還るべき場所へ

昔から人より色々なことが出来なかった。勉強も運動も。体も弱くてよく倒れていた。ああ、私はダメな人間なんだって何度も思った。

「ダメな人間なんていないのよ。人並み以上に努力しなさい。その努力は将来必ず貴女の力になるから。」

「諦めるのはまだ早いだろう?お前にはまだまだこれからがあるんだから。」

自分に誇れるところなんて無かったし、何をやってもダメダメな私を優しく包み込んでくれたのは両親。見捨ててくれた方がいっそのこと楽なのにと思ったけど、優しい両親の期待は裏切りたくなかった。両親が諦めてないのに、どうして私が諦めようとしているの?私にはまだやれることがある。出来ないなら人一倍努力すればいいんだ。力は与えられるものじゃない。自分で掴むものだから。

そう気付いた瞬間から私は変わった。出来ないと諦めていたことは、少しだけでも努力して、足りない力を補った。運動も勉強も人一倍努力をすれば、多少の時間は必要だったものの結果が付いてきたのだ。前に比べて学力も体力もついた。倒れることはだいぶ少なくなってきたし、頑張ることが何より楽しくなった。剣道と合気道は小さい頃から習っていて、どんなことよりも頑張りたいものだった。中学では剣道部に入り、高校では合気道部に入った。部活をやりつつ、習い事の方でも頑張っている。

幸せだった。小さい頃は生きる意味すらわからなかったのに、今では小さな喜びすら幸せだと感じる自分がいる。このままこの時が続けば良いのにと思った。

でも、この幸せが壊れるのは意外と早く迫っていたことに私は気づかなかった。異変に気付いたのは17歳になる一ヶ月前。

『お母さん。』

「なぁに?」

『最近体が重いの。風邪かと思ったんだけど、咳も鼻水も出ないし…。』

放課後の部活を終え、夜遅くに帰った時に体の異変についてお母さんに相談をした。私が異変について話せば、お母さんは驚いた顔をしたと思ったら、次は泣きそうなくらい悲しそうな顔をした。

「きっと疲れてるのよ。いつも頑張り過ぎなんだから。今日は早く寝なさい。」

そうやって諭すように言うお母さんに私は頷くことしか出来なかった。確かに最近は忙しかったのでロクな休みを取っていない。疲れているのなら休めばいい。無理に頑張ったところで空回りしてしまうのはわかっている。そう思ってその日は早くにベッドに入り、十分な睡眠をとった。

だけど、私の体の異変は良くなるどころか悪化する一方。しかし病院に行っても原因は不明で手の施しようが無かった。もうすぐ誕生日だと言うのに、私の体は一体どうしたと言うのだろう。

誕生日前日、ついに私は立つのも辛くなった。手足が鉛のように重い。食べ物も体が受け付けない。このまま死んでしまうんじゃないかって思った。ベッドで寝込んでいると両親が傍で泣いていた。

「ごめんね莉亜…っ!」

「ごめんなっ…!」

どうしてお母さんとお父さんが謝るんだろう。こんな体に産んでってことかな…。でも二人のせいじゃないのに。私はやっぱり出来損ないだったってだけ。

悲しいなぁ。二人にこんな顔をさせたいわけじゃないのにーーー。

そしてついに誕生日当日になった。私は携帯を手に取り、メールやチャットを開く。友人からたくさんのお祝いのメッセージが届いていて、この状況でも嬉しくなった。今日だけでも学校に行きたい。もう二度と友人には会えないかもしれないから。そう思ったら私はいてもたってもいられなくなった。思いたったらすぐ行動だ。私は制服に着替え、スクールバッグに最低限の荷物を入れて、リビングへ向かった。両親はきっと反対するかもしれないが、やはり一言言わないと。リビングのドアを開けようとしたが、中から少し言い合いのようなものが聞こえてドアノブから手を離した。

「もう時間は無いのよ!?」

「俺だってわかってるさ!!でもっ…これはあの子が生まれる前から決まっていたことなんだよ…!」

「だからってたった17年で莉亜がいなくなるなんて…っ、早すぎるわ…っ、」

お母さんとお父さんの言葉に持っていた携帯が手から抜け落ちた。

「「!!」」

私は震える手でリビングのドアを開ける。お母さんは泣いていた。お父さんはグッと拳を握っている。

『どういう…ことなの…?17歳でいなくなるって。私がこうなることを二人は知ってたの…?』

私の言葉に二人は唇を噛み締めていた。どうして二人共否定してくれないの。

『どうして!!どうして言ってくれなかったの!?』

「言えるわけないじゃない!たった一人の娘なのよ!?いなくなるなんて言えないわよ!!」

「母さん落ち着くんだ。莉亜、落ち着いて聞くんだ。お前は死ぬわけじゃないんだよ。」

『死ぬわけじゃない?立ってるのも、こうやって話すのもやっとなの!これで死ぬことじゃないって言うの!?死ぬなら死ぬってハッキリ言ってよ!』

苦しい。胸が苦しくてたまらない。もう嫌、何も聞きたくない。どうせ死ぬんだから何を聞いたって同じなんだ。

私はその場にいられなくなって、両親の制止の声を振り切って家を飛び出した。私は何のために生きてたの?死ぬことが決まっていた人生を精一杯生きてたの?

『ははっ…バカみたい…。』

私、楽しかったの。辛いこともたくさんあったけど、頑張ることが楽しかったの。

『幸せだった…のに…っ!』

奥歯を噛み締めて、重い体を止めた。下を向いて自分の足を見た。私はこうやってしっかり立ってる。こうやって真っ直ぐ立って生きてるのに。もう死ぬの?ここで終わりなの?嫌だ、死にたくない。もっと生きたいよ。

【八芒星を瞳に持つ者よ。】

『っ、誰…?』

【魂はあるべき場所へ。】

『魂…?』

頭の中で響く声に動揺を隠せなかった。ぎゅっとスクールバッグを抱き締めて辺りを見回す。もちろん誰もいなかった。

【汝をあるべき場所へ導こう。】

『何を…っ!?体が…!!』

指先から私の手は徐々に消えていく。身体中から白い鳥のようなものが溢れてきた。何が起きているのかわからないけど、一つわかるのは私は消えてしまうということ。

【さぁ、ルフが汝を導く。還れ、あるべき場所へ。】

『お母さんっ、お父さんっ!助けて!!』

「「莉亜!」」

もう体が半分以上消えている。私を見つけたお父さんとお母さんは消えかかっている私を抱き締めた。嫌だよ、まだ生きたい。やりたいことがたくさんあるのに。お父さんとお母さんとまだ一緒にいたい。

「莉亜…っ、ごめんなさい!本当は何度も言おうとしたの…でも言えなかった…っ!せっかく私達の娘として生まれてくれたのに…!」

「ごめんな、でもお前にはきっとこれからたくさんの出会いがある。辛いこともあるだろうけど、お父さんとお母さんはずっとおまえの味方だ。」

『お母さんもお父さんも何を言ってるの…?出会いって…。』

お母さんは私の顔を見た。泣きながら笑うお母さんは私の頭を撫でる。

「大丈夫よ、どんなことでも乗り越えられるわ。なんたって私達の娘なんだから。ね、お父さん。」

「ああ。俺達の自慢の娘だ。」

『嫌っ!お父さんお母さん!』

さらさらと崩れていく世界で、お父さんとお母さんは泣きながら笑っていた。時間切れと言うように、私の意識は光の中に飲み込まれた。最後の最後に行かないでくれと二人の声が聞こえたのは気のせいだろうか。

【おかえり。そして、ようこそ。】

【新しい世界へーーー。】