大事にしたい君だった


俺には幼馴染がいた。あいつが奏でるピアノの音は誰よりも綺麗だった。あの場で信じられるのはあいつとあいつのピアノの音色だけ。俺の唯一の憩いの場。だが、成長するにつれ、俺がこれから生きていく場所とあいつが生きていく場所は全く違うのだと理解した。あいつにはこのまま温室のような温かい場所で生きてほしい。それが俺の願いだ。だからあいつには何も言わずに日本に来た。いっそ酷いやつだと憎んでほしい。俺を嫌ってほしい。これは俺のエゴでしかない。

「今日、転校生が来るらしいよ。」

「そうなんすか!生意気な奴だったらシメましょうね!」

「いやそんなことしなくていいから!」

転校生など何の興味もなかったが、10代目に仇をなす者なら容赦なく打ちのめそうの決めた。しかし、2-Aに来たのは女だった。それも俺のよく知っている。

『みょうじ、なまえです。よろしくおねがいします。』

嘘だ、何故彼女がここに。ここにいるはずのない幼馴染が大切にしていた長い髪を切って自分の目の前にいる。そんな現実を受け止め切れずにいた。だが確かにあれはなまえだ。

昼休みになるとなまえは10代目に声を掛ける。俺なんて目もくれず、彼女は10代目と教室を出てしまった。黙って出てきた手前、彼女に話しかける資格もない俺は頭をがしがしとかいて教室を出た。こっそりと10代目となまえの後を追いかけると、屋上へとついた。ドアを少し開け、2人の様子を見ていると何か話している。

「!」

何故かなまえは手にナイフを後ろに隠して持っていた。まさかと思い俺はドアから屋上へと出る。振り下ろされた腕を掴み、間一髪10代目にナイフが刺さることはなかった。

「ごっ獄寺君!?」

「何やってんだ!!」

『隼人…、離して。』

グッと力を込めてきたナイフを持つ手を力強く掴むと、その手からナイフは落ちていく。未だに10代目を睨むなまえの行動の真意が読めなかった。

『貴方がいるから、』

「?」

『貴方がいるから隼人は帰ってこないの。』

「なっ!何言って…、」

彼女の大きな瞳からぽろぽろと涙が零れ落ちる。掴んでいた腕を離すと、彼女は脱力しその場に座り込んだ。

「ご、獄寺君の知り合いなの?」

「幼馴染っス。イタリアにいたはずなんすけど…、」

『貴方を殺せば、隼人は帰ってくる。隼人を返して。貴方にはファミリーがいるんでしょ。』

幼馴染であるなまえが泣いているのを見たのは初めてだった。いつも慈愛に満ちた笑顔で俺を包み込んでくれていた。俺ばかりが支えてもらっていると思っていたんだ。だが、それはどうやら違ったらしい。今目の前にいるのは、あまりにも弱いただの女だった。

『私には、隼人しかいないの。お願い、返して。お願い、』

何故平気だと思ったのだろうか。俺がいなくてもこいつなら平気だと何故思ったのだろうか。触れてしまえば簡単に壊れてしまいそうななまえ。

「なまえ、俺は10代目のそばで生きていくと決めた。お前のそばにはいられねぇ。黙って出ていって悪かった。」

『っ、や、やだ。帰ってきてよ隼人。』

「…………すまねぇ。」

「ま、待って!!」

「10代目…、」

「少し可哀想じゃないかな…、ふ、2人の問題なんだけど!ていうか俺が間接的に悪いみたいなんだけど!でも…こんなにも獄寺君を思ってるのに、突き放すのはやっぱり違うと思う。だから、」

まさか俺にイタリアに帰れというのだろうか。グッと拳を握り、10代目の言葉を待つ。

「君も、ここにいることは出来ないかな…?」

『!!』

「10代目!?」

「獄寺君を追いかけてここまで来たんだだよね。それって誰にでも出来ることじゃないと思う。」

「ダメツナにしてはいい考えじゃねーか。」

「リボーン!!」

どこからか現れたリボーンさんが、なまえのそばでなまえにハンカチを渡している。彼女はそのハンカチを素直に受け取り、頬に流れた涙を拭った。

「なまえ、お前ボンゴレファミリーに入らねえか?」

「リボーンさん!」

『ボンゴレ…?でも、私には力が…、』

「お前はボンゴレファミリーの次期ボスを殺そうとできる度胸があるじゃねえか。こんなこと簡単にできねーぞ。」

「リボーンさんやめてください!こいつにはマフィアの世界なんて似合わないんすよ!」

危険な目に遭わせたくない。そう思って置いてきたのに、これでは意味がなくなってしまう。

「これはなまえが決めることだ。どうすんだ?」

『私は…、』

もう彼女の答えは決まっている。そう感じさせる強い意志を感じた。真っ直ぐに俺を見る彼女は先ほどまでの弱い姿ではない。彼女は立ち上がって、俺から10代目に視線を移す。

『私は、隼人君の隣にいたい。強くなる、隼人君の隣にいても恥ずかしくないように強くなる。だから、私をボンゴレファミリーに入れてください。お願いします。』

「えええ!そんなお辞儀までしなくても!!顔を上げてみょうじさん!俺だってまだダメダメだし、ボスらしいところなんて一つもないんだ。だから俺の部下になるとかそういうのじゃなくて、友達になろう。」

『!!…………隼人が帰ってこない本当の理由がわかった気がする…。10代目、私を受け入れてくれてありがとう。さっきは刺そうとしてごめんなさい。』

「いいよいいよ!」

『隼人。』

なまえは俺の前に立ち、俺の手を握った。こんな小さい手だというのに、俺を追いかけて危険な世界に入ってしまった。

「勝手に決めやがって…、」

『ごめん、でも、隼人の隣にいたかったから。』

「髪、大事にしてたじゃねーか…っ、」

『切ったのは私の覚悟。髪よりも隼人の方がずっと大事だよ。』

「っばかやろぉ、」

涙を流しながら微笑む彼女は昔と何も変わらない。俺の大事にしたい幼馴染だった。

『強くなって、隼人を守るからね。』

「こっちの台詞だ、バカ女。」

もう一生離してなんかやらねえ。嫌だっていっても手放してなんかやらねえから、覚悟しろよなまえ。



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