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「話って、なんスか平子サン」
呼び出されて、今ボクがいるのは瀞霊廷の片隅にある演習場。
よほど聞かれたくない話のようで、念入りに結界まで張ってあるらしく、外で鳴いている虫の声も聞こえやしない。
「大体わかっとるクセに、白々しいわ」
「酷いっスねぇ、そんな」
まあ、察しがついてるのはホントですけど。
「なまえのことに決まっとるやろ」
ほら、やっぱり。
「最近、流魂街でお前となんやしとるらしいな。だぁれも詳しくは知らんみたいやけど」
「別に、逢い引きとか怪しいアレじゃないっスよ?」
「わかっとるわボケ!!」
苛立たしげに、平子サンが髪をかく。
ごめんなさい、少しからかいすぎました。
「ちょっと実験に付き合っていただいてるんスよ。隊舎じゃ危険なもんで、外に行くしかないんス」
「危険て、」
「まぁ、爆発を伴ったり?」
「……ムチャさせてへんやろな、アイツに」
平子サンの声が、にわかに低くなった。
元とはいえ部下である彼女を、平子サンが心配するのは当然。
仕方ない、実験内容を全部話すしかなさそうだ。
「実は今、鬼道射出用の斬魄刀を開発してまして。なまえサンには、その試用をしてもらってるんですよ。爆発ってのは鬼道の話っス」
「………はぁ」
「ある程度鬼道に長けてないと危険極まりないんで、彼女に頼んだ次第っス」
「それで前、なまえが鬼道得意かどうか聞いてきよったんか」
「えぇ。スイマセン、その時点でお伝えしたらよかったっスね」
ホンマやボケ!! と、頭に拳骨。
それから、安堵したようなため息が聞こえた。
よかったわ、と小さく呟く平子サン。
その表情は、手のひらに覆われて見えない。
「斬魄刀持っていっとるとかひよ里が言うとったから……あーもう何かと……」
なんだか、妙な言い方だ。
仮に持っていくのが普通の斬魄刀でも、鍛練の可能性だってあるだろうに。
「普通の斬魄刀だったら、不都合でも?」
「………不都合ちゅーか………あー………」
視線をさまよわせて、なにか逡巡する様子。
やがて、しゃーない、とまた一つため息をつく。
「話しとくわ、なまえの今の上司のお前には」

―――――――――――――――――

あれは、なまえが五番隊で七席になってすぐの頃。
現世駐在に赴く新人の監督役を、なまえが務めることになった。
大役を任されて、緊張した面持ちで穿界門をくぐっていったのをよく覚えている。
派遣される地区はごく普通の、凶暴性の高い虚の出現報告もほとんどないような平和な町だった。
――――その、はずだった。
「駐在始めて2週間になる日、巨大虚が出よったんや」
席官とはいえ、複数の凶暴な虚が相手、自分の味方はほとんど実戦経験のない新人だけ。
どうなるかは、火を見るより明らかだ。
「伝令もろてオレと治療班やらで駆けつけたときには、新人は手遅れで、なまえも血だらけやった」
折られたらしく不自然に揺れる片腕を庇いながら、なお刀を構え。
襲いかかってくる爪を弾いて、果敢に斬りかかる。
虚の掌に打たれて叩き落とされたところを、受け止めた。
隊長羽織を染めていった赤を、忘れることはできない。
「あっちこっち切られて、利き腕もやられてな。
治ってからも……アイツ、しばらく刀抜かれへんくなったんや」
誰も、なまえを責めなかった。
なまえ自身を除いては。
実質一人の状況では、到底敵わない相手なのだ。
それを言い聞かせても、必要以上に自罰的な態度は変わらなかった。
こんなことは繰り返さない、強くなりたい、そう願って刀を抜こうとしても出来ない。恐怖が、邪魔をする。
自らへの不満、後悔、嘆きを抱え続けて、次第になまえは不安定になりだした。
「環境変えるしかあらへんから、十二番隊に異動さした。
ひよ里となまえは知り合いやったし、桐生サンやったら色々気ィつこてくれるやろうと思てな」
異動を告げたときも、眉一つ動かさなかった。
お世話になりました、と言っただけで。
「今考えたら、アイツを切り捨てたように見えたんかもな。
やらかした自分は見限られて当たり前……とか、考えとったかもしれん」
それからのことはひよ里からの伝聞でしかわからなかったが、異動後しばらくして、まだ戦闘への恐怖は消えないが、刀を抜けるようになった、よく笑うようになったと聞く。
鬼道の腕前を買われて昇進した、とも聞いた。
今笑顔でいられるなら、それで十分だ。
自分がなまえの中で、どう思われていても。

―――――――――――――――――

「なまえはエエ子やねん、良くも悪くも。
アイツは、ぜんぜん自分の本音を出さへんから。
何かっちゅーと周りのことばっかりや」
いっそ泣きそうにすら聞こえる声で、独り言のように平子サンがこぼす。
「戦いが怖ぁても、上司のお前に言われたらなんでも頷くやろな」
「だから、もし鍛練とかだったらどうしようかと?」
「………まぁそういうこっちゃ。過保護やろ?」
泣きそうだった声音が、自嘲的なものに変わった。
懐かしむように、悔いるように、目がすがめられる。
「オレが隊長んなってから、初めて大ケガした隊士がアイツやから、もうケガさせたくない……と思うばっかで。
護らなあかん、とかアホなこと今でも考えとるわ。
アイツはもう、お前の部下やのに」
「……そっスねぇ、今は、ボクの部下だ」
ボクの返事に、平子サンの肩が動いた。
特に何も言われないから、話を続ける。
「なまえサンを戦わせるか否か決めるのは、ボクです。
もちろん、彼女の意志は尊重します。
ですが、護廷十三隊の一員……それも上位席官である以上、いつかは避けられない戦いも来るでしょう。
そのときボクは、躊躇なく彼女に刀を握らせますよ」
非情に聞こえても構わない。これが、ボクの本心だ。
「もちろん、ボクの力が及ぶ限りで、無茶はさせません。
ですがそれに限界がある以上、安心して預けてくださいとは言えません」
言って、平子サンを見る。
その唇が、ニヤリとつり上がった。
「お前がそう言うてくれる隊長で、よかったわ」
「……は、はい?」
え、予想外なんですが。
殴られるくらいの覚悟でいたのに、拍子ぬけだ。
「オレはなまえが傷つかへんようにしすぎて、護廷隊士としてのなまえを殺しかけた。少なくとも、お前はオレとおんなじことはやらかさんみたいやから」
「いいんスか? 本当に」
「エエって言うとるやろ……なまえのこと、頼んだで。
五番隊隊長でも元上司としてでもなく、平子真子個人として」
どこか寂しげに、瞼を閉じてそう言った。
ねぇ平子サン、アナタはやっぱり、なまえサンのことが―――――
「帰るかァ。時間取らして悪かったなァ喜助」
結界の気配が消えて、虫の声が響きだす。
夕暮れだった空にはもう、月が上っていた。

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