2

「私のことは、なまえって呼んでください。よろしくお願いします」

はじめて合同部隊を組んだ日。
隊室で自己紹介をするなりそう言ったみょうじの笑顔が、姉さんと重なって見えた。
すぐに、それは錯覚だったと気づく。


A級隊員になれば、任務や招集で授業を抜けざるをえないこともある。
その分は追加課題の提出や非番の日の補習で補填するのが、ボーダーと提携校での取り決めらしい。
この日も放課後に入っていた補習を終わらせると、空が茜色になるような時間だった。
別にこれ以上長居する用もないから、人気のない廊下を早足で歩く。
その途中、ひとつの教室の様子が気になって、立ち止まった。
電気はつけられていない代わりに、カーテンのかかっていない窓から射し込む夕陽が、教卓の上に座る誰かの影を映している。
そこでふらふらと足を揺らがせているのは、みょうじだった。
こちらには気づいていないらしい、俯いた横顔に、なんとなく声を掛けるのがはばかられる。
元々、そんなに親しい仲でもない。
というより、見ていると苛立つくらいには嫌いだ。
無視して、また歩きだせばいい。
それなのに、目が離せない。
赤く染まる、白い服から。
どこを見ているのかもわからない、虚ろな瞳から。
体が、動かない。耳鳴りが、する。
音のない教室がその響きで満ちて、やがてそれが、するはずのない雨音に変わって。

「ねえ、さん、」

中途半端に履かれていたみょうじの上履きが、床に落ちた。
けたたましい音に、我に返る。

「三輪くん?」

いつの間にか、教室の中にいた。
それどころか、何故かみょうじの腕を掴んでいた。

「どうしたの?」

そう言って少し高いところから覗き込む表情が、声が、記憶を呼び覚ます。

「なんでもないよ、」

手を離した瞬間の自分の口調が、姉さんに対するそれと同じに崩れていたことにも気づかなかった。

「……三輪くん?」
「なんでもない、ただ、」

お前が姉さんと重なった、お前まで死にそうに見えた、なんて。
何も言えずにいると、みょうじが俺の手を取って教卓を降りて、上履きを履きなおし、すぐそばに置いていた鞄を肩に掛けた。
その間ずっと、手は握られたまま。

「おい、」
「手あったかいね、三輪くん」
「そうじゃない、いつまで握ってるつもりだ」
「あ……ごめん、つい癖で」

離れた温度は、教卓に乗せていたにしても冷たかった。
冷えた感覚が、なかなか指から消えない。

「……お前、どうしてこんな時間まで残ってたんだ。補習は受けてなかっただろう」
「……なんとなく?」

曖昧な返答とともにみょうじが見せた笑顔は、よく見なくとも姉さんに似てなんかいなかった。
虚ろな笑わない瞳と、綺麗に弧を描く唇。
その不均衡と、まだ残る冷たさがひどく不気味なものに思えて、寒くもないのに震えが走った。
やっぱり俺は、こいつが嫌いだ。



[戻る] / [Top]