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浦原の手を取った、すぐ翌日。
久方ぶりに陽の光を浴びたと思えば、また別の缶詰め生活が待っていた。
衛生・栄養状態があまり良いとは言えない環境にいたことを考慮し、四番隊に入院させられたのだ。
知るものが何もない、白一色の個室。
それとあの場所の何が違うのかと憤りもしたが、終わりが見えているだけマシだと思えた。
結局、絶飲絶食のせいか、他の元囚人たちより回復に時間がかかり、ひと月半は無駄な時間を過ごすことになったが。
そのひと月半の、最後の夜。
これまで一切姿を見せなかった浦原が、病室に現れた。

「どーも、元気っスかー?」
「……ふざけてるのか」
「やだなぁ大真面目ですよ? 元気そうで何より」

何やら分厚い資料を、失礼しますねーと言いつつ手近な机に置いて、これまた手近な椅子に腰かける。
さて、と切り出した瞬間に、纏う雰囲気が変わった。
今さらながら、この男は隊長格なのだと思い知る。
張り詰めた気配に、思わず背筋が伸びた。

「卯ノ花隊長に確認しました。もう十分、霊力も体力も元通りだそうで」

話の流れは、もう読めた。
退屈からやっと、解放されるのだ。

「みょうじなまえサン、アナタを明日から正式に、十二番隊十五席として迎えます」
「……席官? 良いのか、勝手に」

少々予想を外れた展開に、素直に疑問が湧く。
以前に所属していた隊では、席次を貰うより前に蛆虫の巣へ入れられた。
席官でもなかった、まして元危険人物が突然着任すれば、隊士の反対は必定だ。

「アナタの実力と、隊の均衡その他の事項を踏まえての任命っス。元々前任はかなり前に移隊してまして、空席のままだったんスよね」
「お前が問題なくても、他の奴らは」
「あら、そんなこと気にしておいでで? 大丈夫っスよ。何かあっても、ボクがきっちり守りますから」

一瞬、表情と声が隊長としてのそれから、個人のものになる。
なんでそんな顔をするんだと問いかけそうになって、口を噤んだ。
自分の選んだ人間が攻撃されるような事態は、こいつにとっても気分の良いことではないだろう。だから守る、恐らくそういう理由だ。

「……わかった、引き受ける」
「そりゃよかった。断られたらどうしようかと」
「断らせる気がない癖に、何を言っているんだか」
「ありゃ、バレてました? 色々美味しい話で釣ろうと考えてきたんスよね」

悪びれる様子もなく、唇を吊り上げる浦原。

「あんな勧誘を掛けてきたんだ。お前のやり方くらい予測できる」
「おっそろしいっスねぇ」
「馬鹿にしてるのか」
「してませんて。ともかくなまえサン、期待してますよ」
「当然」

うまく笑えたかどうかはわからない。
自分なりに笑い返してやったところで、病室の扉が開いた。

「浦原隊長? 約束の10分は過ぎましたよ?」
「あ……う、卯ノ花、隊長」

穏やかな笑みの下から、「話を終われ」と無言の圧力がかけられる。
後で知ったが、かなり無理を言って、通常の面会時間を過ぎてから、どうしても10分だけ、と許しを得たらしい。

「す、スイマセン……すぐ出ますんで。あ、なまえサン、そこの資料、良かったら目を通しておいてください。明日の正午に迎えに来ますから」
「承知した」

ひらひら翻る白と、十二の字を見送る。

「……さて」

ひとりごちて、資料に手を伸ばす。
これくらいなら、半刻とかからずに読めるはずだ。
しかし1枚目の紙をめくった途端、視線を感じた。
出処は、まだ立ち去っていなかったらしい、卯ノ花隊長。

「みょうじさん? 明日から復隊でしょう?」
「……は、はい」

二の句を次がずに、笑顔を浮かべるだけ。
要するに、「早く寝なさい」と言いたいらしい。

「お、やすみなさい、卯ノ花隊長」
「はい、おやすみなさい。ゆっくりと」

結局、無言の圧力には勝てなかった。


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