白白明けに消えた


(原作沿いのお話)

及川先輩は、いつも前ばかりを見ている人だった。超がつくほど努力家で、人からの人望も厚かった。帰宅部を希望していた私は何故かそんな及川先輩にバレー部のマネージャーに誘われた。バレー経験もマネージャー経験もないのに何故誘われたのかわからない。昔から何かに興味が湧くことがなかったから、時間の無駄だと思い、断った。でも彼は何度も何度も私を誘ってきて、結局私の方が折れた。

「興味が出てきたって言わせてやるからな!」

そう言って笑った及川先輩は最近切羽詰まっているような様子で、いつもの笑顔が消えていた。それは試合の最中でも出ていた。ある試合でミスが続き、私と同じ一年である影山君と交代させられた。及川先輩は悔しそうだった。その日の部活終わり、及川先輩は居残り練習をするようだった。他の部員は帰ってしまったが、体育館には及川先輩と私と影山君が残っている。

「なまえちゃん帰っていいよー。俺閉めておくからさ!」

『…………残ります。』

私がそう言うと、彼は呆れたように笑った。そしてすぐに練習を開始する。何故及川先輩がこんなに必死に練習するのか私には分からなかった。けれど、彼をこんなになるまで惹きつけるものがバレーにあるのだろう。

「及川さん、サーブ教えてください。」

あまり空気を読むことは得意じゃないが、今影山君が及川先輩に話しかけてはならないと言うことだけは、私にもわかった。

『(手が、出る。)』

そう思った私は、及川先輩のお腹に思い切りダイレクトアタックをかましてしまった。

「う"えっ!!」

『あ、』

私は勢いのまま及川先輩を押し倒してしまう。するとすぐに岩泉先輩が来てくれて、私を起こしてくれた。影山君は岩泉先輩に帰るよう言われてすでに体育館を出ていた。

「大丈夫かみょうじ。」

『及川先輩の方が、重症かも、です。』

「…今日の交代はおめーの頭冷やすためだろうがよ。ちょっとは余裕持て。」

その言葉に及川先輩は勢いよく立ち上がる。

「今の俺じゃ白鳥沢に勝てないのに余裕なんかあるわけない!俺は勝って全国に行きたいんだ!勝つために俺はもっと…!」

「"俺が俺が"ってウルセェェエ!!」

「ンガーッ!?」

今度は岩泉先輩が及川先輩に頭突きをお見舞いした。痛そうだなあ。及川先輩も訳が分からなくなって混乱している。だけど、そんな中で岩泉先輩の言葉はまっすぐだった。"6人で強い方が強い"。その言葉が私自身にも強く刺さった気がした。

「俄然無敵な気分。」

先程までの必死な表情は消え、不敵な笑みを浮かべた及川先輩はいつもの調子に戻ったようだった。

「まさかなまえちゃんにタックルされるとはね。」

「おめー結構反射いいべや。」

『はあ、ありがとうございます。えと…タックルして…ごめんなさい…。』

「えええ何この子ちょー可愛いんだけど!見た!?今の顔!!」

「うるせー変態。」

その日から及川先輩は変わった。けれど、北川第一が白鳥沢に勝てることはなかった。高校に入ったら今度こそ白鳥沢を凹ませてやると意気込んでいたけど、その瞳には涙が出て浮かんでいる。

「あー!白鳥沢に勝ってなまえちゃんに興味持たせようと思ってたのになあ。」

『興味、じゃないかもですけど…、及川先輩のトスでアタックが決まった時の先輩の顔は、嫌いじゃなかったですよ。』

「…っ!!!なまえちゃーん!」

「やめろボゲェ!!」

こうして先輩達は引退した。けれども卒業までは嫌でも顔を合わせる。何故か引退してから及川先輩にとても絡まれるようになった。しかもその絡まれ方が厄介だ。

「なまえ。」

『っ、』

「なぁんで逃げようとするのかな?俺はこんなになまえのこと大好きなのに。」

にっこり笑う及川先輩の背後に肉食獣が見える。彼はまるで、獲物を捉えたら絶対逃がさないとでも言いたげな顔だ。なんだか部活をしていた頃よりも彼が苦手になった。尊敬はしているけど。

「今日部活オフでしょ。俺とデートしようよ。」

『や、やです。』

「どうして?暇だよね?」

及川先輩の圧がすごい。だんだん壁に追い込まれて、逃げ場すら失った。カツアゲされているような気分になる。

「及川てめえええええ!!みょうじにちょっかいかけんなって言ってんだろーがああああ!!!」

「ホゲェ!?」

岩泉先輩のキレッキレの飛び蹴りが決まった。岩泉先輩は私の唯一の救いだ。及川先輩が暴走したら助けてくれる優しい先輩。

「いったー!何すんのさ岩ちゃん!」

「みょうじを困らすんじゃねえ!」

「困らせてないですー。俺しか見れないように追い込んでるんですー。」

「なおさらキモいじゃねえか!!」

「あ、そうだ。俺と岩ちゃんは青葉城西だから。待ってるからねなまえ。」

『え…………、』

「待ってるからね?」

笑顔の圧がすごい。こうして、3月になったら及川先輩達は卒業していった。やっと怖い及川先輩から解放されたのが嬉しい。私の学校生活にも安寧が訪れる。マネージャーはそのまま続けた。3年になると、影山君が孤立していって見ていられなかった。このまま影山君を独りにするのが怖くて、私は影山君と同じ高校へと進学を決めた。推薦が来なかった白鳥沢に影山君が受かるわけないと踏んだのだ。いらぬ世話かもしれないが、長い付き合いだったので影山君のそばにいることを決めた。すると何処からその情報を聞きつけたのか知らないが、卒業式の日に及川先輩からメールが1通届いていた。恐る恐る開くと、画面には恐ろしい文が綴られている。

<「飛雄と同じ高校なんだって?覚悟しててね、なまえ。」>

あまりの恐ろしさに私は見て見ぬ振りをし、二度と及川先輩に会わないことを誓った。まさかその誓いが数ヶ月後に破られようとはその時は思ってもみなかったのだった。



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