公然の秘密

――――よくよく考えたら、いや、よく考えなくてもこれは、盗撮では?
アルバム画面をスクロールしながら、一抹の罪悪感を噛み締める。
猫(夜一さん)、
テッサイさん自信作のごちそう、
新しく仕入れた駄菓子の着色料で舌が真っ青になったジン太くん、
いい点数のテストを持ってはにかむ雨ちゃん……
以上ここまで合法。合意。

問題は、スクロールの辿り着く1番下のエリア。
いつもの帽子を顔に載せてうたた寝している喜助さんの写真たち、それもぜんぶ違う日に撮ったもの。
寝ている相手に「写真撮っていい?」と聞くはずもなく、わざわざこのポーズをさせた訳でもなく、当然無許可のシリーズ。
最初は、ここまで気を抜いているのが珍しかったのと、なんとなくかわいいなあと思って、気づいたらスマホを構えていたという出来心100%の行動だったはず。
喜助さんのことだからシャッター音で起きるとばかり思っていたのに、そのままぐっすり寝ていたものだから変に安心して、以後同じように寝ているのを見かけるたびに撮っていたら、枚数が両手を越えてしまった。
たぶん本当は良くないことだとわかっているのに、撮るときの緊張感と背徳感、恋人の内緒の写真というトキメキ要素、スマホでいつでも喜助さんが見られる(顔は見えないけど)ことの嬉しさその他で、やめるにやめられなくなっている現状。
完全に判断力がおかしくなった私はとうとう、次は帽子を取ってみようと決めたのだ。
……だって1枚くらい、顔が見えている写真が欲しいから!!


そして今、チャンスが転がり込んできた。
眠る喜助さんの隣にそっと座って、寝息を確かめる。
気配も、わずかな胸の上下も、寝ている人のそれでしかないのでひとまず安堵。
カメラを起動したスマホを握り、空いた側の手で帽子に触れる。
……ここまででは、まだ起きない。
帽子を顔の上からどけて、横に置く。
……まだ起きない。
改めて寝顔を見る機会はあまりないから、ついじっくり眺めてしまいそうになるのをとどめつつ、レンズを向けて、丸いボタンに指を伸ばして。
いよいよ、だ。
妙な緊張感に震えたせいで、モードを写真撮影から録画へと切り替えてしまった。
飛び出しかける焦った声を飲み込んで、画面内の設定をあれこれいじくり回す。
どこをどう触ったのかがわからないから、当然どう戻せばいいのかもさっぱりわからない!!
録画開始音を異常な音量で鳴らしてしまった瞬間、さすがに耐えきれず小さく悲鳴をあげる。

「……ッ」

寝息が乱れた気がして、固まる。
……画面の中の喜助さん、の、口角が、さっきよりも確実に、上がっている。
やがて、ゆっくり開いた目と、カメラとか液晶とかいろいろなものを通して、私の目が合った。

「ふ、スイマセン、つい」
「わあああああああああああああああああ!!!!!!!」
「あっちょっ」

スマホが落っこちて、喜助さんのきれいな鼻の上に着地。
「鼻が痛い……‼」って言ってるけど、これを言うときは実際大したことないって知ってる‼
いやそれよりも‼ バレた、隠し撮りがバレてしまった‼

「……で、なまえサン、面白いくらいに慌てて、なーにしてたんスか?」

起き上がる喜助さんに拾い上げられ、かかげられるスマホ。
撮影画面を私に見せつけるような向きも、にこにこというかニヤニヤが隠しきれていない表情も、私が何をしようとしていたか分かっていることを物語ってくる。
「今回は大胆でしたねぇ」とか言ってるから、これまでの隠し撮りのときも帽子の下でこっそり起きてたんじゃないか、絶対そうだ!!

「わざとらしく聞かないでよ……」
「分からないから聞いてるんスよ?」
「じゃあ回答拒否、内緒‼」
「いまさら内緒はなしで、ね?」

どうあっても私の口から真相を聞きたいらしく、一向に諦める様子がない。
元はと言えば非はこちらにある訳だし、もう羞恥心その他諸々を捨て去って、素直に認めてしまったほうが早い気がする。
喜助さんのほうへ向き直って、ちょこっと正座なんかして、小さく頭を下げた。

「隠し撮りして誠に申し訳ありませんでした」
「まあ知ってたんで、ちっとも"隠し"じゃないんスけどね」
「ほらやっぱり‼ もうスマホ返して、今までのは消すし、これからは撮らないから!!」
「いやいやいや、それはそれで悲しいんで返しません」
「なんで!?」

スマホを取り返そうとする私の動きを避けながら、何やら画面を操作し始める喜助さん。
私のスマホなのに、私よりよっぽど使いこなしてる気がする!!

「写真くらい、言ってくれればいつでも撮っていいのに……と言うか、一緒に撮りましょうよ」

自分のすぐ横の畳をぺしぺし叩いているのは、ここに座ってくださいアピールなんだろうか。
喜助さんの撮った、喜助さんと私の、ツーショット写真……

「……恥ずかしいからいい」
「なんでっスか、人の寝込みを狙う度胸はあるのに」
「誤解招く言い方やめて!!」
「ハイハイ、もうタイマーかけちゃったんで、こっち来てくださいな」

畳を叩いていた手に手を引かれて、仕方なく座り込む。
自撮りの枠の中に映る、喜助さんと私。
少し見切れた私の頭の横に、喜助さんの掌が当てられて、顔を寄せられる。
その動きに胴体がついていってないせいで、彼女が彼氏にしなだれかかるバカップルみたいな絵面になってしまったことに気づいた瞬間、シャッター音が鳴った。

「……スマホ没収した時点からこれが目的だったんじゃ」
「そんなことないっスよぉ、途中までは」

返されたスマホを眺めながら、本日2度目の「ほらやっぱり」が口から出る。
アルバムのプレビューになった画面には、さっきのバカップル風自撮り。
喜助さんの顔が見える写真こそゲットできたけど、こういうことじゃない!!

「今までのは最悪消してもいいっスけど、これは消さないでくださいね?」

……こういうことじゃない、けども。
写真と同じ、そんな笑顔を向けられたら、頷くしかなくなってしまう。
「あ、できたら今までのも置いといてほしくはあるんスけど……」とゴネ始めた喜助さんが、過去の寝顔写真を私の待受画面に設定していたことに気づくのは、もう少し後の話。


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