4 「ひよ里さん、黒崎さんはどこに行ったんですか?」 いつもなら姿を見せる時間なのに、オレンジ色の髪は見当たらない。 ひよ里さんが「せやな」と返事をした直後、何やら袋を提げた白さんが現れた。 水道で顔を洗っている平子にさんに、それが渡される。 「そういえば今朝から」 切り出す前に、大声で名を呼ばれた。 「なまえー、ちょっとこっち来ぃー」 短い返事の後に、手招きする平子さんの下へ駆ける。 「これ、なまえが見たほうがええやろ?」 差し出されたビニール袋には、洗濯済の包帯と、一言だけ感謝の言葉が書かれた紙。 状況も、残る霊圧も、間違いない。 「……黒崎さん、」 どこへ、と問いそうになったが答えは明らかだ。 「虚圏、ですか」 「せやろなァ……あんのアホ……」 虚圏には、強力な十刃や藍染たちがいる。 さすがに、黒崎さん一人で乗り込んでいったわけではないだろう。 「なんや、それ一護からか」 いつの間にかなまえの背後にいたひよ里さん。 袋を覗きこみながら平子さんと同じように、アホ、と悪態を吐く。 「なまえ、そういやなんか言いかけとったやん。なんなん?」 「井上さんの霊圧が、今朝から感じられなくなってるんです」 さっきまでわからなかったその理由に、ひとつ仮説が生まれた。 井上さんは前線から外されたのだから、黒崎さんと一緒に虚圏に向かったとは考えにくい。 そして黒崎さんは、前触れなく姿を消した。 考え得る最悪は、井上さんが何者かによって向こう側に攫われたということ。 藍染が彼女の能力に目をつけたのか、単に人質として黒崎さんや他の死神達をおびきだすつもりなのか。 皆も同じようなことを考えたのか、一様に神妙な顔をしている。 「今の一護やったら、カンタンには死ねへんとは思うけどなァ……」 「ハゲ、アイツはまっだまだ甘いっちゅーねん」 「まァ、なんにしてもや」 平子さんが、不敵に笑う。 決戦は、すぐそこだ。 ―――――――――――――――――――――――― 修行場の岩場に背を預けて、刀を丹念に磨く。 どちらかというと鬼道のほうが得意ではあるが、斬術も不得手というわけではない。 それでも皆の中で最弱であることには変わりないから、恐らく戦闘中は補助が主な仕事になるだろう。 「なまえ、ちょっとの間、話ええか?」 もたれていた岩の上から、平子さんの声が降ってきた。 「刀磨きながらでかまへんから、質問答えてや」 「はい」 言葉に甘えて、打ち粉をしながら耳を傾ける。 「一護を虚圏に送ったん、誰かわかってるやろ?」 質問ではなく確認に等しかった。 答えは、肯定だ。 平子さんが、軽く息を吐く。 「……まァ黒腔やら穿界門やらあっさり開けられて、オレらが知っとるヤツ言うたらな」 そんな人は、ひとりしか居ない。 「喜助もムチャしよんなァ、なまえ」 「そう、ですね……」 たん、と音がして、平子さんの靴が視界の端に見えた。 「なまえ、手ェ」 何気ない口調の指摘。 音がしそうなほど、両手が震えている。 これだから、私は弱い。 たった一言、たったひとつの名が出るだけでこんなにも動揺してしまう。 「いっぺん刀、置き」 言われたとおり、広げた新聞紙の上に刀を乗せる。 「……突き飛ばしてもエエから」 その前置きの意図を理解する前に、目の前が橙色に染まった。 「平子、さん」 呼び掛けに、返す声はない。 私を抱き締めたまま、平子さんは沈黙している。 少しの逡巡があって、ようやく口が開かれて。 「戦うん、嫌か? 置いていかれんの、嫌か? どっちもか?」 耳の近くで響く問。 その答えは、もちろん。 「置いていかれるほうが嫌ですよ。何もできないなんて、嫌です」 そうか、と安堵のような息が耳朶をくすぐった。 身動きができないまま、規則的な呼吸を聞く。 息が、鼓動が、体温があたたかい。 その当たり前がどれほど脆いものなのかを、私は知っている。 「ごめんなァ、いきなり」 一度だけ強く引き寄せられて、体が離れた。 かと思うと、ニヤリとした笑みが見える。 「ホンマ、強なったな」 どうして、そんなふうに言うのだろう。 私は弱くて、脆い。 こうして励まされるのも、もう何度目になるのか。 支えがなければ簡単に崩れてしまうような、脆弱な心しか持ち合わせていない。 ――――その弱さも含めて自分を受け入れてくれた仲間。 たとえその中に、一番焦がれた人がいなくとも。 今度は護る。自分の居場所を。大切なものを。 ―――――――――――――――――――――――― 「オイコラハゲェ!! なまえに何さらしとんじゃボケがぁぁぁ!!」 「いだだだだ!! これから戦うっちゅーのに肩外そうとすんなやァ!!」 「黙りぃ!! ナメとったらしばくぞハゲェ!!」 「しばいとるやん今ァ!!」 一部始終を見ていたひよ里たちの反応は、それはそれは酷かった。 ひよ里は肩を外しにかかって来る、 ラブはニヤニヤ、 ローズは何やらラブソングを演奏する、 白は「シンジってばダイターン」とからかう、 リサに至っては「今のシーンの写真、1万でどうや」と商売の構え。 まともなのは、興味の薄い拳西、謎の笑みで見守るハッチ(これはこれでやめてほしい)ぐらいで。 「本人に拒否られてへんねんから勘弁せぇや……」 若干うしろめたくはあったけど、と心のなかで付け足す。 あんな、弱っとるところに付け入る真似。 「知らんで、嫌われても」 「アホ、ハナからそういう意味では好かれてもおらんわ」 100年間も、同じ相手を想う。 自分もなまえも、たったひとりしか眼中にないというところでは同じ。 だからこそ、理解できる。 「入る隙なんかないわ、最初っからな」 |