4 見慣れた、大きなベッド。 そこに横たわる雨竜様の額に、絞った濡れタオルを置く。 薄く開いた目が、いつもと真反対の緋に光った。 「もうすぐ、ウラハラさん?をお呼びするそうです。それまで少しお待ちを」 「平気だっていうのに……皆、気にしすぎだ」 上げようとした頭が、ふらついて枕に再び沈む。 苦しげに伏せられた緋い目の下は、真っ黒だ。 どうして。きちんと眠っているはずなのに。 「雨竜様、今は休んでください」 「……ごめん、なまえ、手間取らせて」 「手間なんかじゃありませんよ」 ずり下がった寝具を肩までかけ直すと、後ろでノックの音がした。 「なまえさん、浦原さんが来たから、少しお話しいい? 石田さんの様子は私が見ておくから」 「はい、お願いします雛森さん」 一礼して、寝室を出たすぐ先。 真正面の廊下の窓枠に、知らない人が腰かけていた。 「どーも、アナタがなまえサンで?」 「は、はい……」 「別に怪しいものじゃないんスよ、浦原喜助と申します。人間界で生活するモンスターの皆さんの手助けを仕事にしてまして」 この人が、浦原さん。 浦原さんは窓枠から降りると、ストライプ柄の帽子を取って、深々と頭を下げた。 「それでまぁ、石田サンが倒れられた経緯とか、色々伺ってもよろしいですか? 対処が変わってきますんで、なるだけ詳しく」 ―――――――――――――― 昨日の話。 塔にある図書館で、本棚から本を取ろうとしていたときのことだ。 高いところの本を引き抜いて、勢いあまって後ろに倒れたのを、雨竜様に受け止められた。 「大丈夫?」 「はい、すみません……」 「いいよ、頭でも打ったら大変だしね」 見上げた顔は、相変わらず不健康な白。 日に日に体調が悪化していくように見える雨竜様に、私が何か出来ることはないかと、吸血鬼に関する本を探していたのだ。 「随分分厚い本だな……こんなのがあったのか」 「あまり読まれてないようですね、ページが草臥れてませんから」 「僕もこの辺りは見ないからね」 雨竜様が読んでいないなら、他に図書館を使う人は少ないから、読まれていないのも納得できる。 椅子に座って、さっそくページを1枚めくってみた。 途端に、指に鋭い痛み。 「いっ……たぁ」 人指し指に細く浮き上がる、赤い線。 新品のままに近しい紙で、切ってしまったらしい。 「なまえ? どうかした?」 少し離れた棚の前にいた雨竜様が、私のところに戻ってきた。 血の筋を、レンズ越しの目が捉える。 見開かれた青色に、慌てて、言葉をかける。 「大丈夫です、少し切っただけですから」 そんなに心配なさらず、という意味を込めて振った手首を、雨竜様の手が掴んだ。 「雨竜様?」 「……だめ、だ」 小さな切り傷とはいえ放っておくな、ということだろうか。 ぎゅう、と握り締められた袖に、皺がよっていく。 込められた力が、痛いと思う強さになってようやく、何かがおかしいと気づいた。 顔を伏せた雨竜様は、肩で息をしている。 時折、呻く声もこぼれて、明らかに普通の状態じゃない。 決定的なのは、覗き込んで見た瞳の色だった。 緋色。 何より先に血を連想させるような、暗い緋。 「雨竜様、どうかされましたか!?」 「っ……腕、痛いだろ。ごめん、離すから、早く」 その先を口にすることなく、雨竜様の体が傾ぐ。 支えきれるはずもなくて、私も巻き添えに、冷たい床に倒れ込んだ。 したたかに打ち付けた頭が、ふらふらする。 けれど何より、雨竜様のことだ。 「雨竜、さま」 私が下敷きになっているから、体を打ってはいないはず。 相変わらず荒い呼吸が、耳にかかる。 その息も、手も、どこもかしこも熱い。 「っ、ごめんなさい」 押し退けるようになんとか這い出て、雨竜様を仰向けに寝かせる。 額に触れれば、やっぱり高熱があるようだった。 「誰か、呼んで参ります。それまで……」 聞こえているかはわからない。 図書館を飛び出して、階段を駆け降りて、雛森さんを見つけるまで、どれほど時間が経ったのかもわからなかった。 ―――――――――――――― 「なぁるほど……」 一通り話し終えると、浦原さんが考える素振りを見せる。 ぽつりと、あれじゃダメだったか、と呟く声が聞こえた。 あれ、が何を指すのかはさっぱりわからない。 なんとなく、それが雨竜様の体調に関わっていたんだろうと察した。 「目が緋色になったってのは本当なんスね?」 「はい。さっきもまだ……」 「そうっスか……」 無精髭を掻きながら、帽子の下の目が細められる。 大きく息を吐いて、一段低い声で浦原さんが切り出した。 「石田サンの症状は、極度の血液不足です。最近は吸血鬼も、無差別に人から血を吸うようなことはしにくいんスよ。けれど当然、生きるためには血……というより、そこに含まれる人間の生体エネルギーが必要になる」 「はい」 「それでアタシは、人間の生体エネルギーに近いものを持つ物質を使った薬品――言うなれば代替血液を、人間界で生活する吸血鬼にお渡ししてたんス。石田サンが一番長く服用してらっしゃるんですが……」 おそらくその代替血液が、さっき呟いていた"あれ"なんだろう。 「使い続けるうちに効用が薄まった、ってことっスかねぇ……」 薬なのだから、当たり前といえば当たり前かもしれない。 「瞳が緋色になったのも、不調も、すべて血液不足のせいです」 「……雨竜様は、これから」 勝手に、声が震える。 考えたくもない結末が浮かんで、必死にそれを掻き消した。 「薬品の成分を変えれば、石田サンの身に危険が及ぶでしょう」 「他の生き物の血では、駄目なんですか?」 「生体エネルギーの量が桁違いっスからねぇ。人間の血液10mlに対して、ウサギの血液丸々200羽分以上……永劫それで生きてくってのは非現実的っス」 つまり。 「人の血を吸って頂くしか、方法はありません」 『吸血鬼雨竜の目が極度の血液不足で赤くなる』という設定は、Twitterフォロワー様から提供していただきました。使用の快諾、ありがとうございました!! |