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その日の任務は、はっきり言って異常だった。
警戒区域と通常区域の境界近くに大量のトリオン兵が出現し、他の場所を見回っていた隊員までそこに回す事態。
戦闘が終わった頃には、本来の交代時刻はとうに過ぎ、薄闇が広がりだしていた。

「なんだったのかな、今日の」

なまえが、肩から吹き出るトリオンを抑えつつ呟く。

「いくらなんでも、門開きすぎじゃなかった?」
「……なのにまたお前は」

なまえの怪我は、敵戦力が多かったせいでなく、すべて例の戦法によるもの。
途中までまったくの無傷だったのに、トリオン兵の追加がなくなった時点で不自然なほど負傷しだしたあたり、明らかに計算してやっているのだからタチが悪い。
俺が睨んだところで一向に何も思わないように、またあの笑顔を向けてくる。
思わずした舌打ちが通信に拾われて、狙撃地点にいる東さんから苦笑が飛んできた。

「秀次、まあそう苛々するなよ、な?」
「……はい」
「よし、じゃあなまえと集合地点まで戻ってこい」
「了解」

返事をした直後、真後ろで何か妙な音がした。
振り返ると、なまえが地面に突っ伏していて。

「何をしてるんだ……」

片腕が無いのと、脚を一部裂かれているのが倒れた原因らしい。
起き上がろうとしても、べたりと地面に戻るだけ。
溜息をつきながら、なまえの腕を掴む。

「一緒に戻ってこいと言われてるんだ、ほら」

だが、ここで起こしたところで、また転ぶんじゃないかという考えが頭を過った。
いちいち手を貸していたのでは、はっきり言って時間の無駄だ。

「……動くなよ」

なまえを座らせて、膝の裏と首の後ろに自分の腕を回す。
そのまま、抱えあげた。

「落ちたくないなら、腕を俺の首にかけてろ」
「う、うん」

素直に言われたとおりにしたのを確かめて、歩を進める。
時々靴にあたる瓦礫やトリオン兵の残骸が、今日の戦闘の激しさを物語っていた。
たまに地面に空いている窪みは、最近開発されたという炸裂弾のせいか。
この悪路、やはりなまえを歩かせなくて正解だ。

「おいてっちゃうって選択肢はなかったの?」

当の本人は、そんな考え、微塵もなさそうだが。

「東さんに、一緒に帰ってこいと言われた。お前の足じゃ無駄に時間がかかる。第一、ほぼ自力で動けない奴を放っておくほど非道じゃない」
「……律儀だね」
「またそれか」
「やっぱり嫌い、そういうところ」

だったら、嫌いな奴に素直に運ばれているのはどういうことだ。
だがそれを言うなら、自分にも同じような問をする破目になる。
これだけ傷を負っているのだから、ベイルアウトで本部に帰らせて、東さんたちには事情を説明してしまえばよかったんだ。
なぜそうする選択も、まして放っておく選択も、初めからなかったのか。
俺は、なまえが嫌いなのに。

「あら、随分仲良しになったのね?」
「仲が良いわけじゃない」

集合地点に着くや否や加古さんにからかわれ、意地のようにそう返して、なまえを降ろす。
ふらついたところを咄嗟に支えたせいで、また「ほら仲良いじゃないの」と言われてしまった。

「だから、」
「言い合いは戻ってからにしろ……そんな暇、無いだろうが」
「二宮さん、どういうことですか?」
「本部に戻ったら、すぐに開発室に来てくれって連絡があった。今日の門の開き方は明らかにおかしいから、現場に出てた隊員から直接話を聞きたいそうだ。というわけで、なるだけ早く行くぞ」

代わって言いつつ東さんが、開発室近くに出る通路の入り口を開ける。
未知の攻撃などを受けた際に、帰還してすぐ解析に回せるよう作られたらしいここを、実際に使うのは初めてだった。
それだけ今日の事態が特例、ということでもある。

「換装は解いていいらしいから、まあそこは好きにしてくれ」

東さんの視線の先には、換装を解いたなまえ。

「ついでだ、なまえはたっぷり絞られて来い。トリオン体とはいえ無茶のしすぎだ、何があるかわからないんだからって、いつもエンジニアの胃痛の原因になってる」
「……何かって、そうならないようエンジニアさんが頑張ってくれてるんでしょう?」
「人間のミスを完全にはなくせないし、そもそもトリオンやトリガー自体が未知のものなんだ。何があったって不思議じゃない」

地下通路に、足音と二人の会話が響く。

「隊員個々の考えはどうあれ、ボーダーの目的は三門市と街の人間を守ることだ。街の人間である隊員に何かあったら、本末転倒だろう?」

その本末転倒に至ることこそがなまえの目的なのだと、気づいた上で言っているのだろうか。
本人からそれを聞いたのは、この場では俺だけ。
けれど加古さんも危うさには気づいていて、何も言わないが二宮さんも恐らくはそうで、まして観察眼に長けた東さんだ。

「まあ俺からはこのくらいにしておく。もう開発室に着く頃だしな」

なまえは、何も言わない。それどころか、頷きも。
ただその目が、あの夢の海の色が、何度も瞬きをした。


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