部隊名の話

出陣していた部隊が帰還すると、政府から執務室の端末に『簡易報告書』が送られることになっている。
戦場の名前や交戦記録が簡単に記されたそれに、刀剣や刀装の被害詳細、敵の陣形、編成などを書き加えたものを『本報告書』として提出するのが常だ。

複製をとっても構わないので、この本丸では、苦戦·撤退を強いられた戦闘については、報告書に書いた情報をすべて開示して作戦会議を行っている。

今日はなんとか敵将を討ったものの、清光が重傷を負った。
他の隊員も、重傷寄りの中傷か中傷寄りの軽傷だ。
同じ場所を3回回らなければならない特殊な戦場、池田屋1階。
あと2回を乗り切るために、作戦会議は必要不可欠と言える。

そう思って、一刻も早く敵の情報を得ようと、
手入れをした後 (本当は清光の目が覚めるまでついていようとしたけど、報告書の期限がやたらに早かったせいだ)、端末に届いていたファイルを開いて。
瞬間、絶句した。


『加州清光折大隊』


表の『敵部隊名』の項目にずらりと縦に並んだ、その名前。
かしゅうきよみつ、おりだいたい。

敵部隊名の名付けは、政府の仕事だ。
遡行軍の目的を分析し、
その目的と部隊の規模に応じた命名をする。

つまりこいつらは、政府が断ずるほど明確に
『加州清光を折ることを目的とする部隊』だということで。


「な、んで」


どうして折ることが歴史改変に繋がる?
池田屋で"加州清光"が折れるのは正しい歴史のはず。

どうして今突然、特定の刀を狙う部隊が現れた?
刀を折れば変わる歴史なんて、今までも山ほどあったのに。


「審神者さま?」


こんのすけが、私の足に脚を置く。
その心配そうな声もどこか遠くに聞こえるほど、
私は動揺しているらしい。

重傷で帰ってきた清光の、
色の抜けた顔に、爪が剥がれた冷たい指に、
血の止まらない傷口に、今も触れているような錯覚に囚われる。

狙われているのは、"加州清光"。
それが"沖田総司の加州清光"だけだと、どうして言い切れるの?


「─────主!!主!!」
「っ、はせべっ!?」


震える手がいつの間にか、白手袋をしたそれに掴まれていた。


「申し訳ございません、こんのすけが何度も主を呼んでいたもので。
何かあったのかと思い、部屋に立ち入りました」


手を離して、長谷部が深々と頭を下げる。
つられて視線を下げると、ぽんぽんと必死に肉球で私の膝を叩くこんのすけと目が合った。


「あまりに放心なさっていたので、こんのすけは恐ろしかったですよ!!
審神者さまがどうにかなったかと!!」
「それで、主は何を? 手入れでお疲れでしょうに」


答えるより早く、長谷部が端末のモニターを見やる。
藤色の目は、私がそうなったのと同じ場所を見て止まった。


「これは、主」
「今日の敵、だよ」


一瞬消え失せていた感覚が、また指に甦る。
でも、その恐怖以上に。


「どうしよう、こんなの、清光に教えられない」


作戦会議では、すべてを開示する。もちろん、敵部隊名も。
敵の目的を知って、止めにいかなければならないのだから
当たり前だ。

けれど、戦いに行く清光に、その仲間に、
"自分"を、仲間を折るための部隊があると知らせる?
そんなこと、出来るはずがない。


「────何を迷うことがあるんです」


驚くほど冷ややかに、長谷部が口を開いた。


「今までの部隊と、何か違いが?
いつもと同じように、奴らは歴史を改変するため、あらゆる手段を取ってくる。
ならばこちらも同じように対策し、討伐するまで」


暗に、作戦会議で部隊名を開示しろ──同じように対策しろ──と言っている。
反駁しようとして、鋭い瞳に怯んだ。
電灯で顔が逆光になって気迫が増すそれに、息を呑むしかない。


「これまでに、今剣と厚樫山方面部隊の話をし、
和泉守や堀川と土方戦死阻止部隊の対策を講じ、
薬研や宗三と信長自刃阻止部隊の討伐を計画したのと、すべて同じことでしょう」
「刀そのものが狙われてるのに、それとは」
「訳が違う、と? 詭弁ですね」


何も、言い返せない。


「刀としての立場から申し上げます。
元主の歴史を壊されることと、"自分"を壊されることは同等なんですよ。
刀だった頃は、自分を用いての主の行いが、そのまま自分の歴史になりましたから」


だとしたら、私は、なんてことを今までやってきた?
"自分"を狙う敵の話を、なんとも思わず彼らにしてきた?
あまつさえ、清光だけをその対象から除こうとしていた?


「加州を初期刀として特別に思っているのは理解しております。
しかし、すべての刀剣を分け隔てなく扱うと仰ったのも主です」


私を見下ろすような状態だった長谷部が、
膝を折って、正座する私の正面に跪く。


「どうか、言を翻されることのありませんよう。
俺は主がどんな選択をなさろうと、主命とあらば従います。
ですが、他の刀剣に背を向けられる貴方を見たくはない」


信頼は築くのは難しく、崩すのは容易い。
引き金にかかっていた指を、この忠臣は止めてくれた。
気づかなかった自分自身が、情けなくてたまらない。


「っ、主!?」
「さ、審神者さま!?」


必死に堪えていた涙が、ぼろぼろ溢れてくる。
みんなに怪我をさせてばかりで、大事なことにも気づけなくて。
情けない、最低だ。


「主、申し訳ありません、俺は」
「長谷部のせいじゃないから、ちょっと、色々」
「さ、審神者さま、あぁこんのすけはいったいどうすれば!!」


一気に慌てはじめた一人と一匹を見ていると、なぜかかえってこっちが落ち着いてくる。
涙と、自己嫌悪は止まらないけれど。

ぐす、とひとつ鼻をすする。
それと同時に外から控え目に、主、と呼ぶ声がした。


「安定、どうかしたの?」
「明日、作戦会議するんじゃないかと思って。
予定聞きに来たんだけど……」


私が鼻声だからか、気まずそうに黙りむ安定。
長谷部の肩が、作戦会議と聞いて小さく跳ねた。


「あの、戻ろうか?」
「ううん、今連絡するから聞いてて」


モニターを、一瞥する。
打刀2体、大太刀3体、薙刀1体。
大仰な編成の、その部隊の名前は。


「加州清光折大隊、対策会議。いつもの時刻に、会議部屋で」


安定が、にわかに殺気だつ気配が伝わってくる。
ここまではっきり言うのは想定外だったらしい長谷部は、目を丸くしている。


「よ、よろしいので?」
「……これくらいしないと、気が引けちゃうかもしれないから」


なおも戸惑った様子の長谷部を横目に、襖を開ける。
すぐさま、そこにいた安定が私の手を握った。


「主、その部隊、絶対に倒そうね」
「当然、心まで折ってやろうよ」


"私の加州清光"は、誰にも折らせない。
私の最期のその日まで、大切にすると決めたんだから。

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