運命か、奇跡か
「この世界にニホンと言う国は存在しないんだ。」
嘘だ、嘘だ、嘘だ。そんなはずない。だったら私は誰なの。私の生きてきた世界は、私の歩んできた軌跡は、全て無になってまうって言うの。
『…っ、』
ポロポロと涙が出てきた。ああもう、散々だ。死にたい。もう生きている意味すらない。これでは死んだも同然なのだから。
「莉亜…、まだ希望を捨てるな。とにかく状況を整理しよう。」
そう言ってそっと私の頬に手を添えた王様。頬に伝う涙を拭ってくれたのか。莉亜はシンドバッドの言葉に小さく頷き、今の状況の整理を始めた。
「まずここに来る前にいつもと違うこととかなかったか?」
『違うこと…、一ヶ月前から体調が悪くなりました。最初は疲れているのかと思ってゆっくり休むことに専念したんです。でもどんどん悪化したので、医者に診せに行きました。ただ…原因がわからないっていわれて…。誕生日当日には立つのもおぼつかない状態でした。』
「体調が悪くなる…か。当日の消えてしまう直前は何かあったか?」
『特に何も………あ、母と父がおかしなことを言ってました。』
「おかしなこととは?」
『16歳でいなくなると言っていました。最初はわけがわからなくて、死んでしまうのかと思ったんです。それで家を飛び出したら声が聞こえて…、その直後に体からルフが…。』
「莉亜のご両親はこうなることを知っていた…と言うことになるな。」
やっぱりお母さんとお父さんは知ってたのかな…。でもどうしてお母さんとお父さんは知っていたの?こんな現実ではありえないことが起こったのに。
「諸君、どう思う。」
「私の仮定はご両親が魔導士だった、と言うことです。」
「拾い子だったっつ仮定もありえるっすよね。誰かに託されたーとか。」
『そんな…、』
確かにその仮定はありえる。私は本当はお母さんとお父さんの子供では無かった。簡単に手放すことも出来るし、嘘をつくことも出来る。
「かっ、仮定だかんな!まだそうと決まったわけじゃ…、」
「この剣術バカ!!あんた何言ってんのよ!!そんなことあるわけないでしょ!」
『気にしないでください。私は大丈夫ですから…っ、』
無理して笑顔を取り繕う莉亜だが、周りには無理をしているのがバレバレだった。
「ここに来てからは何か変化したことは?」
『顔付きの変化は特にありませんが、髪と目…あと…は…その…体つき…?あ…、体調がとてもよくなりました。あと足も早くなったし、身体能力が上がったのかな…?』
「マスルール。莉亜の身体能力をどう思う。」
「足は普通の奴らとは違うと思うっス。あと動体視力と反射神経の良さ。ファナリス並。あとは体の頑丈さがどうか…ってとこッス。」
「ファナリスであるマスルールにそこまで言わせるとは…。」
『?』
「身体能力の上昇と身体の変化。両親の言葉に隠された謎。うん、この世界にはまだまだ不思議なことがいっぱいだな!」
子供のように目をキラキラさせる王様。もちろん私はそんな顔をしている余裕はない。とにかく帰れる方法を探しに行かなくては。
『あの…私は帰れる方法を探しに旅に出ます。とにかく動かないと何も始まりませんから。』
「お前一人で行くつもりか!?」
『?…そのつもりですけど…。』
まぁ何とかなるだろうという心持ちなのだが、やはり無理があるのか。ヒッチハイクとかして……ってここには車は無いか。
「君が一人で旅をするには無知過ぎる。」
『でも私は早く帰らなければ…。』
「それはわかっている。だが何も知らない状態で外に出るのは危険だ。」
王様の言うことは正しい。私はこの世界のことを何も知らないし、そもそも何も持ってない。旅をするには不十分な格好だし、三日で死ぬ自信はある。
「そこで君に提案だ。」
『は、はぁ…。』
「しばらくここにいなさい。食客として。」
『!?…それは出来ません。』
「何故だ?」
『だって…私はここにいても厄介な存在でしかありませんから。私自身、自分が何者なのかわからないのに…危険だと思わないんですか?ここは王様の国なのでしょう?』
「ああ、俺はこの国を守らなければならない。国民が何よりの宝であり、家族だ。だが、それは君も一緒。ここに来たからには莉亜も俺の家族同然なんだよ。」
初めてこの人を見たときは王様らしくないって思ったけど、うん、今でも王様らしくないや。こんな私に手を差し伸べるなんて変わってる。今の私には王様の笑顔が眩しすぎるんだ。ほら、貴方の優しさにまた涙が溢れそうになってしまう。
本当はね、不安でたまらないの。私はこれからどうなってしまうんだろう、とか。帰れるのかな、とか。やっぱり死ぬのは怖いから誰かに甘えてしまうの。
ごめんなさい、私もっと強くなるから。もっとこの世界のことを知るから。だからそれまで…
『よろしくっ…お願いします…っ、』
「ああ!」
差し出された手を、今度はぎゅっと掴んだ。その瞬間、周りにはルフが溢れ出す。そう、この瞬間から一人の王と一人の少女の運命の歯車が回り出したのだ。
どうか、この少女にルフのご加護があらんことを…。