14 ある程度回復してしまえば、四番隊での入院生活は恐ろしく暇だった。 その上、毎夜眠る前に、たくさんの負の感情に襲われる。 休んでいる間に置いて行かれるような焦燥と恐怖、紛らわしようのない孤独。 ゆっくり傷を治せと言われたけれど、早く戻りたくて仕方がない。 いや、戻ったとしても、私の居る場所はあるのだろうか。 隊長の姿は、あれから一度も見ていない。 一隊士の怪我ごときに構っていられるほど暇でないのはわかっていても、思考が悪いほうへ悪いほうへと傾いていく。 見捨てられたのではないか、と。 そんなことはないと言いきれるほど、私は隊長のことを知らない。 その事実に気づいてしまえば、自分の恋心さえも分不相応なものに思えて。 「みょうじさん、失礼してもよろしいですか」 背後で、誰かが戸を叩いた。 今日の検診は終わっているから、誰かが見舞いに来てくれたのだろうか。 どうぞ、と返すと、四番隊士に付き添われたひよ里さんが立っていて。 「オッスなまえ」 ひよ里さんは言いつつ病室に入って、来客用の簡素な椅子に腰かけた。 四番隊士が頭を下げて立ち去ったあと、ひよ里さんが、珍しく遠慮がちに私に問う。 「その、もう動いて平気なんか?」 「はい、数日前から。元々傷は鬼道で塞がっていましたし」 「そうか……」 「ご心配おかけしました、大丈夫で、」 言いきらないうちに、ずい、とひよ里さんが私のほうに乗り出してきて。 思わずのけぞると、背中が壁に触れる。 目の前の小さな顔の眉間には、見る見る間に皺が。 「……こんのボケ!!」 「った!?」 ひよ里さんの顔が遠ざかったと思うと、次の瞬間には頭突きを食らっていた。 想像以上の痛みに、思わず涙が滲む。 何度か平子隊長が頭突きされているのを見たことがあるけれど、これは痛い。 「大丈夫と程遠いカオして何言うとんねん!! しょーもない見栄張んなや!! なんか反論あるなら言うてみぃ!!」 両頬を引っ張られているせいで、物理的に抗議不可能なのは考えてくれないらしい。 なんとかひよ里さんの両手を引きはがそうともがいていると、再び誰かが戸を叩く音。 思わず二人して動きを止めると、外から聞こえたのは卯ノ花隊長の声だった。 「少々お話があるのですが、今よろしいでしょうか」 「っふぁい、どーぞ!!」 パッと離された頬をさすりつつ、居住まいを正す。 いつもどおりの笑みをたたえた卯ノ花隊長は、ひよ里さんの姿を確認すると「ちょうど良かった」とひとこと。 「退院の目途が立ちましたので、上官に報告をと思っておりましたから」 「上官て、フツーそういうんは隊長の仕事ちゃうん……ですか」 「猿柿副隊長から伝達していただければ、それで十分ですよ」 どことなく不満げなひよ里さんを横に、退院の日取りを聞く。 ようやく明確になった復隊の日に、ひとまず胸をなでおろした。 まだ気が早いとは思うけれど、これまでの謝意を述べて頭を下げると「お礼は他の隊士たちに」と謙遜を返される。 「さて、みょうじさん」 「はい?」 卯ノ花隊長が、袂に手を入れた。 そこから取り出されたのは、ぐしゃぐしゃになって赤茶けた紙。 「あなたの懐に入っていました」 裏面にわずかに透けて見える、"官"の字。 知らず、呼吸が止まった。 「特別なものなのでしょう、お返しします」 勝手に震える手で、血のこびりついたそれを受け取る。 折ったところから二面が張り付いてしまっていて、きっと開けない。 隊長が私にくれたのに、もう二度と。 この任官状を渡された日の、自分の言葉を思い返す。 なにが、特別副官補佐として頑張ります、だ。 部下としても、恋をするにも、何もかもが中途半端で、その結果が今だ。 任務は果たせず。 あの日、もっと見たいと思った笑顔を消し去らせて。 不相応な恋なんて、しまい込んでしまえ。 せめて、部下として傍にいるために。 「ありがとう、ございます、卯ノ花隊長」 声の揺らぎを抑えつけて、また頭を下げる。 そこからは無言。 やがて隊士に呼ばれた卯ノ花隊長に続いて、もの言いたげな視線を投げつつひよ里さんも退出した。 あと二日。復隊までに、戻るのだ。 恋心を自覚してしまう瞬間よりも、前へと。 |