逃げ道すら見つからない

「殺せ。」

嫌だ、

「殺せ。」

嫌だ、

「殺せ。」

嫌だ、

「全てを闇に。」

「秩序のない世界に。」

お願いだからこれ以上奪わないでくれーーー。





『っ!!』

何かが弾けるように目が覚めた。嫌な夢を見たようで、おでこにはしっとりと汗をかいていた。まだ覚醒しない頭で辺りを見回せば知らない部屋のベッドで私は寝ていたようだ。私は死んだんじゃないの?一体ここは何処?色んな事が頭で混乱を招いた。

いや、落ち着かなきゃ。とにかくここが何処なのか確かめなければ。ただ下手に動いて自分の首を絞めるわけにはいけない。慎重に動こう。そう思いベッドから降りた。

そうだ、思い出した。私は水の中で力尽きていた。ぼんやりだがそこまでの記憶はある。確か誰かが手を伸ばしてくれたような…。そんなことを考えながら莉亜は部屋を歩き、何かわかることがないか調べた。ふと、窓が目に入った莉亜は、外を見ようと窓へ寄った。が、そこで信じられないものを見る。

『っ!?』

思わず声に出そうになった驚嘆の声をグッと抑えた。窓に映った自分に驚いたのだ。普段なら驚くことは何もない。そう普段なら。だが今は違う。窓に映ったのは、私であって、私ではない。長い髪をした私の姿だった。おかしい、私はショートヘアだったはず。なのに何故…。鏡はないだろうかと思い、部屋にあった小さな木製の引き出しを探ってみた。するとそこには少し煌びやかな装飾がしてある手鏡が中に入っている。恐る恐るそれを手に取り自分の姿を見た。

『う…嘘でしょ…。』

どうして、お願いだから嘘だと言って。こんなの違う。私じゃない。

鏡に映っていたのは白銀を主体とした毛先が藤紫色が入った長い髪に、毛先と同じ色の瞳の少女。これは酷い。こんな人間離れした姿になってしまった。顔つきは私なのに、髪と瞳の色が違うだけで別人のようだ。人体実験でもされたのだろうか。ならば殺される前に逃げるしかない。幸い体も拘束されてなかったし、一ヶ月前から体調が悪かったのが嘘のように体が軽い。とにかく早く逃げるために部屋のドアノブを握った。しかしその瞬間にドアの向こうで話し声が聞こえる。

「シン!また様子を見に行くのですか!?」

「ああ、一週間も眠っているんだ、心配だろう?」

いっ、一週間……?私は一週間も眠っていたの?男の人の口から出た驚愕の事実に私は言葉を失った。

「あまり深追いはしないでくださいと言ったでしょう!」

「まぁまぁ、ジャーファルだってあの少女のことが気になるだろう?」

「そうですね、あの女が敵なのか…。目が覚めて怪しいようだったら殺します。」

『っ!!!』

男の人の声はハッキリとしていて、本当に私を殺すのだとわかった。ダメだ、ここにいてはいけない。逃げなければ。震える足に鞭をうち、ドアから離れて窓に手をかけた。開けると同時にガタンと大きな音がしてしまう。

「今の音は…!?」

「あの少女がいる部屋からだ…!」

早く逃げろ、殺されてしまう。お父さんとお母さんの元へ帰るんだ。窓の外へ出て、芝生に足を下ろす。裸足だが今は気にしている場合ではない。莉亜は一目散に走った。ただあてもなく。

その頃シンドバッドとジャーファルは莉亜がいるはずの部屋のドアをあけた。しかしすでに莉亜は窓から逃げていたため、二人は思わず頭を抱えた。

「今の話を聞いていたのか…、」

「今あの女を逃すわけには行きません。捕まえますよ。…………いた、あそこです!!」

窓があいていたため窓から莉亜が逃げたのだと容易に想定出来たジャーファルは窓の外を見た。するとまだそんなに遠くない場所に莉亜が走っているのを視界に入れることが出来た。

「待て!!」

ジャーファルは莉亜を追いかけた。だが、莉亜の足は思ったよりも速く、このままでは追いつくことが、出来ないと判断した。



『(見つかってしまった…!)』

捕まってしまったあとの自分を想像し、恐怖に怯える莉亜はがむしゃらに走り続けた。後ろからは緑色の布を被った男の人と、紫色の髪をした男の人が追いかけてきている。しかしその足は早くはない。もしかしたら逃げ切れるかもしれない、そんな甘い考えが私の頭をいっぱいにする。

「あっ、マスルール!その女を捕まえてください!!」

やはり世の中は甘くなかった。私の前からは偶然通りかかったであろう少し濃いピンク色の髪をした男の人が、私を視界に入れた。後ろから追いかけてきている人の声を聞き、私に向かって一直線に走ってくる。その速さは異常だった。後ろには戻れない。前に進むしかないのに…!どうしたって彼を切り抜けなければ私は逃げることが出来ないだろう。ならば賭けるしかない。

私はグッと足に力を入れて真っ直ぐ彼に向かった。ピンク色の髪をした彼は素早く私に手を伸ばす。スローモーションとまではいかないが、私はそれを見切ることが出来た。サッと右に避ける。そして地を蹴り宙を舞った。彼の肩に一度手をつき、体を前に一回転させる。

『(やった…!)』

彼の後ろに着地し、そのまま走れば逃げ切れる、そう思ったその瞬間に、ガシリと左腕を掴まれ、そのまま捻られた。私が走り出すのと、彼が私の腕を掴むのでは、彼の方が早かったらしい。あまりの驚きに膝はかくんと地に着き、上半身は地面についた。

『うっ…、』

ギリギリと左腕を捻られて固定されてるためとても痛い。誰か助けて、なんて声すら出ないくらい恐怖が私を襲う。

「よくやりましたマスルール。」

「ッス。」

「おいおい、せめて座らせてあげてくれ。女の子なんだから。」

私殺されるんだ。やだ、死にたくない。お願い、お母さんとお父さんの元に帰りたい。

『おとー…さんっ…おか…さっ…助けてっ…!』

「「「!!」」」

恐怖と不安で目からボロボロと涙が出てきた。こんなところで死にたくない。死ぬのは怖い。

「っマスルール、離してやるんだ!」

「シン!!演技だったらどうするのですか!!」

「こんな器用に演技が出来てたまるか。…すまないお嬢さん。起き上がれるか?」

『ぐすっ…、』

ふと、ギリギリと捻られていた左腕が解放された。目の前には大きな手が差し出されている。その手の主を見れば、申し訳なさそうな顔をしていて少しだけ驚いた。それでも怖くて、私は差し出された手を使わずに自力で起き上がった。左腕が痛い。

「俺達は君を殺したりはしない。約束しよう。」

『………、』

そんなの嘘だ。だって、緑色の布を被ったお兄さんは私を殺す目で見ているもの。

「こら、ジャーファル。まだこの子は子供なんだ。」

「今のは子供の身のこなし方ではありませんでした。まだ信用するのは早いかと。」

この人達は何を言っているんだ。私は好きでここに来たわけじゃないのに。好きでここにいるわけじゃないのに。信用出来なければ追い出せばいいじゃないか。

「とにかくこんなところで話すのもな、宮殿へ戻ろう。立てるかい?」

紫色の髪をした男の人は再び私に手を差し出したが、また私はその手を使うことなく一人で立った。男の人は困ったように笑っていたけど、決して怒らなかった。そして私は結局逃げられず三人の後をトボトボとついていった。