手を伸ばした先に
私はいつまで歩いているのだろう。まるで長い時間、ずっとこの階段を上っている気がするんだ。
『はっ!…あれ、ここどこ…?』
我に帰ればいつの間にか階段を上っていた。まるで何かに導かれたように。不思議な感覚だった。ここは何処か懐かしい感じがして、温かかった。階段の先を見れば眩しい光が見える。この先の何かに私は出会わなければいけない、そう思った。一気に階段を駆け上り、その頂上へのたどり着く。そこで目にしたのは、大きく青い巨人だった。
『あ、あ、』
「ようこそ、聖宮へ。」
にこり、と巨人は笑った。まるで私がここに来ることをわかっていたように。
『貴方は誰ですか…?』
「僕かい?僕は…ウーゴくんって呼ばれているよ。」
「ウーゴくん?さっきから誰と話して……えっ!?どうしてだい!?こ、ここに人が…!」
ひょっこりとウーゴくんの後ろから小さな少年が出てきた。その少年はギョッとしてこちらを見ている。
「この子は他の世界から来たんだよ、アラジン。」
「他の…世界?」
『あのっ、どうして私はここに連れてこられたんですか?家に帰してください…!』
「それは…出来ない。」
『どうしてですか!?』
どうして、私は家に帰りたいのに。ここは何処なの、聖宮って何、どうして私なの。聞きたいことはたくさんあるのに、うまく言葉が出てこない。
「おねいさん。」
『っ、あ…、何かなボク?』
「そんなに悲しそうな顔をしないでおくれ。おねいさんの悲しそうな顔を見ると、心臓の辺りが痛いんだ。」
『貴方はどうしてここにいるの?貴方もここに連れてこられたの?』
「僕はアラジンさ。うーん、僕はいつの間にかここにいた。おねいさんよりも、もっと前からここにいるよ。」
こんな小さな子供がここに閉じ込められているの?ここは一体どうなっているのだろうか。拉致監禁?
「でも寂しくないんだ、ウーゴくんもいるし、おねいさんだって来てくれたから!」
『っ、』
アラジン君は私よりずっと大人だった。私はこんなわけのわからない場所に連れてこられてパニックを引き起こしていたのに、長い間ここに閉じ込められているアラジン君は落ち着いていた。私ももっとしっかりしなきゃ。
『アラジン君、私は市瀬莉亜だよ。よろしくね。』
「うっ、うんっ!!よろしくね!!えーっと、莉亜おねいさん!」
『莉亜でいいのに。』
「じゃあ莉亜さん!』
お友達二人目だっ!って言いながら喜んでいるアラジン君はとても良い子だ。それなのにどうしてこんなところに閉じ込められているんだろう。
「莉亜、あまり時間がないんだ。よく聞いていておくれ。」
『は、はい。』
「まず君は少しだけ人と違う存在なんだ。」
『人間じゃないってことですか?』
「いいや、君は人間だよ。でも普通の人よりも特殊でね。黒き存在に狙われてしまう可能性が高いんだ。だから君が自分の身を守れる力をつけるまで、君の本来の力の半分は"彼"に預かっててもらっている。」
『"彼"って誰ですか。』
「君をここに導いた者、そして誰よりも君の味方だよ。名は"ミシャンドラ"。僕の古い古い友達さ。」
『その人を探せばいいんですか?』
「そう。そして僕の役目は君を送ることとこれを返すこと。」
ウーゴくんの大きな手には小さな宝箱のようなものがあった。それを手に取って開けてみると、キラキラと輝く八芒星が浮かぶ水晶玉のようなものだった。
「これは元々君のものだったんだ。」
恐る恐るそれに手を触れれば、さらに光を増し、私の体へと入っていった。その瞬間右目が熱くなるのを感じた。
『何…?』
「君が君である証さ。さぁ、新たなる旅立ちの時が来た。」
ウーゴくんの頭の上には大きな扉が現れた。その扉はゆっくりと開く。
「莉亜さん!」
『アラジン君っ!一緒に行こう…!』
「ダメなんだ、僕はウーゴくんを一人に出来ないっ、でも…また会えるかい!?」
『会えるよっ!絶対に会う!だって…友達だもんっ!』
「!!うん…っ!」
「さぁ、お行き!心優しく気高い少女よ!どうか、この子にルフのご加護を…!」
吸い込まれるように私は扉の中へと入っていく。しかしちょっと待ってほしい。ウーゴくんの言うミシャンドラさんは何処にいるんですか。
「あ、向こうに行ったらここに来たことは忘れてしまうからね。アラジンに会えば思い出せるから安心しておくれ。」
『ちょ、ウーゴくん!まっ、』
待って、と言い終わる前に私は扉の中へと吸い込まれてしまった。扉はそのままパタンと閉じて消えてしまう。重要なことを何一つ聞いてはいない。私は一体何処に飛ばされるんですか。なんて思っていると何だか息苦しくなんてきた。まるで水の中にいるような感覚に陥る。いや、感覚などではない。私は水の中にいるんだ。苦しい、暗い、助けて。ゴポリと莉亜の口から空気が出る。その空気は上へ上がっていき光へと消えていった。
「(光…?)』
気が付いたら小さな光が莉亜の真上に。きっとあそこが出口に違いない。莉亜は足を交互にバタつかせ、水をかき分けて上へと泳いだ。そう言えば体がとても軽い。手足を動かせば信じられないくらい進む。まるで水を得た魚のような気分だ。しかし莉亜の肺はもう限界だと悲鳴をあげている。
死にたくない。まだ生きたい。手足を動かせ。足掻いてみせろ。酸素を。太陽を。
手を伸ばせ−−−−。
バシャンと水飛沫を立てて莉亜は空へと舞った。水飛沫が太陽の光を反射してキラキラとしている。その姿は何とも美しく、まるで人魚のようだった。
やっと外に出ることが出来た、そう思った莉亜だったが、彼女はまた水の中へ戻ってしまう。慣れないことをしてしまったおかげで体が力尽きてしまったのだ。
ああ、今度こそ死ぬかもしれない。そう思った矢先、誰かが水の中に飛びこんできた。ぼやぼやと霞む視界の中、私は意識を失ってしまった。目が覚めたらお父さんとお母さんに会えますように。そんな無駄な願いを思いながら。