「最近真田の調子がええのお。また面倒になったぜよ」
「まっあの『たるんどる』状態は結構アレだったから、今のほうがマシだろぃ」
「正直見ちゃいらんなかったからな...気味が悪くてよ…」

この件に関しては何も言えないとわかっているのか、ここぞとばかりに部内の仲間たちが言い募る。仁王と丸井とジャッカルのメニューを何か増やそうか考えたものの、このことで情けないのは重々承知の上であるのでそのまま口をつぐんだ。

「文通は無事続いているようだな」

汗を拭っているとそっと読めない笑みで柳が話しかけてくる。

「....蓮二、お前には頭が上がらんな」
「友人が弱っているときに助けるのは当然のことだ」
「感謝している」
「お前の弱みも握れたことだしな」
「......蓮二」
「『たるんどる』状態というのは、なかなか言い得て妙で面白くてな。すまない」

ふっと笑われ、眉間の皺を深くする。しかし、この男が一番助言をくれたため頭が上がらないのは確かなのだ。
夏休みに入り、文通は途絶えるかと思われたものの今は住所に直接手紙が届く。それも隣で佇む柳が手配したのだ。自分ひとりであれば、彼女とまともに会話一つ出来ない為そのまま文通のやりとりは二学期に持ち越され、こうしてテニスに集中することも叶わなかったかもしれない。
全国大会に向け闘志湧きたつ空気感の中、レギュラーであるにも関わらず情けない悩みを抱えるなど許されない。

「真田は色んな意味で万全でいてもらわないと困るからね。こんな顔してるのに高校生なんだからなあ」

そう幸村にも揶揄うように笑われる。部活での自分の立場はすっかりないも同然に思えた。ここから再度しっかりと自分の力で立ち上がり、信頼を回復していくしかない。

「二学期の教室では、苗字さんと会話している真田君が見られるかもしれないですね。それを楽しみにしながら、全国大会を勝ち抜きましょう」
「苗字先輩って柳生先輩とのほうが仲いいんっスよね?苗字先輩は柳生先輩のほうが好きだったりして」
「たわけが!赤也!十周追加で走ってこい!」
「だから何っで俺だけなんっスかあ!横暴!」




帰宅すると、待ち望んだ手紙が机の上に乗っている。文面はひっそりと女性らしい文字が綴られ、読んでいるとすっかり苗字の声で再生されるようになった。熱い部屋の中、気温のせいだけでなく体が熱くなる。
交際しているころ、俺は何一つ知らなかったことを今更手紙から沢山知った。
彼女は甘いものが好きなこと。大きな花より小さな花が好きなこと。テニスの観戦が出来るよう、ルールを勉強してくれていたこと。またそれを最近再開したこと。兄が一人いること。夏が苦手なこと。
そして書道が好きだったこと。俺をしっかりとしていて尊敬すると思ってくれながらも、そこを苦手としていたこと。

確かによく硬すぎると言われるのだ。自分を律し、他人にもそれを押し付け過ぎていた。

しかし、今回俺は恋愛感情に比重を傾けすぎ、テニスは勿論ほかのことにも一切集中出来ていなかった。そんな自分を立ち直らせてくれたのは友人たちだ。
またその一件以来、顔の雰囲気が変わったと家族からは好評だった。一つのことを無駄に考えすぎるきらいがあり、毎日に余裕がなかった。もっと暮らしや考えに余裕を持っても、他人に寄りかかってもよかったのだ。誰かに頼り、考えを聞き、自分と向き合うのはそう悪いことではない。
その結果今まで下らないと切り捨てていたものも、見えるようになってきた。
そう思えるようになったことを、情けないと思いながら晒せる人がいる。正直に話すと、正直に反応を返してくれる苗字が好きだ。ただ見ていた頃より、確実に距離が近くなったと実感している。

ただ、全国大会を見に来てほしいとは、終ぞ手紙には書けなかった。

手紙ではうまく会話が出来る。目を見て話をして、また嫌われるのが恐ろしかった。



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