10

今いる地区の中の、小さな商店街。
そこにある甘味処が、隊長のオススメだそうだ。
そう聞いた時点で、私の脳内には一つの予感が過った。
「着きましたよー、ここっス」
足を止めた場所で、予感は確信に変わる。
「なまえサン? どうかされました?」
微妙に表情がひきつっていることに気づかれたようで、隊長が不思議そうに問う。
「い、いえ、なんでも」
「ほんとになんでもありません?」
「なんでも……」
ある、けれど。
なんとか、取り繕ってここを回避する術はないものか。
必死に頭を回転させるも、正直手遅れだ。
だってお客の存在に気づいた店の人が、奥から出てこようとしているのが見えた。
赤い暖簾をくぐって、私たちの前に、たすき掛けをした女性がやってくる。
ものすごく見覚えのある顔が、人のいい笑みを浮かべて、ものすごく聞き覚えのある声が、応対を始めた。
「あら浦原さん、いらっしゃいませ」
「どーも、また来ちゃいました」
「いつもありがとうねぇ」
視線が、隣で顔を覆っていた私に向かう。
こうなるとさすがに、投了。
「お連れさんは……なまえ!?」
「……………ただいま、母さん」
「あ、ここなまえサンのご実家で!?」
「そのようなものになります……」
母さんが、あらあらとかまぁまぁとかよくわからないことを言いつつ、私と隊長を店内に案内する。
右手の壁には『娘の出世祝い! 割引中』と謎の掲示がしてあった。
「母さん何これ!?」
「なんだっけ、新しい役職頂いたって言ってたでしょう? そのお祝い」
「それもう半年前のことじゃない!! そんなに長い間割引なんかしてて大丈夫なの!? あと出世はしてないから、三席のときとなんにも変わんないんだってば!!」
「まぁまぁ、細かいことは置いときなさいって」
細かくない、ちっとも細かくない!!
言っても無駄なことはよく知っているから、ただ頭を抱える。
席につくと、母さんは相変わらず人のいい笑みのまま、とんでもない爆弾を投げた。
「それで、何にする? 夫婦ぜんざい?」
「か!あ!さ!ん!」
叫びながら、顔が尋常じゃなく熱くなっているのがわかる。
本人としては何気ない提案なのだろうけど、お願いだから勘弁してほしい。
「隊長と私は、そういうのじゃないから!!」
「そうなの?」
「そう!! ただの上司と部下だから!!」
「あらあら残念……浦原さんなら安心できるんだけど」
ほんとに何もないの?との追撃に、何もない!!と返す。
私が勝手に想っているだけで、双方向では何もないんだから、嘘はついていない。
「残念ねぇ、浦原さんはどう?」
「母さん早く注文!! 厨房で父さん待ってるよ!!」
「あ、ごめんなさいねー。浦原さんはいつもの? はいはい。なまえは大盛あんみつ? 好きよねあれ」
「母さんーーーー!!!!」
男性の前で"大盛"暴露とは、本当にこの人は私をお嫁にやる気があるの!?
結局空腹には耐えられなくて、注文する私も私か。
「それじゃあ、ちょっと待っててね」
引っ掻き回すだけ引っ掻き回して、母さんは父さんに注文を伝えると、他のお客さんの接客に行ってしまった。
向かいの席(隣にされなくてよかった)の隊長を直視できなくて、机に頭をつく。
「ほんっとーに、うちの母がすみません……!!」
「あー、大丈夫っスよ? 顔上げてくださいな」
「すみません……本当に……」
うつむいているうちに熱が引いてきたので、そっと頭を上げた。
あまり奇妙な態勢で、人目を集めてもよくない。
「なまえサンを特別副官補佐に任命したのと、ほぼ同時期にあの掲示がされたんで……もしかしたらーって思ってたんスよね」
「ほんとに半年やってたんですね……」
「ボクも、けっこう恩恵に預かっちゃいました」
「以前からよく来られてるんですか?」
「ええ、息抜きにちょうど良いんスよ。瀞霊廷からさほど遠くないですし」
忙しい毎日の中での、息抜きの場所。
それが私の実家だと思うと、なんだか誇らしい。
母さんもよく、似たようなことを言っていた。
懐かしい気持ちになって、つい昔話なんかをしてしまう。
「父さんと母さんは、流魂街で右往左往してた私を拾ってくれたんです。昔はよく、店の手伝いもしてて。霊術院に入学したときも、護廷に入ったときも、すごく喜んでくれて……」
心配をかけても、迷惑をかけても、見捨てないでいてくれた。
さっきのようなことはしばしばあったけれど、やっぱり大切で、大好きなんだ。
「いいご両親っスねぇ。なまえサンのご両親だなーってかんじっス。よく似てます」
「わ、私普段あんなにうるさっ……賑やかですか!?」
「そういうんじゃなくてですね、なんというか……」
隊長が思案していると、机にお盆が置かれた。
隊長の注文したみたらし団子と、私のあんみつ。
出来立てのうちに食べてしまおうということで、「なんというか、」の先は聞けずじまいになった。
久しぶりのあんみつは、記憶にあるより甘い気がする。
寒天を口にしたとき、不意に隊長と目が合って。
隊長は、唇についたみたらし餡を舐めとりながら、笑いかけてくれた。


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