その気持ちが嬉しかった。



放課後のテニスコートを、こっそり窓の内側から眺めてみる。黒い帽子をかぶり、辛子色のジャージを身に纏って、力強くラケットを持った引き締まった顔。彼のことをたくさん考える。付き合っていたときもこんなにたくさん、彼のことを考えたことは無いと思うくらいに。



何度も何度も書き直した手紙は、あまりいい内容とは言えない気がしたけれど、今の正直な気持ちが書けたので、真田くんの机にこっそりと入れた。




真田くん、お手紙ありがとう。腕を掴まれたことがあったときに、何もしないでほしいと思ったことは本心でした。真田くんに近づかれるのが怖かった。真田くんを怖がって、何も言えない自分も嫌だった。酷いことを言ってしまって、ごめんなさい。気に病ませてしまって、申し訳なく思っています。
でも、実際に謝ってもらえたら嬉しかった。
もう痛くないよ。大丈夫。わざわざありがとう。

好きだと言ってくれてありがとう。すごく恥ずかしいけれど、嬉しいです。でも、その言葉には応えられません。ごめんなさい。
真田くんのことがやっぱり怖いというのもあるし、前に付き合ってほしいと言われたときに、軽率に頷いてしまったことを後悔しているからです。あの瞬間、私は真田くんのことが好きだと思ったから付き合ったのですが、付き合ってみると全くうまくいかなくて、好きだと思うよりも怖い気持ちや、辛い気持ちがすぐに大きくなってしまいました。
真田くんは自分を口下手だと言うけれど、私も喋るのが得意な方ではありません。うまく話せなかったのは、私も当然悪くて。
怖がるんじゃなくて、どうしてそんなに怒っているの?って聞けたらよかった。実は真田くんが、ずっと怒っているように見えていました。
そしてずっと、嫌われているとも思っていました。
それに実は真田くんが独り言で、私との関係を恋じゃないと言っていたことがありました。無意識だったかもしれないけど、それがどうしても引っかかってしまって、別れようと言いました。
真田くんは私のことが嫌いだったんじゃなくて、ただ手紙に書いてくれたように、自分の情けないと思うところを隠したかっただけだったのかな?
情けないと思っている真田くんには申し訳ないけれど、そうだったら私は嬉しいです。

こんな風に色々思っていることを、失礼だと思いながら書いてしまったけれど、そのうえでの私の今のお願いを口にするなら、私も真田くんと普通にお話が出来る関係になりたいです。怯えたりしないで、仲良く話せたらいいと思っています。真田くんと上手く話せないまま関係を終わらせてしまったことも、後悔のひとつです。
もっと自分に自信がほしいので、色々私も頑張ります。
テニス部は大会が近いと聞いたので、怪我に気を付けて、部活がんばってね。

P.S 押し花ありがとう。大切にします。




戻る