1 月の明るい夜は、何をしても眠れない。 「なまえ」 同じように眠れないであろう人が、声を掛けてきた。 「こんな暑いのに、よぉ外出れるわ。入っとったほうがまだマシやろ」 「平子さんこそ、暑いのに……」 屋上の端ぎりぎりに立っている私の腕が取られ、さりげなく後ろに引かれていく。 過保護に近い気もする優しさに、思わず頬がゆるんだ。 「なーにニヤニヤしてんねんコラ」 「に、にやにやはしてないと思います」 「まあなんでもエエけど」 引かれるまま屋上端のブロックから足を降ろして、平子さんと並び立った。 「早よ戻って寝な、背ェ伸びへんくなんで」 「……それ、ひよ里さんにも言ってないですよね?」 「言うたことある。ほんでしばかれた」 スリッパで平子さんを叩くひよ里さんがすぐ脳裏に浮かんで、ついまた笑ってしまう。 平子さんに連れられて建物の中に戻ると、言われた通り、確かに外より涼しい……ような。 「んじゃ、おやすみ」 「はい、おやすみなさい」 平子さんと分かれ一人、自室へと向かう。 使い古してへたり気味のベッドに寝転ぶと、途端に睡魔が襲ってきた。 できることなら、眠りたくない。 こんな日には、決まって夢を見る。 懐かしくて、楽しくて、残酷な夢を。 閉じそうな瞼に抗って霞む視界の中で、声がする。 なまえサン。 呼ばれる、だいすきな響き。 人を姓ではなく名前で呼ぶのは、彼にとっては普通だったのかもしれない。 たとえそうだとしても、呼ばれるたびにどうしようもなく胸は高鳴って。 貴方にとって私は、なんだったのでしょうか? その問いは、百年以上の時を超えても、胸の中に残っていた。 |