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「ひよ里さん、黒崎さんはどこに行ったんですか?」
いつもなら姿を見せる時間なのに、オレンジ色の髪は見当たらない。
ひよ里さんが「せやな」と返事をした直後、何やら袋を提げた白さんが現れた。
水道で顔を洗っている平子にさんに、それが渡される。
「そういえば今朝から」
切り出す前に、大声で名を呼ばれた。
「なまえー、ちょっとこっち来ぃー」
短い返事の後に、手招きする平子さんの下へ駆ける。
「これ、なまえが見たほうがええやろ?」
差し出されたビニール袋には、洗濯済の包帯と、一言だけ感謝の言葉が書かれた紙。
状況も、残る霊圧も、間違いない。
「……黒崎さん、」
どこへ、と問いそうになったが答えは明らかだ。
「虚圏、ですか」
「せやろなァ……あんのアホ……」
虚圏には、強力な十刃や藍染たちがいる。
さすがに、黒崎さん一人で乗り込んでいったわけではないだろう。
「なんや、それ一護からか」
いつの間にかなまえの背後にいたひよ里さん。
袋を覗きこみながら平子さんと同じように、アホ、と悪態を吐く。
「なまえ、そういやなんか言いかけとったやん。なんなん?」
「井上さんの霊圧が、今朝から感じられなくなってるんです」
さっきまでわからなかったその理由に、ひとつ仮説が生まれた。
井上さんは前線から外されたのだから、黒崎さんと一緒に虚圏に向かったとは考えにくい。
そして黒崎さんは、前触れなく姿を消した。
考え得る最悪は、井上さんが何者かによって向こう側に攫われたということ。
藍染が彼女の能力に目をつけたのか、単に人質として黒崎さんや他の死神達をおびきだすつもりなのか。
皆も同じようなことを考えたのか、一様に神妙な顔をしている。
「今の一護やったら、カンタンには死ねへんとは思うけどなァ……」
「ハゲ、アイツはまっだまだ甘いっちゅーねん」
「まァ、なんにしてもや」
平子さんが、不敵に笑う。
決戦は、すぐそこだ。

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修行場の岩場に背を預けて、刀を丹念に磨く。
どちらかというと鬼道のほうが得意ではあるが、斬術も不得手というわけではない。
それでも皆の中で最弱であることには変わりないから、恐らく戦闘中は補助が主な仕事になるだろう。
「なまえ、ちょっとの間、話ええか?」
もたれていた岩の上から、平子さんの声が降ってきた。
「刀磨きながらでかまへんから、質問答えてや」
「はい」
言葉に甘えて、打ち粉をしながら耳を傾ける。
「一護を虚圏に送ったん、誰かわかってるやろ?」
質問ではなく確認に等しかった。
答えは、肯定だ。
平子さんが、軽く息を吐く。
「……まァ黒腔やら穿界門やらあっさり開けられて、オレらが知っとるヤツ言うたらな」
そんな人は、ひとりしか居ない。
「喜助もムチャしよんなァ、なまえ」
「そう、ですね……」
たん、と音がして、平子さんの靴が視界の端に見えた。
「なまえ、手ェ」
何気ない口調の指摘。
音がしそうなほど、両手が震えている。
これだから、私は弱い。
たった一言、たったひとつの名が出るだけでこんなにも動揺してしまう。
「いっぺん刀、置き」
言われたとおり、広げた新聞紙の上に刀を乗せる。
「……突き飛ばしてもエエから」
その前置きの意図を理解する前に、目の前が橙色に染まった。
「平子、さん」
呼び掛けに、返す声はない。
私を抱き締めたまま、平子さんは沈黙している。
少しの逡巡があって、ようやく口が開かれて。
「戦うん、嫌か? 置いていかれんの、嫌か? どっちもか?」
耳の近くで響く問。
その答えは、もちろん。
「置いていかれるほうが嫌ですよ。何もできないなんて、嫌です」
そうか、と安堵のような息が耳朶をくすぐった。
身動きができないまま、規則的な呼吸を聞く。
息が、鼓動が、体温があたたかい。
その当たり前がどれほど脆いものなのかを、私は知っている。
「ごめんなァ、いきなり」
一度だけ強く引き寄せられて、体が離れた。
かと思うと、ニヤリとした笑みが見える。
「ホンマ、強なったな」
どうして、そんなふうに言うのだろう。
私は弱くて、脆い。
こうして励まされるのも、もう何度目になるのか。
支えがなければ簡単に崩れてしまうような、脆弱な心しか持ち合わせていない。
――――その弱さも含めて自分を受け入れてくれた仲間。
たとえその中に、一番焦がれた人がいなくとも。
今度は護る。自分の居場所を。大切なものを。

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「オイコラハゲェ!! なまえに何さらしとんじゃボケがぁぁぁ!!」
「いだだだだ!! これから戦うっちゅーのに肩外そうとすんなやァ!!」
「黙りぃ!! ナメとったらしばくぞハゲェ!!」
「しばいとるやん今ァ!!」
一部始終を見ていたひよ里たちの反応は、それはそれは酷かった。
ひよ里は肩を外しにかかって来る、
ラブはニヤニヤ、
ローズは何やらラブソングを演奏する、
白は「シンジってばダイターン」とからかう、
リサに至っては「今のシーンの写真、1万でどうや」と商売の構え。
まともなのは、興味の薄い拳西、謎の笑みで見守るハッチ(これはこれでやめてほしい)ぐらいで。
「本人に拒否られてへんねんから勘弁せぇや……」
若干うしろめたくはあったけど、と心のなかで付け足す。
あんな、弱っとるところに付け入る真似。
「知らんで、嫌われても」
「アホ、ハナからそういう意味では好かれてもおらんわ」
100年間も、同じ相手を想う。
自分もなまえも、たったひとりしか眼中にないというところでは同じ。
だからこそ、理解できる。
「入る隙なんかないわ、最初っからな」



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