これを奇跡と言うならば、

*シンドバッドside*


「シン!あまり先々進まないでください!何かあったらどうするんですか!」

そう言って青筋を立てて物凄い剣幕で説教をしてくるジャーファルに心配のし過ぎだと笑っておいた。

「なんだか今日は新しい冒険の予感がするんだよジャーファル。」

「貴方自分の立場をわかっているのですか。シンはもう立派な一国の王様、いつまでもそんなことを言われても困りますよ。」

「わかってるよ。少しの息抜きだと思って見逃してくれ。」

遠征先の小さな村の外れに伝説があると聞いた。それに興味を持った俺はジャーファルと複数の兵士を連れて、森奥の泉を目指して歩いてきたのだ。

俺が惹かれた伝説と言うのは、その村の近くの森の奥にある泉には奇跡が起きると言う伝説。ただの迷信かもしれない。だが、俺は何故かどうしても行ってみたいと思った。ジャーファルを必死に説得し、晩に書類整理をすると言う条件で泉を目指すことが出来た。村の近くの森は何とも神聖な空気が流れていた。不思議な魔力を俺でも感じることが出来たのだ。またそれも俺の冒険心を駆り立てた。

「泉が見えてきたぞジャーファル。」

森の一番奥まで進めば、小さな泉が見えてきた。ここが伝説の泉だろう。この泉に近づくたび、自分の中の何かが反応しているのがわかった。チラリと横を見ればジャーファルも険しい表情をしている。

泉の麓まで近づき、泉の様子をしばらく見ていたが何も起きない。やはり伝説はただの迷信に過ぎなかったのだろうか。少し残念に思いつつ、泉の水に手を入れた。その瞬間、泉に大きな八芒星の光が浮かび始めた。

「シン!下がってください!」

一斉に武器を身構える兵士とジャーファル。輝きを放つ泉に俺は目を細めた。一体この泉に何が起こっているのだろうか。

「!!…何かくる…!」

泉の中から何かの気配を感じる。不思議な泉なため何が起こるか誰にもわからなかった。シンドバッドも流石に剣を構えた。

バシャンと水飛沫を立てて何かが泉から飛び出した。俺は世界の時が止まってしまったのでは無いかと錯覚したくらい、泉から飛び出したもの…いや、人に目を奪われた。少し体をそらし、美しく体の線が出ている。キラキラとした髪が揺れ、宝石のような瞳がまっすぐと空を見上げていた。人魚ではないのだろうか、そんなことを思いながらその少女から目を離せないでいた。ジャーファルや他の兵士もきっとその少女から目を離せないでいるだろう。少女は飛び上がってきたと思ったが重力に逆らうことなく再び泉の中へ戻っていった。

「っは!ついボーッとしてしまいました…今のは幻…?」

ジャーファルの言葉に疑問を持った。今のが幻?この泉には何が起こるかわからないわけじゃない。この泉で起こるのは奇跡だ。あの少女が飛び出してきたのは俺にとっての奇跡で、きっと俺のこれからの未来に重要な少女だったのかもしれない。このままあの少女は泉から上がってこないのか?いや、もしくは上がれない…。

「まずい!!」

「シン!?!?」

シンドバッドは慌ただしく泉の中へ飛び込んだ。ジャーファルが手を伸ばすが、それよりも先にシンドバッドは泉へと潜っていってしまったのだ。またあの王様は…と呆れて頭を抱えた側近はシンドバッドが泉から出てきた時にどうやって説教してやろうか考え始めたのだった。



「(いた…!)」

やはり先程の少女は泉の中で溺れていた。何故少女がこの泉の中へいたのかなんて後回しだ。とにかくこの少女を助けなければ。俺は細い腕をガッと掴み、自分の方へ引き寄せた。彼女の呼吸はもう限界みたいで、俺を写しているか写していないかわからない瞳がゆっくりと閉じてしまう。

目の前の少女が死んでしまう。助けねば。早く、迷っている暇はない。シンドバッドは少女の後頭部に手を添えて、更に距離を縮め少女の唇と自らの唇を重ねた。そしてゆっくりと息を送り込む。

「(死ぬな、君はまだ死んではいけない…!)」

何故こんなにも自分が必死になっているかわからなかったが、とにかく目の前の少女を助けたい一心だった。わずかに少女の瞼がピクリと動くのを確認し、唇を離した。すると少女は空気をゴポリと吐き出す。きっと共に水も吐き出したに違いない。俺は急いで少女と共に上へと泳いだ。

「ぷはっ!!」

「シン!!貴方は何を…!」

「説教は後だジャーファル!早く医者を!」

岸に上がり少女をその場で寝かせる。軽く頬を叩けば彼女は咳き込み更に水を吐き出した。重たそうに開かれた瞼から蒼い瞳をのぞかせた。しかしそれはまた閉じてしまったのだ。

彼女は一体何なのだろうか。何故この泉から出てきたのか。疑問は積もるほどあって、たくさん聞きたいこともあるのに、彼女をとにかく俺の国に連れて帰りたい気持ちが、何より強かった。

「まさか彼女を連れて帰るおつもりですか?」

「そのまさかだよジャーファル。色々聞きたいこともあるからな。」

「……………深追いはやめてくださいよ。」

「わかってるよ。」

彼女の白い頬に掌を滑らせながら、眠ってしまった彼女を見つめていた。