Rely on me , My lady

疲れた。
具体的に何に疲れたのかは、自分でもわからない。
ひたすらに体がだるくて、気分が晴れない。

今日やらなきゃいけないことが、まだあるのに。
こんな風に、寝転んだりしている場合じゃないのに。
自己嫌悪ばかりが沸き上がって、さらに気分が沈んでいく。

夕御飯のときは、ふだん通りの様子を装えていただろうか。
誰にも、迷惑をかけたくない。優しい優しい、皆には。

重い息をひとつつくと同時に、閉め切った襖のむこうに人の気配を感じた。
子ども達や夜一さんほど軽くなくて、テッサイさんほど重くない、この足音は。


「なまえサン、います?」


やっぱり、喜助さんだ。
どうしてよりによって喜助さんが来るの。
寝たふりをしていれば、引き返してくれるだろうか。
もう一度名前を呼ばれるのを、心苦しく思いながら無視する。
結果として、私の期待は外れた。


「まぁ、いるのは知ってるんスけど……」


すす、と襖が開けられる音。
え、嘘、まだ返事もしていないのに。
予想だにしない展開に呆気にとられているうちに、喜助さんが私の布団の横に近づく。
そこから顔を覗きこまれそうになって、慌てて掛布団を頭まで被った。


「そんなに避けないでくださいよぉ」


じっとしていても、帰る様子はない。
仕方なしに口まで布団を引き下げて、何か用、と聞いた声は、自分でも驚くほどに暗かった。

しまった、と思っても遅い。
ふだん通りにしていようと思ったのに、まるで隠しきれていない。


「なまえサン、」
「大丈夫、ちょっと気分悪いだけだから放っといて」
「そんなこと言われて、ホントに放っとくと思います?」


思わない、けど。
お願いだから、今は放っておいてほしい。


「アナタが皆に迷惑かけまいとして、いつもと同じように振る舞おうとしてるのは、わかってるんスよ」


いつもなら嬉しい喜助さんの気遣いが、今日は仇だ。
私が迷惑をかけたくないのは、"皆"なのに。
なんで、"皆"の中に喜助さんも含まれてるって理解してくれないの。
今の、酷い私を見せたくないのに。
理不尽な怒りのような、悲しさのような、形容できない黒い気持ちが、喉に詰まって。
本当に息ができなくなってしまいそうで、怖い。


「ねぇ、なまえサン」


喜助さんが、片手を私の肩のそばについて、もう片手で頬に触れる。
ちょうど、喜助さんの腕に閉じ込められたような体勢だ。
電灯の逆光になった影が、視界を埋める。


「アナタのそういう所は、嫌いじゃないんス。
そうやって周りのことを思いやれる所。
けど、もう少し我儘になってもいいんスよ。
ボクに甘えてみる、とか」
「わがまま、って何、甘えるって何」


尋ねた声が、震える。
こんな訳のわからない不安感を、誰かにぶちまけたって、どうにもならない。
私が我慢したら、ぜんぶ丸く収まるんだ。
誰にも迷惑をかけずに、誰にも嫌われずに。

私の行動は、思いやりなんて綺麗なものじゃない。
嫌われたくないから、ぜんぶぜんぶ自分自身のためにしているだけだ。
そんな穢い私が、こんなに優しい喜助さんに、1番嫌われたくない喜助さんに、甘えるなんてことができようか。


「なまえ」


瞼の下を拭う喜助さんの指を目で捉えて、はじめて自分が泣いていることに気づいた。
なぜか喜助さんまで泣きそうな顔をしていて、そのことが申し訳なくて、また涙が溢れてくる。


「なまえ、頼むから、そんなに抱え込む前に、ボクを呼べ、ボクを頼れ」


悲痛さの滲み出した声に、いよいよ涙腺がおかしくなってしまったらしい。
その上、口からは、子どもみたいな泣き声が勝手に出てくる。
泣き声の合間に紡ぐ言葉も、子どもじみていて。


「やだ、やだよ、喜助さんに嫌われたくない、迷惑かけたくない、」
「頼るのと迷惑かけるのは違うよ、頼っていいんだよ」
「わかんないよ、どこからが迷惑なの!?
どこまでが頼ることなの!?
わかんないから、頼りたくない!!」
「ボクはなまえになら、迷惑かけられてもいいから」
「私が嫌なの、わかってよ、喜助さんのこと大好きだから」
「ボクだってなまえのこと大好きだから、こう言ってるんだよ」


敷布団と体の間に腕が入り込んで、寝転んだまま抱き締められる。
耳のすぐそばで、喜助さんが低く言った。


「ボクが苦しくてどうしようもなかった時に、なまえが傍にいてくれて、支えてくれて、どれ程救われたか……
なまえにとってのそういう存在に、ボクはなれない?」


嗚咽が込み上げて、まともに発せない声の代わりに、否定の意味をこめて首をふる。


「なまえは、ボクに頼られるのは嫌だった?」


また、首を横にふる。


「それと同じことだよ、だから、ボクを頼れ」


言い聞かせるような言葉と、頭を撫でられる感触。
少し引いていた涙が、ふたたび込み上げてきた。


「こう言ってもきっと、また溜め込んじゃうんだろうけど……それでも、なまえが苦しい時に頼って
いい人は、ちゃんとここにいるから」
「…、っ、うん」
「自分から頼ってこられないなら、ボクが無理矢理にでも頼らせる」
「いまみたいに?」
「そうだね」


体が折れそうなほど強く引き寄せられて、少し息が苦しい。
でも、さっきまでの真っ暗な苦しさとはまるで違う。
苦しいけど、大切にされているのが伝わって、胸が甘く締めつけられる。
私は本当に、この人が大好きだ。
だから、この人の言葉を信じて、甘えてしまおう。


「きすけ、さん」
「ん?」
「私の話、聞いてくれる?」



Rely on me , My lady.
どうかどうか、一人で泣かないで

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