何cmの距離かわからない
「行ってくるな、なまえ。」
『はい、行ってらっしゃいませ。』
私の旦那様は、マフィアのボス。キャッバローネファミリーというボンゴレには劣るものの大きなファミリーのボスだった。そんなファミリーから縁談の話をいただいた時は驚いた。何故なら私の家元はボンゴレとの繋がりはあるものの、キャッバローネとの繋がりはなかったから。ただ、旦那様とは一度だけお会いしたことがあった。あれは雲雀家の恭弥様のお屋敷にお邪魔していた時、旦那様も偶然同じ日に恭弥様に会いにいらした。
「よお、恭弥!会いに来たぜ!」
『!』
「っと、わりぃ。客がいたのか。…!」
「悪いと思ったら早く出て行ってくれる。咬み殺すよ。」
「あ、ああ…。」
あの場には不似合いなブロンドの髪がキラキラしていて、まるで太陽のような人だと思った。恭弥様のことを呼び捨てにしていたから、恭弥様とはとても仲がいいのだと思う。
縁談の話が来た時は両親共にとても喜んでいたけれど、私は素直に喜べなかった。話したこともない殿方と一緒になるなんて不安だったからだ。でも、私はすぐに旦那様のことを好きになった。分け隔てなく他者に優しく、全てを包み込む包容力。嫌う要素なんてどこにもなかった。
私も必至に彼に歩み寄ろうとした。しかし婚姻を結んでから、彼の2人きりになることはなかった。何故なら彼の側にはいつもロマーリオさんという部下の方がいらっしゃるから。やはり旦那様はボスという身分から狙われることが多いらしい。故にひと時も離れることは出来ないのだという。
だけど、もう一つ気になることがあった。それは旦那様はとてもおっちょこちょいということ。何もないところで躓いたり、迷子になってしまったり、忘れ物をしたり。旦那様は必死に隠しているようだけど、何度か見かけたことがある。しかし旦那様が隠していたいというなら、私も見ないフリをするしかない。私はどんな旦那様でもお慕いしているのに、その気持ちを伝えられずにいた。なんだか旦那様との距離が遠いような気がして寂しかった。
***
旦那様に先に寝ているように言われたある夜。もう日付が変わった頃に旦那様帰ってきた。ドアの開く音で、私はベッドから飛び起きた。すると傷だらけで部屋に入ってきた旦那様の姿が目に入る。
「わりぃ、起こしちまったか?」
『そのお怪我…!何があったのですか…!?』
「ああ、ちょっとな。放っておきゃ治る。」
『放っておいてはなりません…っ!早く手当てをしましょう!』
私は旦那様をベッドに座らせて、怪我の手当てを行った。切り傷や打撲痕がある。抗争でもあったのだろうか。私は旦那様のことを何も知らない。私に何も教えてはくれないのだ。私は所詮、お飾りの妻でしかないのだろうか。そう思ったら、悲しくて涙が溢れた。
「な、なんで泣くんだなまえ。俺なんかしたか…っ?」
『も、申し訳ありません…っ、お気になさらないでください…っ、』
「気になるに決まってるだろ…?俺には言えないことなのか?」
私のこの気持ちを旦那様に伝えていいのだろうか。素直に言ったら嫌われないだろうか。私は旦那様に捨てられるのが怖いのだ。でもきっと、このままじゃ変わらない。私は旦那様との関係を変えたいのだ。
『悲しいのです…、』
「悲しい?」
『私は旦那様をお慕いしております。けれど、私は旦那様のことを何も知りません。私は旦那様のことを知りたいのです。もちろんお務めについては私が知ることではありません。けれど、どうして怪我をしてしまったのか、その理由だけでも知りたいのです。出過ぎたことを言っているのはわかっております…っ、それでも…っ、』
「なまえ。」
『っ、』
呆れられてしまっただろうか、それとも面倒だと思われただろうか。こんなことを仕事からお帰りになられた旦那様に言うなんて、私は妻失格だ。
「悪かった。」
『え………?』
「違うんだ、その、いつも怪我をしてるのは仕事とかじゃなくてだな…、」
『転んだのですか…?』
「なっ、なんで知って…!!」
『あの、実は旦那様が何もないところで躓いたり…、その、忘れ物をしたり、少しおっちょこちょいなところがあるのは存じております…。』
「なぁ!?いつから!?」
『婚姻して…すぐです…。』
旦那様は顔を青くして、冷や汗をかいていた。どうやら私が知っていたのが衝撃的だったようだ。
「あああ、カッコ悪いな俺!お前にカッコ悪いところ見せたくなかったんだよ。お前に幻滅されたくなくて、必死に隠したつもりだったんが…、」
『だん…ディーノ様。私は、おっちょこちょいなところも全部含めて、ディーノ様をお慕いしております。どんな姿でも幻滅など致しません。躓きそうになったら支えます。忘れ物をしたら届けます。だって、貴方の妻ですから。隠そうとしないでください。私にも貴方を支えさせてくださいませ。』
「!!…ああ。ありがとうなまえ。お前を好きになってよかった…。」
『!!』
旦那様のその言葉に、顔が熱くなるのを感じた。それを見た旦那様は少し意地悪そうな顔をして、私の手を掴み、自身へと引き寄せる。
「お前のそんな顔、初めて見た。もっと見せてくれよ。なまえ。」
『い、意地悪です。』
「悪いな、俺は元から意地悪なんだ。」
そう言って旦那様は私の額に唇を落とした。顔を真っ赤にした私を見て旦那様は楽しそうに笑った。そんな旦那様を見て、私も笑ったのだった。
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