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月の明るい夜は、何をしても眠れない。
「なまえ」
同じように眠れないであろう人が、声を掛けてきた。
「こんな暑いのに、よぉ外出れるわ。入っとったほうがまだマシやろ」
「平子さんこそ、暑いのに……」
屋上の端ぎりぎりに立っている私の腕が取られ、さりげなく後ろに引かれていく。
過保護に近い気もする優しさに、思わず頬がゆるんだ。
「なーにニヤニヤしてんねんコラ」
「に、にやにやはしてないと思います」
「まあなんでもエエけど」
引かれるまま屋上端のブロックから足を降ろして、平子さんと並び立った。
「早よ戻って寝な、背ェ伸びへんくなんで」
「……それ、ひよ里さんにも言ってないですよね?」
「言うたことある。ほんでしばかれた」
スリッパで平子さんを叩くひよ里さんがすぐ脳裏に浮かんで、ついまた笑ってしまう。
平子さんに連れられて建物の中に戻ると、言われた通り、確かに外より涼しい……ような。
「んじゃ、おやすみ」
「はい、おやすみなさい」
平子さんと分かれ一人、自室へと向かう。
使い古してへたり気味のベッドに寝転ぶと、途端に睡魔が襲ってきた。
できることなら、眠りたくない。
こんな日には、決まって夢を見る。
懐かしくて、楽しくて、残酷な夢を。
閉じそうな瞼に抗って霞む視界の中で、声がする。
なまえサン。
呼ばれる、だいすきな響き。
人を姓ではなく名前で呼ぶのは、彼にとっては普通だったのかもしれない。
たとえそうだとしても、呼ばれるたびにどうしようもなく胸は高鳴って。
貴方にとって私は、なんだったのでしょうか?
その問いは、百年以上の時を超えても、胸の中に残っていた。


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