誘涼み

「……なまえー」
「はーい」
「いやはーいちゃうわ、なんでしれっと俺の部屋におんねん」
「真子の部屋がいちばん涼しいから!!」


私の部屋は、真子の部屋と比べて風通しが悪い。
おまけに、扇風機が今朝壊れてしまった。
そもそも元々が倉庫なのだ、そんな蒸し暑い空間は、夏の銭湯帰りの体には厳しすぎる。


「どっこも変われへんて、そんなん。ひよ里かリサか白んとこ行けや」
「変わるんだって!! ちょっと体温下がるまででいいから!!
物色とかしません!!」
「当たり前やろ!? 物色はリサだけで十分やわ!!」
「え、リサ何してんの」
「エロ本探しやろ、どーせ」


……やっぱあるのかな、どんなのかな、とかちょっと気にはなる。
でも物色しない宣言を出してしまった以上動けないぞ、私のバカ!!
今度リサに聞いておこう、そうしよう。


「なんやねんその目ェ……言うとくけど、ご期待には沿われへんからな」
「別に、真子が健全な男性かどうか気になるとか、そんなん無いし」
「めっちゃ気になっとるやつやんけ……!!」


真子の小さなため息が、扇風機の羽音に消されていく。
沈黙が流れると、聴覚以外のところに感覚が集中してしまうのか、肌を汗が転がっていく感覚や、体の内から沸き上がるような暑さが改めて身に染みる。


「暑い!! 暑いよ!!」
「やっかましい口にすんな余計暑い!!」


思わず叫ぶと、団扇の面でぺしんと頭をはたかれた。


「大体そんだけ手足ほりだして胸元開けて、おまけに扇風機浴びて、なーにが『暑い』やねん」
「真子は、そのシャツ暑くないの?」
「オシャレには我慢が必要なんですぅー」
「理解できない次元にいるなー」


喋ったら喋ったでまた暑い、地獄かここは。
キャミソールの裾をつまんで、内側にパタパタと風を送りこむ。
それだけじゃ足りなくて、真子に近づいて団扇の風を貰いにいった。
団扇も扇風機も、生ぬるい空気をかき混ぜるばっかりで、正直なところ気休め以下の存在だけど。


「あーつーいー」
「しゃーからわざわざ言うなて」
「でも暑いんだよ……真子なんとかしてよー」
「……しゃーないから、向こうからアイスかなんか取ってきたるわ」
「やった!! ありがと!!」


程なくして戻ってきた真子の手には、袋アイス二つと、


「あれ、ひよ里のジャージの上?」


答えより先に、投げつけられる赤い服。
続いて飛んできたアイスをどうにかキャッチして、真子にもう一度尋ねてみた。


「ねぇ、なんでジャージ?」
「着とけそれ」
「嫌だ蒸し死ぬよ!!」
「アイスかじったらマシになるわ」


たしかにアイスは、体がひんやりしそうな氷菓系だけども……


「えー、なんでいきなり……」
「いきなりちゃうわ、ギリッギリまで我慢したで俺は」
「我慢、って」
「"健全な男性"の部屋にそんなカッコで、しかも風呂上がりに来るとか、何考えとんねんなまえ」


呆れ気味の声で、初めて自覚した。
……たしかにこれは、うん。


「おまけにそれで寄ってくるとか、なんの罠かと思たで。
食うたろか、ホンマ」


あくまで冗談めかした響きだけど、一応私がかなりまずいことをしてしまったのは十分伝わる。
だから、すなおにジャージに袖を通して、小さく頭を垂れた。


「……すいませんでした」
「ん」


視線をすこし反らした真子に、頭を雑に撫でられる。


「これに懲りたら、俺の部屋で夕涼みはせんことやな」
「……それは別問題かな」
「はァ!? 俺に毎日毎日理性と血みどろの争いせぇって言うとんかそれ!!」


誘涼み
ある夏の夕方の小競り合い

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