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「秀次、今から帰るのか?」

隊室で荷物をまとめていると、東さんに声を掛けられる。

「急ぎじゃなかったら、途中でなまえにこれを渡してほしいんだが」

掲げられているのは、報告書らしい紙。
みょうじと合同になることが多いからか、あいつに渡す分までうちに回ってきてしまったらしい。

「時間はありますが、あいつの家を知りません」
「ああ、今日も本部に泊まっていくそうだから、そのへんにいると思うぞ」

ここまで情報を貰って、断るのも角が立ちそうだ。
嫌い、とはいえ仕事。

「……でしたら、届けます」
「悪いな、頼む」

書類と宿泊区画の部屋番号の書かれたメモを受け取って、隊室を後にした。
さっさと届けて、終わらせてしまおう。
今いるのと同じフロアにある部屋めざして、歩を進める。
到着した部屋のドアノブには、運良く"在室"の札。
ノックしてすぐには返事がなく、やや間を置いて、細くドアが開けられた。

「書類を届けに来た。期日は1週間後だそうだ」
「……ありがとう」

開かれた空間から伸びる手に、書類を掴ませる。
何故か最初に開けた以上にドアを動かす様子がないから、そうする外仕方が無い。
相変わらず指先は、冷えきっていた。
それどころか今日は、カタカタと細かく震えている。
さすがに、何かが変だ。

「……おい」
「大丈夫、換装すればなんとかなるし、任務、あるし。三輪くん帰りでしょ、わざわざごめん」

聞きもしないのに、辿々しく言い訳するみょうじ。
換装すればなんて条件が出てくる時点で、体調が悪いと言っているようなものだ。
細い声がまた「大丈夫」と呟いたかと思うと、「トリガー起動」が唱えられた。

「心配しなくても、本当に大丈夫」 

平気であることを強調するためか、覗かせた表情はいつもの笑み。
無性に腹が立って、ドアの隙間に足を捩じ込んだ。
広げた間から、電気もつけられていない部屋に踏み入って、戦闘用の服に包まれた腕を捕えて。
突然のことに、瞬きを繰り返すばかりのみょうじに詰め寄る。

「……やめろ」
「な、に?」
「その顔だ、笑うな」

ぴく、と僅かに口角が引きつった。
そのまま、唇の弧が崩れていく。
次の瞬間、手が振りほどかれた。
男女の力の差は、トリオン体なら関係ない。
まして今の俺は生身、対トリオン体なら当然敵わない。

「関係ないじゃない。私のこと、嫌いなくせに」

そう吐き捨てると同時に、胸を押された。
ドアに当たった背中が、いやに痛む。

「嫌いなら、構わなくてよかったのに。すぐ帰っちゃえばよかったのに。三輪くんのそういう妙に律儀なところ、嫌い」

貼り付けた笑顔を捨てて、はじめて負の感情をこぼすみょうじ。
嘲笑うような顔は、今までで1番人間らしかった。
薄闇に、睨み上げてくる目の光が浮き立つ。

「かえって、」

不意に語気が弱まったかと思うと、また押された。

「帰って、構わないで、」

密着した手と、金属製のドアの冷たさが、体を満たしていく。

「放っておいて、お願いだから」

あまりに必死な様子に、頷くことしかできなかった。
手を離されて、出て行く間、互いに一言も発さなかった。


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