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なまえサンの物覚えは、恐ろしいほどに良い。
あらゆる物事への興味も、加速度的に強くなっていく。
その発露の暴走には、凄まじく苦労させられた。

「……えーと、手に持ってるものは?」
「ちょうちょ」
「ハイ、それはそうなんスけど、何しようとしてます?」
「翅、どのくらいあれば飛べるの?」
「気持ちは分かるんスけどダメっスね!!」

あるときは、蝶の翅を千切りそうだったところを止め。

「その傷、どうしました?」
「花壇の花で、水をあげるところとあげないところを作った」
「……水をあげなかった分が枯れて、誰かに怒られたと」
「うん、思ったより早かった」

あるときは、世話を任された花壇で実験していたらしきことを事後報告され。

「……一応聞くんスけど、池の中に居た理由は?」
「息しなくてもだいじょうぶなのか気になった」
「せめてボクが居るときにしません?」

今日は、溺れかけていたところを引き上げ。

なまえサンが特殊なのか、子供というものがそもそもこうなのか。
子供と関わることなど無いもので、到底判断がつかない。
精神はともかく身体の年齢は、なまえサンが子供と呼べる範囲を超えかけているのはさておき。

「……よく今まで生きててくれましたねぇ」
「いままでこんなことしてない」
「そうなんスか?」
「なにしたらいいのかわかんなかった」

赤火砲で熾した火で服を温めながら、髪に含まれた水を手持ちの布で吸い取る。
伸びっぱなしの髪は、あちこちで絡まっている。
家の中での扱いがあまり良くないらしいことは、会話する中で察していた。
出自に事情があるらしいことも薄々分かってはいたが、敢えて詮索はしていない。

恐らくこれまで、身近に信用できる人間がいなかったから、こういう行動に出るのを無意識で避けていたんだろう。
そこにボクが現れて、色々と教えてくれだしたものだから、やってみたいことをやっても大丈夫だろうと考えはじめ……結果がこれ、と。

「死にたくないから、全部を知りたいんでしょう?
 なら、危ないことはしちゃダメっスよ。自分にも、他の人や生き物にも」
「……なにがあぶないかわからない」
「あーなるほど、そこからっスね……」

次に何かを教えるときは、順序を少し考えよう。
あと、これまでに教えた事柄の危険性についても教えなおそう。
そうでないと、この子が本当に死にかねない。

「池にひとりで入るのは危ないんで、もうしないでくださいね?」
「きすけさんが居たら?」
「……ギリギリ大丈夫っスかね……?
 とりあえず、ひとりで入らないって約束しましょうか」
「うん」

水滴を垂らす指と、自分の小指で、指切りをする。
些細なことだが、なまえサンはこれが気に入っているらしい。

「きすけさん、きすけさん」
「はい?」

小指を繋いだまま、もう片手もボクの手に重ねて、なまえサンが口を開いた。

「ここは、もうぜんぶ見たから、そとに出てみたい」
「外、っスかぁ」

自然な思い付きではあるものの、叶えてあげられるかどうかは微妙な願いだ。
この屋敷の人間がなまえサンの不在に気づいた場合、どんな反応に出るかは想像に難くない。
よって少なくとも、昼間は連れ出せない。

「うーん……暗くなるまで、起きてられます?」
「起きてたら、そとに出られる?」
「こっそり、短い時間でよければ」
「うん、起きてる」

小さくうなずく頭を撫でて、ぎこちない笑顔に笑い返した。
実際にこの子が起きていられるかは、まあ五分五分だろうとは思いつつ。

「きすけさん、やくそく」
「はいはい、指切り好きっスねぇ」




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