距離が少し縮まった日の話


風紀委員になって数日、仕事にも大分慣れてきた。委員長の教え方が意外にも丁寧だったこと、そして業務内容が複雑ではなかったことが救いだった。私は見回りや取り締まりよりも、事務業務を任されている。まぁ、私のようなちんちくりんでは取り締まったところで無視されるし、誰も言うことを聞かない。それに私自身も事務業務の方が性に合っていた。だが応接室の来客用の机と椅子を借りて仕事をしているため、委員長と2人きりになることが多い。だからといって何かあるわけではないが、正直息がつまる。私がホッとできるとは彼が見回りに行った時しかない。それ以外は黙々と業務に取り組んでいる。

『委員長、データまとめおわりました…。確認お願いします…。』

「そこに置いておいて。」

『はい。』

委員長との心の距離が縮まれば少しは仕事もしやすくなるのかな。そういえば委員長のことを何も知らないな。知ろうと思ったこともないけれど。

『い、委員長って好きな食べ物何ですか?』

「無駄口叩いてないで働いて。」

『ひっ、すみません。』

私の勇気は一瞬で粉々になった。当たって砕けるとはこういうことか。私はしょんぼりしながら椅子に座り、積み上がってる書類の内容をパソコンに打ち込む。。チャレンジ精神はほどほどにしようと心に誓う。

「…ハンバーグ。」

『えっ、』

「手を止めないで。」

『あっ、はい。』

思わぬ返答に驚き委員長の方を向いた。すると彼は私をギロリと睨み、手を動かすように言った。私は慌てて視線をパソコンに向けて、打ち込みを再開する。

「君は好きな食べ物はあるの。」

『あ、甘いものが好きです。』

「ふぅん。」

『委員長は甘いもの、お好きですか?』

「嫌いではないかな。」

他愛のない話をした。誕生日、趣味、ハマっていること。話したのはほとんど私だったけれど、委員長は私の話に少し質問しながら相槌を打ってくれていた。ほんの少しだけだけど、委員長のことを知れたことが嬉しかった。

話しながらやった方が、俄然業務が捗る。私はどんどん書類を減らしていき18時頃には全ての書類を片付けた。

『委員長、確認お願いします。』

「………ん、いいよ。」

『何か他にありますか。』

「後は僕がやるから帰っていい。」

『そうですか………、あ、コーヒー淹れましょうか…?』

「…、」

やってしまった。私だけ仕事を終わらせて帰るのは申し訳なくて、コーヒー淹れましょうかなんて言ったら委員長は黙ってしまった。群れるのが嫌いな彼に踏み込み過ぎてしまった。

『す、すみません。出過ぎたこと言いました。』

「ミルクと砂糖はいらない。」

『…!っはい!』

私はマグカップを出して、コーヒーを淹れた。彼の仕事の邪魔にならないようそっと動きながら。マグカップから香るコーヒーの匂いが少しだけドキドキしていた心臓を落ち着かせてくれる。熱いカップを彼のデスクに置く。

『ここに置きますね。』

「ん。」

『そ、それじゃあ今日は失礼します。』

「そこに置いてある茶菓子、持って帰っていいよ。僕は食べないから。」

『え…?』

委員長が指を指した場所を見ると、マドレーヌやクッキーが一つ一つ包装されたものが入った菓子折りが置いてあった。

『じゃあ、クッキーいただきますね。』

私はチョコチップ入りのクッキーを手に取り、委員長にお礼を言って応接室を出た。家に帰ったらそのクッキーはやけに甘く感じて、幸せな気持ちになった。まだやっぱり怖いけど、明日も委員長と話せたらいいな。そう思った夜だった。


そんな距離が少し縮まった日の話。



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