3

沈んでいく夢を見た。
水面も、光も見えなかった。
見えるのは、真上に伸ばした自分の腕と、立ち上る泡。
それから、全身を包む、海ではない液体の色。
その色を、どこかで見たことがあるような気がしたが、どこなのかは思い出せなかった。
そもそも、本当に見たことがあるのかも確かではなかった。
結局すべて夢なのだから、どうでもいいか。
音もなく、最期の息らしい泡を吐いて、目が覚める。

久々に夢を見たせいで深く眠れず、眠気に一日中襲われ続ける破目になった。
ただでさえ抜けがちな授業で居眠りなど出来る訳もなく、どうにか耐えて昼休み、屋上へ向かう。
コンクリートからの照り返しが厳しいこの時期、人はめったにこない。
それでも、わずかな日陰はそれなりに過ごしやすいし、何より人気がない分静かだ。
少しだけ目を閉じて休むつもりで、日陰に腰掛ける。
下がった目線で、明らかに不自然な影を見つけた。
昇降口の上に置かれた給水タンクの、さらに上。
そこで作業をするでもなく、ただ座って足をふらふらと揺らがせている人影。

「あ、三輪くん」

もう1度立ち上がって上を見ると、案の定みょうじと目が合った。

「三輪くんも、ごはん食べに来たの?」
「……休みたいだけだ」
「暑くない?」
「別に」
「そっかー」

上から降ってくる、軽い返事。
それから間をおかずに、本人も降ってきた。
降ってきた、というのは、梯子も使わず飛び降りてきたからで。
タンクの上からは、それなりに高さもあるのに。
直射日光で熱せられた場所に着地すると、慌てて俺のいる日陰へと駆けてくる。

「お前、」
「三輪くん、休みたいんだったよね? 私、いないほうがいい? それとも、ここにいて後で起こしたりしたほうがいい?」

それなりに非常識な真似をした後で、常識的な気遣いを見せるみょうじの問いかけに、驚きで飛んでいた眠気が蘇った。
嫌いな奴がそばにいるとはいえ、今目を閉じたら、おそらく寝る。
それも、自分では起きられないくらいに。

「……予鈴の、5分前に起こしてくれ」

それだけ言い残して、下がる瞼に抗うのをやめる。
薄れる感覚の中で、おやすみ、と声が聞こえた。
昨夜と同じ夢を見た。
ただひとつ違うのは、もうひとり沈んでいく人間がいたこと。
俺よりは水面に近い深さにいて、周囲には随分派手に泡が立ち上っている。
今しがたその人間が、この液体に飛び込んだかのように。
深く深く落ちてくる手が、もうすぐで俺の腕に、

「みーわーくん!! 時間だよ!!」
「っ、ああ」

触れる、というところで叩き起こされた。
みょうじの表情が微妙に焦っているのは、俺がなかなか起きなかったかららしい。
時計を見ると、たしかに約束の時間を少し過ぎていた。

「……悪い」

ふらつく足で立ち上がって、階段に繋がるドアを開ける。
結局、あまり休めた気がしない。
中途半端に寝たせいで痛む頭に、階段に響く靴音が染みる。
みょうじは数段飛ばしで、駆け下りるというより飛び下りていた。

「……お前、高い所とか、飛び下りるのとか好きなのか」

回りきらない頭に浮かんだ問が、つい口から漏れ出す。
踊り場に立ったみょうじが振り返って、不思議そうな顔をした。

「うん、まあ好きだけど、なんで?」

トリオン体ならいざ知らず、生身でもお構いなし。
危なっかしい、とは言うつもりがなかったのに、また勝手に声がこぼれた。

「私のこと、心配なの?」

否定も肯定も、咄嗟にできない。
屋上のときはともかく、階段や教卓の高さは知れている。
それなのに妙な危機感を覚えるのは、こいつの普段の戦い方のせいだろうか。
まるで、死にたがっているような。
返事ができないまま、俺が息を飲む音が予鈴に掻き消えた。


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