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「暇や、なんかおもろいことやって見せろハゲ!!」
今日も今日とて、ひよ里さんがとんでもなく理不尽な理由で平子さんに掴みかかっている。
「ワケわからんわ、いきなりなんやねん!!」
もっともな意見を返しつつ、平子さんが負けじと掴みかかる。
それを何人もが傍観する、というのもまた日常のこと。
「ひよ里さん、落ち着きいて……」
「えー、落ち着いたひよりんなんてひよりんじゃないよーなまえちゃん」
「ゴラァ白ォ!! どんな目でウチのこと見とんねん!!」
矛先が白さんへと向かっても、本人は気にせずに笑っている。
「なまえも、ウチに落ち着けてなんや!! このハゲがおもろいことせんのが悪いねやろ!!」
「そ、そうですか?」
「騙されなやなまえ!! オレは只の被害者や!!」
なおも続く二人の言い争い。
しかしそれは、フライパンをおたまで叩く音によって終わりを迎えた。
「メシだ集まれ野郎どもぉ!! 今日は冷やし中華だぞ!!」
白いエプロンを付けた拳西さんが、少し離れたところから叫ぶ。
冷やし中華とは少し時季外れな、と思ったけれど、隣で楽しそうな白さんを見て納得した。
「やっりぃー、リクエスト応えてくれたんだあー!!」
早足の白さんに手を引かれて、私も駆けることになる。
けれど、どんどん遠ざかっていく背後のことが気になって仕方がない。
「あ、あの、黒崎さんは」
「ベリたんは勝手に起きるよぉ。それより、早く行かなきゃ皿洗い当番になっちゃう!!」
白さんはこう言うものの、オレンジ色の頭は起き上がってくる様子を見せない。
……本当にこれ、置いて行ってしまって大丈夫なんだろうか。
――――――――――――――――
「お前は、戦わねぇのか?」
修行中の黒崎さんにそんなことを聞かれたのは、つかの間の休憩時間のことだった。
「いえ、一応戦いますが……そういえば黒崎さんと戦ったことはなかったですね」
黒崎さんの傷に治療を施しながら、簡単に答える。
「なんや一護、なまえと戦いたいんか」
ひよ里さんが尋ねると、頷く黒崎さん。
「最近はひよ里とばっかだし、たまには違うヤツと戦ったほうがいいんじゃねえかと思ってよ」
「……なまえ、どないや?」
救急箱を閉じながら、少し逡巡する。
しばらく刀は抜いていないし、鬼道も対人では使っていない。
ここらで一度、対死神戦のカンを取り戻しておくのもいいかもしれない。
抱えたままになっていた救急箱を膝から降ろして、近くの岩場に立て掛けた刀を握った。
「ひっさびさやなぁ、なまえが戦うとこ見んのは」
平子さんも会話に加わってきて、黒崎さんに向かって意味ありげに笑う。
「言うとくけど、なまえは強いで。油断しなや」
「いえ、それほどでも……ハッチさん、結界をお願いしますね」
わかりマシタと言った声を受けて、黒崎さんに向かい合う。
「始めましょうか」
返事を待たず、刀を持っていない側の手で顔に触れた。
驚愕に開いた茶色の瞳に、頭蓋骨を模したような私の仮面が映る。
その驚愕は、最初から虚化で向かわれることに対してか、そもそも私が虚化できることに対してか。どちらにしても、動揺してくれているのならありがたい。
「さて、行きます」
また返事を待つことなく、抜いた刀で斬りかかる。
黒崎さんはと言えば、防御の姿勢も躱す用意もできていない。
崩した胴に初撃を入れられるかと思ったけれど、すんでのところで斬月が現れ、翳した刃を受けとめられた。
「不意討ちかよッ……!!」
鍔迫り合いの状態で歯を食いしばりながら黒崎さんが呻く。
ひよ里さんとの修行は虚化保持時間の延長が目的だったせいか、今の私のように急に向かってくる敵への想定はなかったのだろう。
重なる刀に掛ける力を強めるほど、金属の唸る音も強まる。
両手で握っていた柄を右手だけに移していけば、さすがに骨が軋みだす。
そうして自由になった左手で、黒崎さんの腕を掴んだ。
「なっ、」
「まともに力が入ってない。それに、虚化もしていない……私を、甘く見てますか?」
努めてにこやかに問いながら、わざとらしいほどに霊圧を掛ける。
呼応するように、対峙した霊圧と膂力が上がって、左手をほどかれた。
続けて振るわれる斬月を避けて、後ろに飛ぶ。
砂埃の向こう側、駆ける影とまた上がる霊圧。
近寄られるよりも速く、こちらから黒崎さんに向かう。
虚化しようと顔に手を当てた様子を確認して、目前で足を止めた。
「はッ!?」
「止めです」
刀を鞘に収め、こちらの虚化を解く。
完全に戦う気をなくしたと見える様子に、黒崎さんがうろたえる。
「止めって、まだ何も」
反論の言葉は、膝が崩れたことで途切れた。
……よかった、ちゃんと効いたみたいだ。
「縛道です。さっき腕に触れたときに仕込みました。死神と戦うとき、斬魄刀だけに意識を使っちゃ駄目ですよ」
しゃがみこんで、閉じていく瞳と視線を合わせる。
「護りたいものが、あるんでしょう」
投げかけた声は、聞こえたのか否か。
黒崎さんの眉間が一層深い皺を描いて、すぐに意識が消えた。


「気絶させてもうて……しばらく修行できへんやん」
「すみません」
不満げなひよ里さんに思わず謝罪すると、「アホ」と返される。
「別に怒ってへん。有意義ではあったやろ」
珍しい、ひよ里さんの褒め言葉。
他の皆も同じことを考えたようで、思わず静まり返っている。
それに気付いたひよ里さんの眉が、ピクリと動いた。
「いきなりどないしてん」
「え、いやァ……」
「なんやこらハゲ!!」
顔を赤くしながら、平子さんに噛みつくひよ里さん。
平子さんは若干後退しつつも、からかう気が存分に含まれた声でひよ里さんを煽っていく。
「前からおもとったけど、ひよ里ちょくちょくなまえに甘いよな」
「なんやねん悪いか!?」
「否定せんのかい!!」
ぎゃいぎゃいと騒いで、喧嘩を始めた二人。
こんな日々を、護りたい。
だから私は必死に、鍛錬を積み重ねた。
黒崎さんには、私と同じにならないでほしいのだ。
力が足りずに、なにかを失う恐ろしさ。
それは、もう二度と誰にも味わわせない。


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