13

瞼をこじ開けると、日の光が目に突き刺さった。
討伐に出たのは真夜中だった、今は朝かそれとも昼なのか。
おそらくここは、四番隊の病室。
そばに自分以外の気配がしないが、他の隊士は別室に運ばれたのだろうか。重傷者もいたから気がかりだ。
虚は、完全に倒せたのだろうか。わからないまま気絶してしまったから、それも気がかりだ。
体を起こそうと力を入れたとき、部屋の扉が開いた。
「目、覚めたんスね」
「……ぁ、」
隊長、と言いたかったのに、喉がはりついて声が出ない。
咳き込む私を見て隊長が、枕元の吸飲みに水を入れてくれた。
そのそばには紙が広げられていて、金属片と刀の柄が置いてある。
見ればすぐわかる、私の斬魄刀。粉々だ。
「ありがとうございます、隊長」
「いえいえ」
「それで、他の方は、あの虚は、」
「まず特務部隊は全員、命に別状ありません。ただ、無傷の方もいませんが」
隣で片腕を失くした隊士のことに思い至って、唇を噛む。
私が、攻撃に気づけていたならば。
「次に、虚のほうは半身がなくなるほどの怪我を負っていたそうですが、死んではいなかったとの報告を受けてます」
「そ、んな、」
あの虚を、殺せていなかった。
私の全力が通じなかった、そんなことよりも。
任されておきながら、任務をこなせなかった。
隊長に信頼されたのに、結局私は、
「五番隊の藍染副隊長を隊長として新たに討伐部隊が組まれる予定でして、推薦者の他鬼道衆も交えることに、」
「っ、隊長、私をその部隊に、」
「はい?」
「わた、しを、その新しい部隊に、」
あの現世研修のときから変わっていない。
何も出来ないままで、信頼に応えられないままで。
機会がまだあるのならば、今度こそ。
「お願いします、たいちょ、」
「その体でですか?」
隊長の掌が、包帯の巻かれた私の腹に触れる。
ほんの少し力を入れられただけで、痛みで顔が歪む。
「鬼道で治療したとはいえ、とても万全とは言えない」
「私は1度あの虚と交戦してる分、戦い方がわかります。足手まといにはなりません」
「……なまえサン、アナタには、これ以上この件で戦うことは勧めない。というより、外れてください」
突きつけられた勧告を、聞き入れられるはずもない。
はじめて、隊長に逆らう言葉を口にする。
「まだ戦えます、戦いたいんです、」
「自分の具合はさっき理解したでしょう。それだけじゃない、斬魄刀だって砕けてしまった。その状態で戦うなんて、死にたいんですか?」
「違います、もう少しなんです、次は必ずっ」
「しつこいですよ、みょうじ特別副官補佐」
たくさんの思いが、考えが、すべて頭の中から消えた。
はじめてだった、肩書と名字で呼ばれるのは。
こんなにも、低く冷えた隊長の声を聞くのは。
「これは隊長命令です、異論は認めない」
"特別副官補佐"は、逆らえない。
"みょうじなまえ"が、どれだけ納得していなくても。
これは任務で、"みょうじなまえ"がどう思おうが関係ない。
信頼に応えたいだとか、そんなことは。
「すみません、でした、浦原隊長」
震える声を抑えつけて、頭を下げる。
布団の上に落ちた雫が見えないように、拳で隠す。
顔を、上げられない。
隊長が今どんな表情をしているのか、それを確かめるのが恐ろしい。
仕事に私情を挟んだことが、恥ずかしい。
隊長を説得できなかったことが、悔しい。
感情が混ざり合って、視界の揺らぎが止まらない。
「……ゆっくり、疲れをとってくださいね」
頭の上に一瞬だけ、何かの気配が過ぎって。
でもそれは、すぐになくなって。
私の返事を待たずに、隊長は病室から姿を消した。

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白い廊下を、出口めざして歩く。
視線の先に、きっと来るだろうと思っていた人物が現れた。
「おはようさん喜助、とんでもないカオしとんなァ」
「平子、サン」
「聞いたで、なまえの件」
平子サンの目が、細められる。
隠しても無駄というよりもはや、既にすべてを見透かされているような気分だ。
「……スイマセン、この件、」
「謝るんはオレにとちゃうやろが、ボケ」
わかっている、そんなこと。
その言葉を、言うべき相手に口に出来なかったボク自身に腹が立つ。
怪我は、鬼道で塞がっていた。
自身の斬魄刀を失くしたものの、鬼道用斬魄刀は残っていた。
虚はかなりの手負いで、彼女は戦い方を知っていて。
彼女の言うとおり、戦うことは可能といえば可能だったのだ。
しかし、任された任務をこなせなかったことに動揺し、落ち着いた精神状態でなく。
怪我も、強い痛みが残っている様子だった。
だから、万が一のことを危惧し、これ以降の討伐任務からは降ろした。
隊長として筋道の通った理由は、いくらでも付けられる。
けれど、それらすべて以上に。
血塗れで運ばれるなまえサンを見て、怖くなった。
もし彼女が――――その先は不吉すぎて、頭の中に文字を浮かべることすらできない。
血も、屍も、慣れるほど、飽きるほど見てきたのに。
あのとき、ボクと同じく青い顔をしたひよ里サンに声を掛けられるまで、頭が真っ白で動けなかった。
どうやって他の隊士から事の成行を聞き出したのか、彼女の目が覚めるまで何をしていたのか、まるで覚えていない。
そして結局最後は、彼女を死なせたくないという思いが1番になって、判断を下した。
「忠告、守れなくてスイマセン」
「……その件やったら、謝られたるわ」
すれ違いざま、肩を叩かれる。
今度こそ、殴られるつもりでいたのに。
「次はあらへんけどな、覚悟しとけ」
「……はい」
次は必ずと、まったく同じことを口にしたなまえサンの顔が浮かぶ。
彼女の頭上を彷徨った手を、握りしめた。
いつものように頭を撫でて、ねぎらいのひとつでも掛けられればよかったのに。
そうすれば、あんな悲愴な表情をさせることはなかったかもしれないのに。


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