1 眼下に見える、列を成す人影。 その丁度中間あたりには、数人がかりで抱えられた籠。 また、か。 いい加減に、理解できそうなものなのに。 吸血鬼が、天候をどうこうできるはずがない。 まして、それで人の生活を左右しようなどと考えるわけがない。 籠を降ろした集団が、何やら拝むような儀式をこの城に向かって始める。 だから、日照りなんて僕が知るわけないじゃないか。 「石田ぁ、どうすんだよアレ」 「どうって……直接害があるわけでもないからな……」 隣に立った黒崎が、派手な色の頭をかく。 その肩に乗った朽木さんも、腕を組んで嘆息を吐いた。 「麓の奴らめ……いつになればわかるのだ?ここに神などおらぬと言うのに」 「その通りだけどね。多分、彼らは拠り所が欲しいだけなんだよ」 自分たちの力ではどうにもならないこと。 無力さを、ただ紛らわすための儀式。 人影がまた列を成して戻っていくのを見届けて、思案する。 あとに残された籠、延いてはその中身をどうするか。 前回まではなんやかんや引き取って、数日分の食事に回したりなんかしたけれど、受け取ること自体が、彼らにこの儀式を繰り返させる原因なのだろうか。 だとしたら、いっそ放っておいたほうがいいかもしれない。 いや、この辺りは夜が更ければ、狼なんかも出てくる。 食い荒らされたら、片付ける手間ができてしまう。 まさか、返しに行くわけにはいかないし。 一応は、恐れられている存在なんだから。 「どうしようか……」 「貰おうよ、石田くん。村の人たち、自分たちの食べるものを、わざわざ持ってきてくれたんだよ? もったいないし、申し訳ないよ」 横から他の数人も、賛成と声を上げる。 あれ、前もこんな感じで押しきられた気がするんだけど。 決まってしまったものは仕方ないから、城の階段を降りて、門を出た。 置き去りになっていた籠の覆いを取って、中身を改める。 いつも通り、果物、酒類(約1名しか飲まない)、穀類、それから、見慣れない編み籠が1つ。 人一人は入れそうな編み籠にも、同じように布が掛かっていたから、それを取る。 見えた中身に、息を呑んだ。 小さく折り畳まれて、手足と目元には贈り物のようにリボンが巻かれ、真っ白な服を着た………… 「ひと……?」 人形にしてはリアルすぎるうえに、微かに呼吸の音がする。 「き、君、大丈夫かい!?」 手と目元のリボンを解いて、窮屈そうな籠から抱き上げる。 触れてわかった、女性だ。 「……吸血鬼、さま?」 か細く、尋ねる声。 「吸血鬼様のお食事になるようにと捧げられました」 指をついて、流れるように頭を下げる。 やはりこの人も、"捧げ物"だったのか。 「どうぞ、ご自由に」 よく見れば、僕と(ひとまず外見は)変わらないくらいの年。 つかれた指は痩せ細っていて、抱えたときも、軽かった。 服に勝るとも劣らないほど白い肌は、むしろ蒼白。 一言で言えば、あまり良い生活をしてきたとは思えない姿だった。 村が、裕福でないにしてもだ。 「悪いけど、僕は人間の血はいらない」 そう告げれば、うちひしがれた顔をした。 「そんな、私、じゃあ」 「別に取って食いやしないさ。村に戻ると良い。誰か、君を待ってる人がいるだろう?」 「…………いないですよ」 膝の上で、真っ白な拳が震える。 「誰も、待ってなんかいない。一人ぼっちです」 だから、私を殺してください。 そう言って彼女は、また頭を下げた。 |