熱を帯びた朝に


それは恐ろしい夢だった。氷漬けされた愛おしい人が、二度と戻らない夢。手を伸ばしても、すり抜けて消えていった。行かないでと何度も喚き、泣き叫んだ。

『っ、』

びくりと体が震えて目が覚めた。なんと恐ろしい夢だったか。二度とあんな夢は見たくない、そう思うほどに。

でも、ちゃんと目の前にいる。そっと胸板に耳を近づければ静かな心音が聞こえるのだ。私にはそれだけで十分だった。胸板から離れて彼の整った顔を見ると、暗殺者とは思えない安心した顔で寝ていた。この大きな獣の腕に抱き締められて朝を迎えることが出来るなんて、こんな幸せなことはない。あれから18年だ。もう忘れたいと思うのに、脳裏に焼き付いて消えないこの記憶はいつまでも私を苦しめる。彼はちゃんとここにいるのに。どうしてこんなにも不安でたまらないの。

「何泣いてやがる………。」

静かに開いたその鋭くて紅い瞳は、私を怪訝そうに見た。

『ごめんなさい、起こしちゃった?』

「いい。質問に答えろ。」

『欠伸よ、気にしないで。』

誤魔化すように笑い、目を擦った。すると大きな手で目を擦る手を掴まれた。彼の眉間にはシワが寄っている。

「俺に嘘をつくな。」

『…恐ろしい夢を見たの。間違っても口に出したくないほどのね。』

「…、」

『内容は言いたくないわ。でも貴方の顔を見たら安心した。くだらないことで起こしちゃってごめんなさいね。』

彼は納得いかない、と言いたげな表情だ。でも言いたくない。もう思い出したくもないのに。口に出せば今度こそ現実になってしまいそうで嫌だった。

「なまえ。」

『なあに、XANXUS。』

「くだらねえことは考えるな。てめぇは俺のことだけ考えてりゃあいい。」

『ふふ、言われなくても貴方のことで頭の中はいっぱいよ?』

私がそう言うと、彼はほんの少しだけ口角を上げた。こんな表情が見れるなんて私だけの特権だ。

『XANXUS、今日はベスターとお昼寝したいわ。』

「ダメだ。てめぇは最近ベスターに構いすぎだ。」

瞼に柔らかい唇が落とされる。なんだかくすぐったくて身をよじった。すると少し強い力で抱き締められる。

『ベスターにまで嫉妬しないで、旦那様。』

「今日は俺の傍にいろ。放っておいたらまた勝手に泣きそうだからな。」

『もう泣かないわよ。子どもじゃないんだから。』

「減らねえ口だな。」

『んっ、』

抱き締められた力が少し緩むと、啄ばむようなキスをされた。困った旦那だ。キスをすれば私がすぐ黙ると思っているのだから。あながち間違ってはないけれど。

『もう起きなきゃね。スクアーロが怒るわ。』

「知ったことか。」

『もう、昔からスクアーロにだけ意地悪なんだから。』

私は彼の頬に手を滑らせた。するとその手を掴まれ、唇へと滑らされた。掌に彼の唇が当たってなんだか恥ずかしい。

『ひゃっ、』

彼はそのまま私の掌をぺろりと舐めて、雄の表情で私を見る。体がぞくぞくして熱を帯びていく。昨夜の情事を思い出して、子宮がきゅんとなった気がした。

「欲情してんのか?」

『っ、わかってるくせに。』

「ふん、上手にねだってみろ。そしたら考えてやらねぇでもない。」

『…、』

少し意地悪な物言いをする彼にムッとした。やってやろうじゃないの。私は彼の手を掴み、自らの鎖骨あたりに持ってきた。

『私の中、XANXUSのでいっぱいにして?』

「!!」

『あら、欲情したのかしら?』

さっきの仕返しと言わんばかりに勝ち誇った顔で笑うと、ギラギラと目が座る彼の姿が目に入る。ちょ、ちょっとやりすぎたかもしれない。

「上等だ。足腰立てなくなるまで抱いてやる。」

『ほ、ほどほどにね。』

「知るか。黙って俺を感じてろ。」

XANXUSとの情事は愛を確かめ合うなんてそんな生温いものじゃない。お互いを求め合い、貪り食うように欲を満たす。そんな感じだ。だからこそ愛を感じるの。私だけを見て、私だけを感じてくれている。

『XANXUS…っ、大好きよ…っ、』

「………………Ti amo…。」

もう怖くない。もう貴方を手放したりしないから。私の生涯をかけて、貴方を愛すからね、XANXUS。

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