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眼下に見える、列を成す人影。
その丁度中間あたりには、数人がかりで抱えられた籠。
また、か。
いい加減に、理解できそうなものなのに。
吸血鬼が、天候をどうこうできるはずがない。
まして、それで人の生活を左右しようなどと考えるわけがない。
籠を降ろした集団が、何やら拝むような儀式をこの城に向かって始める。
だから、日照りなんて僕が知るわけないじゃないか。

「石田ぁ、どうすんだよアレ」
「どうって……直接害があるわけでもないからな……」

隣に立った黒崎が、派手な色の頭をかく。
その肩に乗った朽木さんも、腕を組んで嘆息を吐いた。

「麓の奴らめ……いつになればわかるのだ?ここに神などおらぬと言うのに」
「その通りだけどね。多分、彼らは拠り所が欲しいだけなんだよ」

自分たちの力ではどうにもならないこと。
無力さを、ただ紛らわすための儀式。
人影がまた列を成して戻っていくのを見届けて、思案する。
あとに残された籠、延いてはその中身をどうするか。
前回まではなんやかんや引き取って、数日分の食事に回したりなんかしたけれど、受け取ること自体が、彼らにこの儀式を繰り返させる原因なのだろうか。
だとしたら、いっそ放っておいたほうがいいかもしれない。
いや、この辺りは夜が更ければ、狼なんかも出てくる。
食い荒らされたら、片付ける手間ができてしまう。
まさか、返しに行くわけにはいかないし。
一応は、恐れられている存在なんだから。

「どうしようか……」
「貰おうよ、石田くん。村の人たち、自分たちの食べるものを、わざわざ持ってきてくれたんだよ? もったいないし、申し訳ないよ」

横から他の数人も、賛成と声を上げる。
あれ、前もこんな感じで押しきられた気がするんだけど。
決まってしまったものは仕方ないから、城の階段を降りて、門を出た。
置き去りになっていた籠の覆いを取って、中身を改める。
いつも通り、果物、酒類(約1名しか飲まない)、穀類、それから、見慣れない編み籠が1つ。
人一人は入れそうな編み籠にも、同じように布が掛かっていたから、それを取る。
見えた中身に、息を呑んだ。
小さく折り畳まれて、手足と目元には贈り物のようにリボンが巻かれ、真っ白な服を着た…………

「ひと……?」

人形にしてはリアルすぎるうえに、微かに呼吸の音がする。

「き、君、大丈夫かい!?」

手と目元のリボンを解いて、窮屈そうな籠から抱き上げる。
触れてわかった、女性だ。

「……吸血鬼、さま?」

か細く、尋ねる声。

「吸血鬼様のお食事になるようにと捧げられました」

指をついて、流れるように頭を下げる。
やはりこの人も、"捧げ物"だったのか。

「どうぞ、ご自由に」

よく見れば、僕と(ひとまず外見は)変わらないくらいの年。
つかれた指は痩せ細っていて、抱えたときも、軽かった。
服に勝るとも劣らないほど白い肌は、むしろ蒼白。
一言で言えば、あまり良い生活をしてきたとは思えない姿だった。
村が、裕福でないにしてもだ。

「悪いけど、僕は人間の血はいらない」

そう告げれば、うちひしがれた顔をした。

「そんな、私、じゃあ」
「別に取って食いやしないさ。村に戻ると良い。誰か、君を待ってる人がいるだろう?」
「…………いないですよ」

膝の上で、真っ白な拳が震える。

「誰も、待ってなんかいない。一人ぼっちです」

だから、私を殺してください。
そう言って彼女は、また頭を下げた。


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