6 なまえサンの物覚えは、恐ろしいほどに良い。 あらゆる物事への興味も、加速度的に強くなっていく。 その発露の暴走には、凄まじく苦労させられた。 「……えーと、手に持ってるものは?」 「ちょうちょ」 「ハイ、それはそうなんスけど、何しようとしてます?」 「翅、どのくらいあれば飛べるの?」 「気持ちは分かるんスけどダメっスね!!」 あるときは、蝶の翅を千切りそうだったところを止め。 「その傷、どうしました?」 「花壇の花で、水をあげるところとあげないところを作った」 「……水をあげなかった分が枯れて、誰かに怒られたと」 「うん、思ったより早かった」 あるときは、世話を任された花壇で実験していたらしきことを事後報告され。 「……一応聞くんスけど、池の中に居た理由は?」 「息しなくてもだいじょうぶなのか気になった」 「せめてボクが居るときにしません?」 今日は、溺れかけていたところを引き上げ。 なまえサンが特殊なのか、子供というものがそもそもこうなのか。 子供と関わることなど無いもので、到底判断がつかない。 精神はともかく身体の年齢は、なまえサンが子供と呼べる範囲を超えかけているのはさておき。 「……よく今まで生きててくれましたねぇ」 「いままでこんなことしてない」 「そうなんスか?」 「なにしたらいいのかわかんなかった」 赤火砲で熾した火で服を温めながら、髪に含まれた水を手持ちの布で吸い取る。 伸びっぱなしの髪は、あちこちで絡まっている。 家の中での扱いがあまり良くないらしいことは、会話する中で察していた。 出自に事情があるらしいことも薄々分かってはいたが、敢えて詮索はしていない。 恐らくこれまで、身近に信用できる人間がいなかったから、こういう行動に出るのを無意識で避けていたんだろう。 そこにボクが現れて、色々と教えてくれだしたものだから、やってみたいことをやっても大丈夫だろうと考えはじめ……結果がこれ、と。 「死にたくないから、全部を知りたいんでしょう? なら、危ないことはしちゃダメっスよ。自分にも、他の人や生き物にも」 「……なにがあぶないかわからない」 「あーなるほど、そこからっスね……」 次に何かを教えるときは、順序を少し考えよう。 あと、これまでに教えた事柄の危険性についても教えなおそう。 そうでないと、この子が本当に死にかねない。 「池にひとりで入るのは危ないんで、もうしないでくださいね?」 「きすけさんが居たら?」 「……ギリギリ大丈夫っスかね……? とりあえず、ひとりで入らないって約束しましょうか」 「うん」 水滴を垂らす指と、自分の小指で、指切りをする。 些細なことだが、なまえサンはこれが気に入っているらしい。 「きすけさん、きすけさん」 「はい?」 小指を繋いだまま、もう片手もボクの手に重ねて、なまえサンが口を開いた。 「ここは、もうぜんぶ見たから、そとに出てみたい」 「外、っスかぁ」 自然な思い付きではあるものの、叶えてあげられるかどうかは微妙な願いだ。 この屋敷の人間がなまえサンの不在に気づいた場合、どんな反応に出るかは想像に難くない。 よって少なくとも、昼間は連れ出せない。 「うーん……暗くなるまで、起きてられます?」 「起きてたら、そとに出られる?」 「こっそり、短い時間でよければ」 「うん、起きてる」 小さくうなずく頭を撫でて、ぎこちない笑顔に笑い返した。 実際にこの子が起きていられるかは、まあ五分五分だろうとは思いつつ。 「きすけさん、やくそく」 「はいはい、指切り好きっスねぇ」 |