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見慣れた、大きなベッド。
そこに横たわる雨竜様の額に、絞った濡れタオルを置く。
薄く開いた目が、いつもと真反対の緋に光った。

「もうすぐ、ウラハラさん?をお呼びするそうです。それまで少しお待ちを」
「平気だっていうのに……皆、気にしすぎだ」

上げようとした頭が、ふらついて枕に再び沈む。
苦しげに伏せられた緋い目の下は、真っ黒だ。
どうして。きちんと眠っているはずなのに。

「雨竜様、今は休んでください」
「……ごめん、なまえ、手間取らせて」
「手間なんかじゃありませんよ」

ずり下がった寝具を肩までかけ直すと、後ろでノックの音がした。

「なまえさん、浦原さんが来たから、少しお話しいい? 石田さんの様子は私が見ておくから」
「はい、お願いします雛森さん」

一礼して、寝室を出たすぐ先。
真正面の廊下の窓枠に、知らない人が腰かけていた。

「どーも、アナタがなまえサンで?」
「は、はい……」
「別に怪しいものじゃないんスよ、浦原喜助と申します。人間界で生活するモンスターの皆さんの手助けを仕事にしてまして」

この人が、浦原さん。
浦原さんは窓枠から降りると、ストライプ柄の帽子を取って、深々と頭を下げた。

「それでまぁ、石田サンが倒れられた経緯とか、色々伺ってもよろしいですか? 対処が変わってきますんで、なるだけ詳しく」

――――――――――――――

昨日の話。
塔にある図書館で、本棚から本を取ろうとしていたときのことだ。
高いところの本を引き抜いて、勢いあまって後ろに倒れたのを、雨竜様に受け止められた。
「大丈夫?」
「はい、すみません……」
「いいよ、頭でも打ったら大変だしね」

見上げた顔は、相変わらず不健康な白。
日に日に体調が悪化していくように見える雨竜様に、私が何か出来ることはないかと、吸血鬼に関する本を探していたのだ。

「随分分厚い本だな……こんなのがあったのか」
「あまり読まれてないようですね、ページが草臥れてませんから」
「僕もこの辺りは見ないからね」

雨竜様が読んでいないなら、他に図書館を使う人は少ないから、読まれていないのも納得できる。
椅子に座って、さっそくページを1枚めくってみた。
途端に、指に鋭い痛み。

「いっ……たぁ」

人指し指に細く浮き上がる、赤い線。
新品のままに近しい紙で、切ってしまったらしい。

「なまえ? どうかした?」

少し離れた棚の前にいた雨竜様が、私のところに戻ってきた。
血の筋を、レンズ越しの目が捉える。
見開かれた青色に、慌てて、言葉をかける。

「大丈夫です、少し切っただけですから」

そんなに心配なさらず、という意味を込めて振った手首を、雨竜様の手が掴んだ。

「雨竜様?」
「……だめ、だ」

小さな切り傷とはいえ放っておくな、ということだろうか。
ぎゅう、と握り締められた袖に、皺がよっていく。
込められた力が、痛いと思う強さになってようやく、何かがおかしいと気づいた。
顔を伏せた雨竜様は、肩で息をしている。
時折、呻く声もこぼれて、明らかに普通の状態じゃない。
決定的なのは、覗き込んで見た瞳の色だった。
緋色。
何より先に血を連想させるような、暗い緋。

「雨竜様、どうかされましたか!?」
「っ……腕、痛いだろ。ごめん、離すから、早く」

その先を口にすることなく、雨竜様の体が傾ぐ。
支えきれるはずもなくて、私も巻き添えに、冷たい床に倒れ込んだ。
したたかに打ち付けた頭が、ふらふらする。
けれど何より、雨竜様のことだ。

「雨竜、さま」

私が下敷きになっているから、体を打ってはいないはず。
相変わらず荒い呼吸が、耳にかかる。
その息も、手も、どこもかしこも熱い。

「っ、ごめんなさい」

押し退けるようになんとか這い出て、雨竜様を仰向けに寝かせる。
額に触れれば、やっぱり高熱があるようだった。

「誰か、呼んで参ります。それまで……」

聞こえているかはわからない。
図書館を飛び出して、階段を駆け降りて、雛森さんを見つけるまで、どれほど時間が経ったのかもわからなかった。

――――――――――――――

「なぁるほど……」

一通り話し終えると、浦原さんが考える素振りを見せる。
ぽつりと、あれじゃダメだったか、と呟く声が聞こえた。
あれ、が何を指すのかはさっぱりわからない。
なんとなく、それが雨竜様の体調に関わっていたんだろうと察した。

「目が緋色になったってのは本当なんスね?」
「はい。さっきもまだ……」
「そうっスか……」

無精髭を掻きながら、帽子の下の目が細められる。
大きく息を吐いて、一段低い声で浦原さんが切り出した。

「石田サンの症状は、極度の血液不足です。最近は吸血鬼も、無差別に人から血を吸うようなことはしにくいんスよ。けれど当然、生きるためには血……というより、そこに含まれる人間の生体エネルギーが必要になる」
「はい」
「それでアタシは、人間の生体エネルギーに近いものを持つ物質を使った薬品――言うなれば代替血液を、人間界で生活する吸血鬼にお渡ししてたんス。石田サンが一番長く服用してらっしゃるんですが……」

おそらくその代替血液が、さっき呟いていた"あれ"なんだろう。

「使い続けるうちに効用が薄まった、ってことっスかねぇ……」

薬なのだから、当たり前といえば当たり前かもしれない。

「瞳が緋色になったのも、不調も、すべて血液不足のせいです」
「……雨竜様は、これから」

勝手に、声が震える。
考えたくもない結末が浮かんで、必死にそれを掻き消した。

「薬品の成分を変えれば、石田サンの身に危険が及ぶでしょう」
「他の生き物の血では、駄目なんですか?」
「生体エネルギーの量が桁違いっスからねぇ。人間の血液10mlに対して、ウサギの血液丸々200羽分以上……永劫それで生きてくってのは非現実的っス」

つまり。

「人の血を吸って頂くしか、方法はありません」

『吸血鬼雨竜の目が極度の血液不足で赤くなる』という設定は、Twitterフォロワー様から提供していただきました。使用の快諾、ありがとうございました!!


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