重なる一歩

「……浦原商店から特別な贈り物をご用意させていただきました!……」

喜助さんの部屋の前で、襖にかけた手を止めた。
中で何かを録音中のようで、ひとり話す声が聞こえる。どうも、近々結婚式を挙げる朽木さんと阿散井くん宛のメッセージらしい。違法スレスレの御祝い品を二人に贈ろうとしているみたいだけど、何も聞かなかったことにした。ミニ転界結柱なんてもの、いつの間に作ってたんだこの人。

「なまえサーン、お待たせしました」

頭を抱えているうちに襖が開いて、ひょっこり喜助さんの顔が現れる。わざわざ言うほど待ってはないけど、気遣ってくれるのは嬉しい。

「新しい商品の品出し終わったよーって言いに来ただけ」
「早いっスねぇ、助かります」
「テッサイさん達も手伝ってくれたから。
喜助さんは、朽木さん達へのメッセージ作ってたの?」
「そうなんスよ〜……あ、なまえサンも送ります? 録音容量、まだ空いてますけど」
「じゃあ、お言葉に甘えちゃおうかな」

井上さんあたりに伝言をお願いしようかと考えていたけど、直接送れるならそのほうがいい。
大戦以来、久しぶりの大きな慶事である上に、何かと関わってきた二人が結ばれるんだから、言いたいことはいっぱいある。
お幸せに、とか、今までご迷惑お掛けしました……とか、他にもまだまだ。具体的な夫婦関係のアドバイスなんかは、全然できないけど。

「あ、呼びかけって『朽木』と『阿散井』のどっち?」
「呼ばれる分には別の名字のままにするでしょうし、何にせよ正式な手続はまだ終わってないはずなんで、両方で良いと思いますよ」

……なんでそんなとこまで予測してるんだろう、という疑問は置いておくべきなんだろうか。
それはともかくとして。
次に会ったときには二人ともが朽木か阿散井の姓になっている事実が、普段しまったままの感情を呼び起こしてくる。
私の中に確かにある、愛する人と同じ名字になることへの憧れ。
現世に逃げてきてからというもの、どうしても必要なときには「浦原」を名乗らせてもらっているけど、そのほうが色々ややこしくないからというだけの理由で、正式に結婚はしていない。
していない、けど、もうこれほとんど結婚生活じゃない?と感じるくらいには喜助さんと一緒に居るわけで。
恋人は通り越しているような、でも正式な夫婦ではないまま100年以上。ほぼ形の上だけとはいえ、今更関係性を変えるのも億劫というか怖くて、名無しの状態に甘え続けている。
ずっと一緒に過ごしてきた関係を大きくひとつ前進させた二人は、やっぱり眩しくて、羨ましい。

「どうしたんスか、しんみりした顔して」
「んー……"阿散井ルキア"も"朽木恋次"も、どっちも素敵だなって」

隠しきれずにこぼれた「いいなぁ」の呟きは、喜助さんにどう聞こえたんだろう。帽子の陰になった目が、少し見開かれるのが見えた。

「い、今のは特に意味ないからね?」

余計なことを言った動揺のあまりに、まったくごまかしになっていないごまかしを口走ってしまう。
より一層怪しいんスけどと言わんばかりに、喜助さんの目が今度はすがめられる。

「なまえサン」
「あの、はい、ごめんなさい?」
「なんでいきなり謝るんスか、謝るのはこっちなのに」

喜助さんが謝るって、それこそなんで?
理由を聞こうとしたら、突然握られた両手。
片手で私の手を両方捕まえるんじゃなくて、手に手を取るかたちで、何かの儀式みたい。
いつの間にか帽子が脱がれていたせいで、じっとこっちを見つめてくる視線から隠れられない。
こういう態度のときの喜助さんは、決まって重大なことを言うんだ。

「なまえサン、ボクと同じ名字になりません?」

重大、重大にも程があることを切り出されて、思わず間の抜けた声が出た。
同じ名字になる、それはつまり。

「実を言うと、色々用意というか下調べはしてたんス。ボク達二人ともこっちに戸籍はないですし、向こうのは消されてるような状態でしたし、今その辺りどうなってるのかとか」

正直なところ喜助さんならどっちでも偽造できそうな気はする……と浮かんだ失礼な考えは、口からこぼれ出ていたらしい。「まあ、それもちょっとだけ考えました」なんて物騒な答えが、苦笑といっしょに返ってくる。

「でもやっぱり、たった1回しかない事でしょう?
形の上も、なるだけは綺麗にしたいなぁと思いまして。
どう言い出そうか悩んで、今日に至ってたんスけど」

握られたままの手の甲をなぞる、喜助さんの指。
その力が、少しだけ強くなる。

「さっきのを聞いたら、黙ってられなくなっちゃったんスよね……同じ名字が羨ましい、って」

もう一度、目が合う。
まばたきさえも躊躇ってしまって、続く言葉を待つことしかできない。

「朽木サン達に便乗したみたいで、ほんとカッコ悪いんスけど……いつもみたいに計画してみても、アナタのことだと全然うまくいかないんス。
何もかもを鑑みた最善より、アナタにとって1番になることを考えたくなって、考えても考えても足りない気がしてきて……
そうやって行動に移したとき、アナタが幸せそうにしているのを見るだけで、全部が報われる」

――――好きだとか、かわいいだとか、よくある言葉ではあるけど、私に対する気持ちを、喜助さんはしょっちゅう口にする。
アナタが1番だとか、幸せそうな姿を見ると嬉しいだとかも、言葉としては世間にありふれたもののはずなのに。
いつだって世界の行末を見据えて行動してきた喜助さんにとって、その優先順位付けがどれほど特別なのかを、ずっと一緒に居た私は知っているから。

「な、る、同じ、名字、」

プロポーズされて泣くなんて、自分には縁がないことだと思っていた。
伝えたいことが全部涙声になってなんにもうまく言えない代わりに、精いっぱい、手を握り返す。
揺れ続ける視界の中で、喜助さんが笑うのが見えて。

「不束か者ですが、よろしくお願いします……で、いいんスかね?」
「それ、私のセリフじゃない?」
「いやぁ、なまえサンは少なくともボクにとって、不束か者じゃないんで」

また、そういうことをしれっと言うから。
形は少しだけ変わるけど、こんな会話も、湧き上がる気持ちも、これからもきっと変わらないんだと、簡単に安心できてしまうんだ。
ほんの少し前の自分に言っても、きっと信じてもらえないだろうけど。
億劫で怖かった一歩は、いざ踏み出してみたら、たしかな幸せに繋がっているんだって。


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