不確定進行形の幸福へ

カバンの中から、着信音が聞こえた。
今した音は、ボーダーのじゃなくてプライベート用のほうだ。
向かいでどら焼きを齧る桐絵ちゃんにひとこと断って、スマホを立ち上げれば、案の定。

「どーしたのよ、『うわぁ』みたいな顔しちゃって」
「ん、ちょっとね」
「また例の彼氏?」

うっかり私の手元が覗けたらしい桐絵ちゃんのほうが、『うわぁ』の感情満載の表情に変わる。
ロック画面を埋め尽くしそうな数の通知を見れば、そりゃそうなるか。
一応ひとつひとつ目を通して、返信を打って、スマホをカバンに戻して。それを終えた瞬間にまたメッセージが来たのは、さすがに見なかったことに。

「なまえ、無理して束縛ヤローと付き合うこと無いじゃない」
「まあ、うるさくはあるけど……心配してもらうような状態じゃないから」

今のところは、高頻度の連絡、居場所や会っている人を知りたがること、その他諸々の束縛にぎりぎり耐えられている。そのうちマシになるだろうという希望的観測は、裏切られつつあるんだけども。
「何かあったらすぐ言いなさいよ、すぐだからね!!」と勢い良く迫ってくる桐絵ちゃんを宥めながら、ついこぼれた溜息に、ドアが開く音が重なる。
振り返ると、片手を上げた迅さんが立っていた。

「お邪魔してます」
「いやいや、どうぞごゆっくり。ぼんち揚げ食う?お茶菓子代わりにさ」
「じゃあ1個」

大袋から中身を貰って、口に運ぶ。甘いどら焼きを食べた後だからか、しょっぱい味が一層たまらなく美味しい。
感想が顔に出ていたようで「おかわり要る?」ともう一度袋を差し出す迅さん。それに甘えて二つ目を噛み砕いている間も、突き刺さり続ける視線。感想待ちにしては、いくらなんでも雰囲気が真剣に過ぎるように思えて、つい直接「どうかしました?」と尋ねてしまう。
返ってきたのは、唸り声のような、返答になっていない返答。迅さんがこういう態度を取るのは決まって、重大事件ではないものの、誰かに言いづらい未来が見えたときだ。
そして、今回"見た"のは、私。サイドエフェクトがなくても、なんとなく心当たりがあって、内容の予想もついてしまうのが嫌になる。

「もしかして、私が彼氏と揉めてる未来でも見えました?」
「……あー、うん、正解。ごめん」
「や、迅さんのせいではないんで」

異性と話していたのを問い詰められることはあったけど、今この場は見られていないから、大方さっきメッセージをスルーした件だろう。要件でもないのに、読まないと気分を害されるのは、さすがに面倒だ。
げんなりした私を見て、再び勢いよく目の前にやってくる桐絵ちゃんが『別れるよう言いたいけど、一応私が選んだ相手だし何も言えない』というような風情で「むごご……むぐぅ……!!」と謎の声を上げている。

「ボーダーの連絡用端末ね、今日は念入りに隠しておいたほうがいいよ。なんか、それ持って言い争ってるのも見えたから」
「が、がんばります……」

そんな遣り取りをしたのが、一昨日の話。
結局あのあと彼と、メッセージをスルーした件でほとんど予知通り揉めてしまって。アドバイスに従ってボーダーの連絡端末は隠したから、それを原因とした言い争いのほうは起きなかったんだけど。
ボーダー本部に居る間は、機密保持の名目で連絡を断てるから、特に用もないのにラウンジでぼんやり過ごす。どうせなら誰かの戦闘ログでも見てみようかと思ったところに、後ろから名前を呼ぶ声。

「お疲れさん、なまえ」
「……迅さん」
「ほい、食う?」

前と同じように差し出されるまま受け取って、勢いよくぼんち揚げを噛み砕く。
その音がよっぽど苛立ったように聞こえたのか、対面の椅子に腰掛けてぼんち揚げを齧る迅さんからもう一度「……お疲れ、ほんと」と労いをもらって。私に起きたことが、きっと分かっているんだろう。

「なんか、そろそろ限界っぽいです」

気が緩んで、思わず、考えていたことを口走った。
スマホの通知音に身構えたり、他の誰かとの時間に水を差されたりするのは、もう疲れたのだ。

「……なまえは、どうしたい?」
「え?」

不意に問いかけられて、素頓狂な声が漏れる。
別れたいの一択かもしれないけど、いざ聞かれると、本当にそうなのか、迷いが出てきてしまうような。
少し思案して、確実に言えることがひとつ。

「このまま居ても、幸せな未来が想像できなくなっちゃったのは、確かです」

そう答えたら向かいで眇められた目には、どんな私の未来が見えているのか。
そもそも迅さんなら、どう"したい"か聞かなくても、私がどう"する"かをもう知っている可能性があるのに、どうしてこんな質問をしてきたんだろう。

「何か見えてます?」
「んー、まあ色々?未来は無限に広がってる」
「いつもの答えだぁ」

ぼんち揚げをもうひとつ摘まんだ私に、「おれがここでバラしちゃうのは、あんまり良くない」と呟く迅さん。

「人間関係って、気持ちに左右される所も大きいだろ?
おれが先読みでアドバイスしちゃうと、その結果ありきで気持ちが動いちゃうからさ」

確かに、「いい未来が見えない」って迅さんに言われたら、信じてしまうかも。逆ももちろんだけど、悪い結果のほうは避けたい気持ちが強いから一層だ。
たとえば「別れ話が上手く行かない」なんて予知された日には、別れること自体を諦める気すらしてくる。

「代わりにって訳じゃないけど、伝えたいことがひとつ」

アドバイスではないみたいだけど、ついかしこまって手を止めたら「そんな深刻な話でもないよ?」と笑われ。
そのまま、言葉が続いていく。

「なまえが幸せになれると思う未来を選ぶのが1番だし、それを願ってる人間は確実に居るって覚えておいてほしいだけ。
小南とか、後はまあ、おれも」

まっすぐ投げかけられる視線に、自分の視線を奪われる。未来じゃなく、目を見るために見られているような、なんとなくそんな気がする。
どうしていいのか分からずに瞬きを繰り返していたら、どこからともなく出てきた二袋目のぼんち揚げが、丸ごとこっちに渡されて。

「幸せになれる未来は絶対ある。そのことは、おれのサイドエフェクトがそう言ってるって保証するよ」

「そんじゃねー」と手を振りながら、迅さんは席を立つ。
青いジャージの背中が曲がり角に消えても、その先をまだ見つめてしまう。
目を見て話をして、幸せを願ってもらった。
短い時間の会話だったのに、胸の中がなんだか落ち着かなくて、ざわつくような。
でも、嫌な感じはしなくて。
その気持ちの正体が、随分久しぶりのときめきなんだと分かったとき、私の選びたい未来は決まった。


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