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黒崎さんとの戦闘を終えた後、ぼんやりと自室でまどろんでいた。
彼が意識を取り戻すまで一時解散となり、そのまま昼寝をしてしまったようで。
今は、目覚めた直後の気だるさに身を任せている。
窓から射し込む日射しを浴びながら、再びこくり、と船をこいだ瞬間、
結界が破られた独特の気配で目が冴えた。
仮面の軍勢のアジトを守る八爻双崖は、ハッチさん独自の強力な鬼道だ。破られるなどありえない。ひょっとすると、私が補強したのがまずかったのだろうか。
急いで身を起こし、皆の居る修行場へと向かう。
ふと道中、慣れない霊圧を感じた。
「え、と……こっち、かな?」
少し前方に、何やら独り言を呟く少女がいる。
キョロキョロ辺りを見回しているけれど、偶然迷い込んだわけでもなさそうだ。
瞬歩で忍び寄り、少女の肩に手を置く。
「ひゃっ!?」
「あなたは、何者ですか?」
動きを封じたまま問いかける。
少女は抵抗するでもなく怯えるでもなく、口を開いた。
「あの、黒崎くんはいます、か?」
「黒崎……黒崎一護さんですか?」
「ここに居るんじゃないかって、探しに来て」
どこを探っても、この少女に怪しい気配はない。
よく見れば現世の学生が着る服を身に着けていて、年もちょうど黒崎さんと同じくらいだ。
どうやら、本当に知り合いらしい。
「失礼しました。黒崎さんはここに居ますよ」
少女から離れて軽く頭を下げると、「こちらこそ」と謝罪が返ってくる。
「いきなり人の家に入っちゃってすみませんでした。あの、それで黒崎くんは?」
「案内するので、ついてきてください」
道すがら名前を聞くと、井上織姫と名乗った。
そういえば、平子さんの話にそんな名が出ていた気がする。
可愛かったなァと冗談めかして(何割か本気だとは思う)言っていた記憶があった。
自分も名乗ったところで、タイミングよく修行場の入り口である階段にたどり着く。
修行が再開されたのか、霊圧のぶつかり合う気配が窺えた。
「なまえサン、結界が……」
いち早く階段のほうを振り向いたハッチさんが、井上さんを見つめて目を見開く。
続いて他の皆も同じような反応を示した。
「…に…人間…!?」
視線のせいか、軽く汗をかく井上さん。
眉をひそめた拳西さんが、何か言おうとした時。
轟音と共に、黒い影が少し離れた岩場に飛んでいった。
影の飛んだ方角へとひよ里さんの怒声が響き、黒い影、もとい黒崎さんが立ち上がる。
「黒崎くん!!」
すかさず井上さんが、その姿に反応した。
何やら彼女は黒崎さんに伝えなければいけない話があるらしく、修行は再び中断。
それを終えると、すぐに帰ってしまった。
後には中断のせいで不機嫌なひよ里さんと、突然の客人に不可解な顔をする数名が残され。
嵐のようにやってきて、嵐のように居なくなった子だった。
その嵐は、ほどなくしてまたやってくる。


夕飯の買い出しを終えてアジトに戻ると、井上さんの霊圧があった。
再び黒崎さんの様子を見にきたのか、それとも違う用件なのか。
食材などを置いてから修行場へ足を運んでみると、ハッチと井上さんが向かい合って話し込んでいる。
真剣なその様子に、思わず霊圧を潜めた。
少し遠いせいか切れ切れになって聞こえる内容は、井上さんは唯一の攻撃手段を破壊されたために戦線を外されたということらしい。
息と霊圧を殺して、二人に近い岩場の死角に潜り込んだ。
行動は見えないが、会話は完全に聞き取れる。
井上さんの嬉しそうな声と、ハッチさんの諭すような声。
「アナタに戦うことは勧めまセン」
音がしそうなほど、心臓が跳ねた。
自分の袖を握りしめ、必死に動揺を抑える。
それでも、そこから先の話は、まったくと言っていいほど耳に入ってこなかった。
井上さんの霊圧が結界の外側に出たのを感じて、やっと我に返る。
――――アナタには、これ以上この件で戦うことは勧めない。というより、外れてください。
思い出すだけで、苦しい。
井上さんの気持ちは、簡単に推し量れる。
「こら、何しとんねんなまえ」
突然現れた平子さんに、軽く頭をこづかれた。
「盗み聞きするような悪い子に育てた覚えあらへんでぇ」
どうやら、私の行動は最初からバレていたみたいだ。
「すみません……」
「アホ、今のは"アンタに育てられた覚えないわ!!"てツッコむとこや」
別に、咎める気はないらしい。
私の目線に合うようにしゃがんだ平子さんが、顔を覗きこんでくる。
「顔色、悪いで」
短くそれだけ言われて、思わず唇を噛んでうつむく。
「井上さんを、戦線から外したのって……誰、なんでしょう」
「……さぁな。一護以外の仲間の誰かやとしかわからんわ」
嘘だ。
私も平子さんも、本当は答えを見つけている。
井上さんにわずかに残っていた霊圧は、間違いなくあの人のもの。
「……なにもできないって、苦しいんです。事情を知っているなら、なおさら。
でも、自分を外した人に考えがあるのもわかります……背いて、勝手に動いて、足を引っ張るのも嫌で、」
力のない者が戦えばどうなるかは、あの夜に思い知っている。
頭を撫でる手の主は、私の嗚咽に聞こえていないふりを続けてくれた。


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